第2話 朝と畑ともう一つの声
目が覚めた翌朝、少しだけ現実を受け入れ始めた。
穏やかな村の暮らしと、優しい少女アイラ。
そして――また一つ、新しい“声”に出会う。
目が覚めた時、最初に感じたのは静けさだった。
昨日までとは違う、穏やかな朝。
木の天井。差し込む柔らかな光。遠くで聞こえる鳥の声。
ゆっくりと身体を起こす。
昨日の出来事が、頭の中でゆっくりと繋がっていく。
知らない場所で目を覚まし、アイラという少女に助けられ、そして――
「……」
右手を見る。
何も起きていない。
だが、確かにあった。
あの声も、あの男も。
「夢……じゃないよな」
小さく呟いた時、扉の向こうから足音が近づいてきた。
「シュン?起きてる?」
「ああ、起きてる」
扉が開き、アイラが顔を出す。
「よかった。ごはん、できてるよ」
その言葉に、少しだけ現実に引き戻される。
部屋を出ると、小さな木のテーブルに食事が並んでいた。
パンと、目玉焼き。それに生野菜。
「どうぞ」
「……ありがとう」
椅子に座り、パンを手に取る。
一口かじって、思わず止まった。
「……固いな」
「え?」
「いや、悪い。ちょっと驚いて」
噛むたびにごりごりと音がする。
保存用か何かだろうか。
だが、アイラは気にした様子もなく、普通に食べている。
「いつもこんな感じなのか?」
「うん。焼いたのは昨日だから、ちょっと固くなってるけど」
昨日でこれか。
思わず苦笑する。
だが、目玉焼きは普通にうまい。
野菜も新鮮で、味が濃い。
「……悪くない」
「ほんと?」
アイラが嬉しそうに笑う。
その表情を見て、ふと考える。
ここはどこなのか。
昨日は混乱して考えられなかったが、改めて見れば違和感しかない。
木造の家。簡素な家具。火で調理された食事。
感覚としては、かなり昔の生活に近い。
「ここって……」
「うん?」
「その……村ってどんなところなんだ?」
「あ、じゃああとで案内するよ」
アイラはあっさりと言った。
「今日は畑もあるし、そのついでに」
「畑?」
「うん。私、普段は農業してるから」
そう言って、少し照れたように笑う。
その後、簡単に片付けを済ませて外に出た。
村は小さかった。
家はまばらに建ち、人の数も多くない。
すれ違う人々は皆、質素な服を着ていて、どこか落ち着いた空気がある。
「全部で60人くらいかな」
「少ないな」
「でもみんな顔見知りだし、住みやすいよ」
歩いていると、一人の男が水を運んでいた。
その手元で、水がふわりと浮かび上がる。
「……今の」
「あ、水魔法だね」
アイラが何気なく言う。
「魔法?」
「うん。みんな少しは使えるよ」
さらりとした口調だった。
だが、シュンは立ち止まる。
水が、浮いた。
当然のように。
「……」
言葉が出ない。
驚くべきなのか、納得すべきなのか、自分でも判断がつかない。
ただ、現実としてそれは起きていた。
「どうしたの?」
「いや……なんでもない」
まだ、うまく飲み込めていない。
だが、ひとつ気づく。
さっきから――
「アイラは使わないのか?」
「え?」
「その……魔法」
一瞬だけ、アイラの表情が止まる。
そして、少し困ったように笑った。
「私、できないんだ」
「できない?」
「うん。なんでかわからないけど、魔力がないみたいで」
あっさりとした言い方だった。
だが、その奥に何かがある気がした。
「……そうか」
それ以上は聞かなかった。
代わりに、アイラが足を止める。
「ここだよ」
そこには畑が広がっていた。
麦や野菜が整然と並び、手入れが行き届いているのがわかる。
「これ、全部?」
「うん。基本は私と、あと何人かで」
しゃがみ込んで、土に触れる。
その動きは慣れていて、無駄がない。
しばらく眺めていると、自然と口をついて出た。
「昼は、俺が作るよ」
「え?」
「さっきのパン、悪くなかったけど……もう少しなんとかなる」
料理人としての癖だった。
材料があれば、やりたくなる。
アイラは少し驚いた顔をして、それから笑った。
「ほんとに?じゃあお願いしてもいい?」
「ああ」
その時だった。
右手に、違和感が走る。
微かに熱を帯びる。
「……」
指が、光っていた。
そして――
「いい匂い」
柔らかな声が響く。
昨日とは違う。
穏やかで、どこか心地いい声。
「土の匂い、太陽の匂い……好き」
「……誰だ」
「私を出して」
迷いはなかった。
昨日のことを思い出す。
名前を呼べば、出てくる。
「名前は?」
「フローラ」
静かに答える声。
そのまま、指に触れる。
「……フローラ」
ふわりと、空気が変わった。
優しい風が吹く。
目の前に現れたのは、緑の髪をした少女だった。
柔らかな雰囲気で、畑を見て微笑んでいる。
「ここ、いい場所」
そう言って、しゃがみ込む。
手を土に触れた瞬間、変化が起きた。
葉が、伸びる。
わずかだった成長が、一気に進む。
「……は?」
思わず声が漏れる。
「少し手伝っただけ」
フローラは穏やかに言った。
「元気だったから」
振り返る。
アイラは――
何も見えていない。
だが、風に気づいたように辺りを見回している。
「今、ちょっと……」
「風が変だった?」
シュンの言葉に、アイラが驚く。
「うん……なんか、あった気がした」
完全には見えていない。
だが、何かを感じている。
その違和感が、妙に引っかかった。
「ねえ」
フローラが小さく言う。
「また呼んでくれる?」
その声は、どこか期待に満ちていた。
「ああ……たぶん」
「うれしい」
柔らかく笑う。
その瞬間、指の光が少しだけ強くなった気がした。
気のせいかもしれない。
だが、確かに何かが変わった。
静かな畑の中で、シュンはゆっくりと息を吐く。
わからないことだらけだ。
だが、昨日よりは少しだけ――
この世界に触れた気がした。
読んでいただきありがとうございます。
少しずつ日常と精霊が交わっていきます。続きをお楽しみください。




