第1話 見知らぬ天井と指の声
目が覚めた時、そこは知らない場所だった。
そして、自分の中に“何か”がいる気がした。
熱が残っている。
焦げた匂いと、鉄のぶつかる音が遠くで響いていた。
視界が揺れる。
手から滑り落ちた何かが床に当たって、乾いた音を立てた。
声がする。誰かが呼んでいる。
けれど、それもすぐに遠ざかっていった。
意識は、暗闇に沈んだ。
それが最後だった。
次に目を開けた時、見えたのは木の天井だった。
知らない天井。
ゆっくりと瞬きを繰り返す。
頭がぼんやりして、何もかもが現実味を持たない。
身体を起こそうとして、違和感に気づいた。
軽い。
妙に軽い。
「……なんだ、これ」
自分の腕を見る。
細い。無駄な肉がない。
肌も、こんなに滑らかだったか。
違う。
これは――自分の身体じゃない。
思考が追いつかないまま、扉が開いた。
「起きたの!?」
明るい声とともに、一人の少女が駆け寄ってくる。
栗色の髪を揺らし、安心したように笑っていた。
「よかった……本当に」
その言葉に、なぜか胸の奥が緩む。
「……ここは?」
「リーファ村だよ。森の中で倒れてたのを見つけて、みんなで運んだの」
少女はそう言って、少し照れたように笑った。
「私はアイラ。あなたは?」
一瞬、言葉に詰まる。
名前。
何を名乗ればいいのか。
「……シュン」
自然と口に出た。
「シュン、ね。いい名前」
アイラは嬉しそうに笑う。
距離が近い。
初めて会ったはずなのに、妙に安心する。
「しばらくはここで休んでいいから。まだ無理しちゃだめだよ」
「ああ……ありがとう」
素直にそう言えた。
なぜかはわからない。
けれど、この少女の言葉には、逆らう気になれなかった。
その時だった。
「おい」
耳元で、声がした。
低く、ぶっきらぼうな声。
思わず振り返る。
誰もいない。
「こっちだっての」
今度ははっきり聞こえた。
近い。
いや――
右手を見る。
指先が、わずかに光っていた。
「……は?」
「やっと気づいたか」
声はそこから聞こえていた。
さらに別の声が重なる。
「うるさい、順番があるでしょ」
「いやいや最初は自己紹介でしょ?」
「……面倒だな」
複数の声。
全部、指からだ。
理解が追いつかない。
「なんだ、これ……」
「だから呼べって言ってんだろ」
最初の声が、苛立ったように言う。
「呼ぶ?」
「名前を呼べば出てやる」
意味がわからない。
だが、声は止まらない。
「俺を呼べよ。役に立つ」
「だめ、あいつは危険」
「いやいや私の方がいいって」
……うるさい。
とにかく一番うるさいやつを。
「……名前は?」
「ライオスだ!」
間髪入れずに返ってくる。
やっぱりこいつか。
「……ライオス」
半信半疑で名前を呼んだ瞬間だった。
空気が震えた。
次の瞬間、窓の外に閃光が走る。
轟音とともに、雷が落ちた。
「きゃっ!?」
アイラが驚いて身を縮める。
だが、彼女の視線の先には何もない。
俺の目の前には、確かに“誰か”がいるのに。
光をまとった男。
不敵に笑い、腕を組んで立っている。
「呼んだな」
「……見えてないのか?」
思わずアイラを見る。
「え?なにが?」
やはり見えていない。
「俺がライオスだ」
当然のように名乗る。
「……さっきの、あれか?」
「そうだ。軽くやってやった」
「軽くで雷落とすな!」
「ははっ、面白えな」
だめだ、話が通じない。
外から焦げた匂いが漂ってくる。
その時、ふっと気配が揺れた。
「おっと、今日はここまでか」
「は?」
「無理すんなよ」
そう言って、ライオスの姿が消える。
同時に、指の光も消えた。
静寂が戻る。
何もなかったかのように。
「……シュン?」
不安そうに、アイラがこちらを見る。
「大丈夫?」
「ああ……いや」
うまく答えられない。
今のは何だ。
幻か。
夢か。
それとも――
考えようとしても、うまくまとまらない。
ただ一つだけ、わかることがある。
ここは、自分の知っている場所じゃない。
身体も違う。
さっきの声も、現実とは思えない。
全部が、わからない。
それでも――
目の前の少女だけは、なぜか現実だった。
初めて会ったはずなのに、妙に落ち着く。
「……ありがとう」
気づけば、そう言っていた。
「助けてくれて」
アイラは一瞬驚いて、それから柔らかく笑った。
「うん。よかった、本当に」
その笑顔を見て、少しだけ力が抜ける。
右手を、ゆっくりと握る。
さっきの“何か”は、消えていない気がする。
見えないだけで、そこにある。
気のせいじゃない。
だが――
今は、それ以上考えるのをやめた。
わからないことだらけだ。
ここがどこなのかも。
あの声が何なのかも。
何一つ理解できていない。
それでも――
今は、この場所にいるしかないらしい。
読んでいただきありがとうございます。
まだ何もわからない状態から、少しずつ世界が見えていきます。続きをお楽しみください。




