第7話 山の気配と足りない力
初めて足を踏み入れる、村の外。
そこは静かで、そして確かに危険な場所だった。
村の裏手に広がる山は、遠くから見るよりもずっと大きく感じた。
朝の空気は澄んでいるはずなのに、一歩踏み入れた瞬間、どこか重くなる。
静かだ。
鳥の声も、風の音も、どこか遠い。
「……雰囲気、違うね」
アイラが小さく言う。
「ああ。村とは別だな」
シュンは周囲を見回す。
木々は高く、視界は狭い。足元の土は柔らかく、少し湿っている。
隠れる場所はいくらでもある。
その瞬間、頭の中に声が響く。
〈シルフ〉「風、変だよ」
〈ノクス〉「見られているな」
〈ライオス〉「面白え」
「面白くねえよ」
小さく呟く。
今日は誰を使うかは、すでに決めている。
「……ノクス」
名を呼ぶ。
空気が一瞬だけ冷える。
〈ノクス〉「了解だ」
影が濃くなる。
視界の端が、少しだけはっきりする。
「……なるほどな」
見えなかったものが、わずかに見える。
違和感の正体。
木の陰、岩の裏。
何かがいる。
「アイラ、少し下がって」
「え?」
「いいから」
言い終わる前に、動いた。
草むらが揺れる。
影が跳ねる。
現れたのは、狼のような形をした何かだった。
だが、普通ではない。
体は苔に覆われ、周囲の景色に溶け込んでいる。
「……見えにくいな」
〈ノクス〉「擬態だ。群れで来る」
「群れ?」
その瞬間、気配が増えた。
後ろ、横、上。
囲まれている。
〈ライオス〉「焼け焼け!」
〈フローラ〉「だめ、森が燃える」
〈シルフ〉「風で位置わかるよ」
「落ち着け」
シュンは低く言う。
今日はノクスしか使えない。
他は“声だけ”だ。
「位置だけくれ」
〈ノクス〉「左、二。右後ろ、一」
瞬時に情報が流れる。
動く。
一体が飛びかかる。
避ける。
もう一体が横から来る。
腕で受け、弾く。
「速いな……!」
〈ノクス〉「数で押すタイプだ」
確かに単体はそこまで強くない。
だが、連携が厄介だ。
「くそ……」
一瞬の隙。
背後から来る。
だが――
〈シルフ〉「後ろ!」
風の感覚が伝わる。
反射的に体をひねる。
牙がかすめる。
「助かった」
〈シルフ〉「貸しだよ」
そのまま一体を蹴り飛ばす。
距離ができる。
「……いけるな」
呼吸を整える。
ノクスの補助で位置はわかる。
あとは慣れだ。
数を減らしていけばいい。
数分後。
苔狼たちは距離を取り、やがて森の奥へ消えていった。
「……逃げたか」
「すごい……」
アイラが息を呑む。
「でも、危なかったね」
「ああ」
正直、余裕ではなかった。
「……まだいるぞ」
〈ノクス〉の声が低くなる。
「は?」
次の瞬間、地面がわずかに動いた。
足元。
「――下か!」
飛び退く。
その直後、地面を割って現れた。
岩のような外殻を持つ巨大な虫。
「……なんだこれ」
〈ノクス〉「硬い。厄介だ」
突進してくる。
速くはない。
だが重い。
受ければ終わる。
避ける。
だが――
「攻撃が通らない」
拳を当てても、びくともしない。
〈ライオス〉「だから呼べって!」
〈フローラ〉「止める?」
〈ガイア〉「土ならいける」
「今日は無理だ!」
1日1人。
嫌なルールだ。
「くそ……!」
もう一度突進。
避ける。
だが、体力が削られる。
「どうする……」
〈ノクス〉「目を狙え」
〈ライオス〉「焼けば終わる!」
「できねえって言ってるだろ!」
焦りが出る。
その瞬間――
感覚が重なった。
熱。
ほんの一瞬。
ノクスの視界に、別の感覚が混ざる。
「……今」
拳を叩き込む。
甲殻に、わずかにヒビが入る。
「……割れた?」
〈ノクス〉「今、何をした」
〈ライオス〉「今の俺だろ!」
「いや……」
わからない。
だが――
今、確かに“重なった”。
もう一度狙う。
だが、その感覚は戻らない。
「……ダメか」
冷静になる。
無理だ。
「アイラ、後ろへ」
「うん!」
距離を取る。
逃げる判断。
それが正しい。
森を抜ける。
追ってはこない。
やがて、山の入り口まで戻る。
「……はあ」
息を吐く。
心臓の音がうるさい。
「大丈夫?」
「ああ」
短く答える。
「でも……無理だな、今は」
正直な感想だった。
準備が足りない。
力も足りない。
「……でも」
シュンは右手を見る。
「さっきの、なんだ」
確かに感じた。
二つの力。
〈ノクス〉「再現できるか?」
〈ライオス〉「できるだろ!」
〈フローラ〉「危ないよ」
「……わからない」
だが、確実に――
何かが変わり始めている。
「また来る」
小さく言う。
逃げた。
だが終わりじゃない。
次は、もう少し先へ。
そのために――
「準備するか」
静かに呟いた。
まだ足りない。
それでも一歩は踏み出した。
次は、もう少し先へ。




