第6話 足りないものと外の世界
この村では、お金は必要ない。
その代わりにあるのは、“助け合い”という当たり前だった。
井戸ができてから、生活は一気に楽になった。
水を運ぶ手間がなくなっただけで、ここまで変わるとは思わなかった。
「これで料理もやりやすくなるね」
アイラが笑う。
「ああ。でも――」
シュンは家の中を見回す。
作業台は仮だ。道具も足りない。
「まだ全然だな」
「そんなに?」
「キッチンとしてはな」
料理人としてのこだわりがある以上、ここで妥協はできない。
「必要なもの、村で手に入るかな」
「大丈夫だよ」
アイラはあっさり言った。
「この村、お金いらないから」
「……は?」
思わず聞き返す。
「どういうことだ」
「そのまま。お金使わないの」
少し得意げに言う。
「何かしてもらったら、あとで返すの」
「返す?」
「うん。困ったときに助ける、とか」
シュンは少し考える。
「……それで回るのか」
「60人しかいないしね」
アイラは笑った。
「みんな顔見知りだから、なんとかなるよ」
なるほど、とシュンは頷く。
確かに、この規模なら成立する。
「じゃあ道具も?」
「頼めば作ってもらえるよ」
「誰に?」
「ドイルさん」
その名前を聞いた瞬間、頭の中が少しざわつく。
〈ノクス〉「重要人物だな」
〈ライオス〉「強いのか?」
〈フローラ〉「違うと思う」
「職人だよ」
アイラが説明する。
「何でも作れるの」
「何でも、か」
シュンは少しだけ興味を持った。
「行ってみるか」
ドイルの家は、村の少し外れにあった。
他の家よりも少し広く、木材や工具が積まれている。
「ドイルさん」
アイラが声をかける。
中から出てきたのは、無精ひげの男だった。
無駄な動きがない。目だけが鋭い。
「……誰だ」
短く言う。
「この間助けた人。シュン」
「……ああ」
一瞬で思い出したらしい。
シュンを見る目が少しだけ変わる。
「何の用だ」
「道具をお願いしたくて」
シュンが口を開く。
「キッチンを作りたい」
ドイルは無言で聞く。
「作業台と、包丁、それから鍋も欲しい」
シュンは頭の中で整理しながら伝える。
「なるべく使いやすい形で」
少しの沈黙。
ドイルは腕を組む。
「……作れないわけじゃない」
低く言う。
「材料がないだけだ」
その一言で、すべてがわかる。
「足りないのは?」
「金属だ」
やはり、と思う。
「木ならいくらでもあるがな」
「金属は?」
「山だ」
短い答え。
「裏の山にある」
アイラが少し表情を曇らせる。
「あそこは……」
「魔物がいる」
ドイルが続ける。
「村の人間じゃ無理だ」
空気が少し重くなる。
「だから商人を待つ」
「商人?」
「ああ。たまに来る」
ドイルは続ける。
「俺はそいつに作ったものを売る」
「……金で?」
「村の外は金がいる」
はっきりと言い切る。
「ここだけだ。こんなやり方が通じるのは」
シュンは静かに頷いた。
世界が少し広がる。
そして同時に、壁も見える。
「次に来るのは?」
「まだ先だ」
間に合わない。
シュンは少しだけ考える。
選択肢は一つしかない。
「……行くか」
「え?」
アイラが驚く。
「山に行く」
あっさりと言う。
「材料がないなら、取りに行くしかない」
「でも危ないよ」
「だろうな」
それでも、止まらない。
シュンは右手を見る。
精霊たちの気配が強くなる。
〈ライオス〉「面白えじゃねえか!!」
〈ガイア〉「山は俺の領分だ」
〈ノクス〉「危険だな」
〈シルフ〉「風が荒れてるよ」
騒がしい。
だが、それが頼もしくもある。
「一人じゃない」
ぽつりと呟く。
「……シュン」
アイラが不安そうに見る。
「無理はしない」
それだけ言う。
完全な保証はない。
だが、行かない理由もない。
「……わかった」
アイラは少しだけ迷って、それから頷いた。
「気をつけて」
「ああ」
短く返す。
シュンはゆっくりと山の方を見る。
村の外。
初めて踏み出す場所。
そこには、今までと違う何かがある。
静かだった空気が、少しだけ変わる。
「……行くか」
小さく呟いた。
読んでいただきありがとうございます。
ついに村の外へ。ここから物語が少しずつ広がっていきます。続きをお楽しみください。




