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哀の少女に光あれ②

少女は糸の切れた人形のように体が崩れていく。


倒れこむようにして突如睡眠を取り出した。


 


ベットに落ちた少女の髪が空気を撫で、優しい日向のような香りが私の嗅覚を刺激する。


その一瞬だけが心を和ませる。


 


すぐにパニックが私の頭をめぐり出しドンドンと支配していく。


 


『ウェエエエ!?とっても眠かったのかな?いやいやいや……ナンデ!?ナンデ!?気絶?こんな時ってどうすればいいの!?しかもこの子の魔力がぐるぐる~ってバグってるし!』


 


こんな状況を目の前にして完璧に対応できる人はいるのだろうか。


訓練されている人たちならいざ知らず、私の様な年だけを重ねて何もせずに漂っている精霊が正しい対応なんてできるはずもない。


何をするにも置物にしかならない悲しい精霊なのだ。


 


これがただ気絶しただけならよかったのだけど。


 


 


少女の内包している魔力が感情の暴発により渦を巻いている。


これはとってもまずい状況だ。


元から何かしらの原因で魔力が少なくて死にしそうな状態なのにこんなことで魔力の発散が起こってしまっては数分で命の灯が消えてしまうだろう。


 


せっかく発見した私と共に過ごしてくれる人候補を逃すわけにはいかない。


それ抜きにも目の前で少女に死なれるというのは後味が悪い。


 


『ぬーーーん』


 


私は分かりやすく頭を抱えた。


そしてそのまま奇声を上げてぐるぐるとその場をまわる。


こんな時は自分の頭をおかしくしてリセットするのが一番だ。


 


私がここで少女の魔力を操作して解決しようにも、魔力の渦の発生を止めることはできないだろう。


魔力の発生自体を止めなければすぐに干からびてしまう。


もっとこの少女に根本的に干渉することが必要だ。


 


ぐるぐると回ること1秒…2秒…3秒……


 


ピーンと妙案が思いつく。


 


 


『……そうだ。もう契約しちゃおう』


 


精霊は契約をすることによって人と深いかかわりを持つことが出来る。


精霊を使って魔法を出したり、人が精霊の魔力タンクになったりして。


便利なものでこの世界の多くの人が行っている。


そんな便利な側面を持っているこの契約。


 


当然、よい事ばかりではない。


良い面の裏には必ず悪い面も存在する。


表裏一体はがすことのできないリスク。


 


 


 


 


 


 


一度契約をするとその関係は破棄することはできない。


 


 


人と精霊の契約。


 


それは人が地面に足を付け、火を使い、国を作る以前から行われてきた。


人々が魔法という未知の力を行使することが可能となる昔からも。


世界の人々が信仰している神とやらが誕生するそれより前さえも!


 


精霊は人と共にあり、また人も精霊と共にある。


 


この世界の、古今東西、過去、現在、未来においてそれは等しく行われる。


 


故に、精霊との契約はこの美しき世界を形作る究極の概念として昇華される。


 


この世界に存在した、存在する、存在することになるであろう全ての生きる者の契約。


 


その二つの点を一つへとつなぐ黄金の楔は魂に。


 


世界が定めた絶対の掟。


 


覆されることのない永遠の誓い。


 


 


それこそが———————精霊契約———————


 


 


 


少女を助けることのできる唯一の方法。


 


 


 


 


『することは決まったけど……どうにかして合意を得ないと』


 


少女を助ける手段においてはおおよそのめどは立ったが契約は精霊と人お互いの合意がないと結ぶことはできない。


それほどに重い儀式。


 


 


『ね———————!私の声聞こえるー?』


 


返事はない。


あるはずもない。


 


意識がなく眠りについているというのにどうやって合意を取るのか?


 


『これは……もう!仕方ないかなぁ。仕方ないよね。あとで怒られたりしないかな?ちょ———とだけ悪徳精霊みたいでやりたくはないんだけど……【戴冠-優曇華】』


 


それはもう少女と入れ替わって自分が少女の体の主として契約をするしかなーい。


 


契約しようよ。


うん、しよう!


 


そうやって一人二役でやるっきゃねー!


この世界の概念さんをだましてやんよ!


 


我ながらとんでもない悪徳野郎だとは思う。


だけど……仕方ないの!ほんとは本人と話してからやりたいんだけど……ね?


 


本気を出して冠被ってやっちゃいますよ。


この冠被るとなんか力湧いてくる気がするからね。


気合い入れてくよ——!


 


 


私の魔力を体から引きずり出す。


これほどの規模で力を使うのは久しぶりだ。


段々と自分自身の体が満たされてきているのが分かる。


暖かい魔力の奔流。


これまでの私の契約者たちから貰った魔力。


 


 


 


 


 


 


『とこしえの境界、刹那の戯れ、相克をはらむ黄金の果実。夢は唄方へ、されど我が名を呼ぶ声は聞かず。崩れぬ、壊れぬ、暴かれぬ。悠久のかなたで旅人を待つ。素は血と願いと運命をささやく鶺鴒、曇天のその下で我の名を叫べ!——————【精霊契約-鍵】———————』


 


 


 


詠唱とともに冠が光を放つ。


空の光は雲に隠され、この国全てが闇に包まれる。


 


そう……この瞬間、世界の光は私のみとなる。


 


少女に唇を近づけてキスを行う。


 


姫へと忠義を示す騎士がそうするように。


紳士がレディをエスコートするように。


優しく、しかし力強く。


そしてすべてを奪ってしまうように欲深く。


 


少女の体の中に私という光が吸い込まれる。


 


回り、廻って渦を巻く。


 


