第3話 騒がしい昼と選択の重さ
静かなはずの昼ごはんが、なぜか一番騒がしい時間になった。
原因は――俺の中にいる連中だ。
昼の陽が、畑の土を柔らかく照らしていた。
朝から続けていた作業に一区切りがつき、シュンは腰を伸ばす。慣れない動きではあるが、不思議と身体は軽かった。昨日目覚めたばかりのはずなのに、この身体はよく動く。
「一回戻ろっか」
アイラが額の汗を拭いながら言う。
「ああ、そうだな」
二人は畑の脇を抜けて、すぐ裏手にある家へと戻る。歩いて数十歩ほどの距離だ。小さな木造の家は、質素だが手入れが行き届いている。
中に入ると、ほんのりと木の匂いがした。
「昼、作るって言ってたよね」
「ああ。材料、もう一回見せてくれ」
アイラが並べたのは、小麦粉、数種類の野菜、塩、それと小さな壺に入った脂だった。
「これ、油か?」
「うん。動物の脂を溶かしたやつ」
「十分だな」
シュンは小麦粉を手に取り、指先で確かめる。少し粗いが、使えないことはない。
器に小麦粉を入れ、水を少しずつ加える。指先で混ぜ、まとまり始めたら掌で押す。
その瞬間だった。
〈ライオス〉「お、なんか始まったな!」
〈フローラ〉「いい匂いの予感」
〈ノクス〉「……無駄な動きが多い」
「……お前ら、少し黙れ」
〈ライオス〉「無理だな!」
ため息をつきながらも手は止めない。押して、折って、また押す。生地が次第に滑らかになっていく。
この感触は覚えている。何度も繰り返してきた動きだ。
「それ、なに?」
アイラが横から覗き込む。
「麺だ」
「めん?」
「細くして、茹でて食う」
シュンは生地を細く伸ばしながら答える。
「そんなの見たことない」
「似たのはあるか?」
「うーん……もっと太くて、スープに入れるやつなら」
やはり違うらしい。
鍋に水を入れて火にかける。湯が沸くまでの間に野菜を刻む。刃の感触が少し違うが、問題はない。
脂を鍋に落とすと、じゅっと音が広がった。
〈フローラ〉「好き、この匂い」
〈ライオス〉「肉入れろ肉!」
〈ノクス〉「油が多い」
「全部無視だ」
野菜を入れて炒める。軽く塩を振ると、香りが一段と立った。
麺を湯に入れ、茹で上がったものを引き上げて鍋に移す。野菜と絡め、皿に盛る。
「できた」
「……いただきます」
アイラは少し緊張した様子で麺を口に運んだ。
そして、止まる。
「……え?」
もう一口。
さらにもう一口。
「おいしい……!」
驚きと喜びが混ざった表情になる。
「こんなの、初めて」
「そうか」
素直な反応に、少しだけ肩の力が抜ける。
だが、アイラはすぐに真剣な顔になった。
「ねえ」
「ん?」
「これ、どこで覚えたの?」
静かな問いだった。
「この辺の料理じゃないよね」
「……まあな」
「……もしかして」
言葉が途切れる。
〈ライオス〉「言えよ、“転生者”って」
〈ノクス〉「ほぼ当たりだろうな」
「黙れ」
小さく吐き捨てる。
アイラは一瞬だけ驚いた顔をしたが、それ以上は踏み込まなかった。
「……そっか」
それだけ言って、また麺に手を伸ばす。
その距離感が、少し心地よかった。
食事を終え、二人は外へ出る。
昼の光は強く、畑は静かだった。
だがその静けさが、不意に崩れる。
ざわ、と草むらが揺れた。
「……シュン」
アイラの声が少し低くなる。
次の瞬間、黒い影が飛び出した。
猪のような獣。だが明らかに大きい。
「でかいな……」
〈ライオス〉「焼け!!終わりだ!!」
〈フローラ〉「だめ、畑が壊れる」
〈シルフ〉「逃げた方が早いよ?」
〈ノクス〉「背後から刺せばいい」
「うるせえ!」
だが選ばなければならない。
攻撃か、防御か。
「シュン!」
アイラが叫ぶ。
畑の中央を指している。
「そっち!」
理由はわからない。
だが、その声は妙に信じられた。
「……フローラ!」
優しい風が吹く。
緑の少女が現れ、静かに手を広げた。
〈フローラ〉「任せて」
地面が盛り上がり、植物が獣に絡みつく。
動きは止まる。
だが――
〈ライオス〉「ほら足りねえだろ!!」
〈ノクス〉「もう一人呼べば終わる」
指が再び熱を帯びる。
もう一人、呼べるかもしれない。
そんな感覚があった。
だが――
〈???〉「まだ早い」
低い声が響く。
シュンは歯を食いしばり、その手を止めた。
「……くそ」
結局、時間をかけて追い払うしかなかった。
静けさが戻る。
荒れた畑と、荒い息だけが残る。
「……今の」
アイラがぽつりと呟く。
「なんか……わかった気がした」
「は?」
〈フローラ〉「この子……変」
〈ノクス〉「見えてないのに近い」
〈ライオス〉「面白えな」
シュンは右手を見る。
まだ足りない。
だが確実に――
何かに近づいていた。
読んでいただきありがとうございます。
精霊たち、かなり騒がしくなってきました。続きをお楽しみください。