やがて光と少女は一つとなり、目を覚ます。


 


 


精霊の冠は彼女の頭上に。


瞳は、この空を覆いつくすような無限の曇天。


その内包された闇はどこまでも。


 


今にも折れそうな細い線、透き通るように美しい髪は少女の面影を残す。


 


成熟した、完成された美がそこに誕生する。


 


閉ざされた唇が開かれる。



 


『砂上の境界、永遠の罰、相克をはらむ純銀の果実。夢はわが胸に、されど求める名を知らず。崩れぬ、壊れぬ、暴かれぬ。瞬刻の旅路で待ち人を探す。素は血と願いと運命に囚われた金糸雀、病の中でその名を叫ぶ


——————かの精霊の名はクラウディア!———————【精霊契約-扉】———————』


 


荘厳でありながら幻想的。


今ここに一つの契約がなされた。


そこに押さなく今にも命が消えそうだった少女の意思の介入はない。


全て、本来人が行うはずである精霊の問い掛け詠唱に対する返答詠唱は精霊が少女と一体になることによって行われた。


 


 


 


『……ふっ!』


 


少女の体を自分のもののように動かして渦巻いていた魔力を霧散させる。


呼吸をする程度のこと。


淡々と問題を片付ける。


このことに時間を割いてはいられない。


 


 


今現在少女の意識は眠り続けたままだ。


 


 


彼女を無理やり起こすのは酷だろう。


そう思い込むことで、それまでの時間で勝手に契約したことの言い訳を考えることにする。


 


『……ど———————しよ———!まずいよヤバいよ。なんか勢いでやっちゃったけど後のこと全く考えてなかったぁ!どうにかして許しを請わなくちゃ。あわわわわ』

 


脳内がぐちゃぐちゃだ。



精神生命体状態だったのなら手を口元に当てて白目であわあわしていたのだろうが、今は少女の体を借りている状態だ。何とかポーカーフェイスを作って耐えている。


どこで見られいてるか分からないからね。


私のせいでこの子の評価が落ちてしまったらさらに合わせる顔がなくなってしまうよ。


『ぐぬぬぬぬ……』




捻りだせ―!私の頭よはたらけー。いい感じの言い訳を考えるのだー!


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


◇———————◆


 


 


 


 


少女は夢を見ていた。


走馬灯の様な、白昼夢の様なとらえがたい夢。


物心がついたころから少女は病魔に侵されていた。


先天性魔力欠乏症。


体の中に存在する魔力の量が著しく低く、生存に必要な水準を維持することさえ難しい。


いつ死んでしまってもおかしくはない。診断したすべての医者にそう言われた。


私の家は貴族の名門。


お父様は伯爵の地位をいただいている。


その家の娘として生まれた私は、そのことをお父様に咎められることはなかった。


それどころかこの不治の病とすら言われているこの症状を何とか改善してくれようと毎日奔走なさっていた。



お母様は体が弱かったらしく、数年前に旅立ってしまわれた。


優しくて、時には厳しくて、いつでも暖かく包み込んでくれる最高のお母さまだった。



私の弟はお父様に似てとても勇敢で強い子だ。


常に私のことに気をかけてくれる。私に外のいろんな話を聞かせてくれる。


唯一無二の弟だ。


 


私に付き添ってくれるメイドは、心配性で私が何かするたびにすぐに駆け付けてきてくれる。


少しだけ年上で、一緒に育ってきた。


姉の様なもの。


 


この屋敷の人々も領民も、友人も、全員が私のことを気にかけてくれている。


心配してくれる。


優しくしてくれる。


一緒に笑ってくれる。


この病を憎んでくれる。


尽くしてくれる。


 


 


 


 


 


 


 


だけどそのたびに私は……なんとも言えない苦痛が胸を刺す。


一生このまま。


救いはない。


なのになのにどうして!!!!


 


私にそう言葉をかけてきてくれるのだろう。


 


少しずつそれでも少しずつかけられる優しい言葉が、美しい言葉が、笑顔の言葉が!


 


私の心にどうしようもない、抱えきることのできない爆弾となって手元に現れる。


得体の知れない私のエゴによってできた妄想の産物。


しかしそれはやけに具体的で写実的。


 


 


やさしさの重圧で押しつぶれそうだ。


いっそ誰かが攻めてくれればいいとすら思う。


そうすればこの爆弾の大きさも少しは小さくなるだろうか。


 


自分の身に抱えた、自分への思いは消えることはない。


 


 


幸せの代償は何処かに必ずやってくる。


私は自分自身に駆けられた分不相応の幸せを、幸せそのものを罰として受け取っているのだ。


 


そう思ってならなかった。



 


ふわふわと夢の中のぼんやりとした空間を漂う。


 

 


風が吹く。


 


 


湿った梅雨の時期の様な生ぬるい風。


ペトリコール。


石のエッセンス。雨の降る前の様ななんともノスタルジックな匂い。


 


その香りは私の体を包み私のことをほんの少しだけ責める。


少しだけ褒める。


 


暖かさに包まれて、私の意識はさらに深い所へと落ちていく。


深く深く、ゆりかごの様に。


 


 


次に目を覚ました時、それは夢の中であろうか。


 


そうであってほしい。


 


今日はよく眠れるような気がする。


 


 


感じたこともない曇り空の様な懐旧の思いに包まれて。


少しだけの希望とやさしさと痛みと苦しみをはらんだ明日を夢見ながら。


 


 


 


 


 


 


 


 


 



 


 


なんだか……背負っているものがちょっとだけ軽くなった気がした。


 


 


 


 

 


 


 


 

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