12 落ちこぼれのキラキラと光る大切なもの
レイ君、アリス、リエー、マティとともに食事を終えた私はリエー以外の三人と別れ、食堂の入口の隅でその人が出てくるのを待っていた。
あ、出てきた!
「グラヨールさん!」
私は食事中に目で探していたグラヨールさんが出てくると、急いで声をかけた。食事中はゆっくり食べていて欲しいから邪魔をしなかったけど、なるべく時間は有効に使いたい。
「ん? カモミどうした? それにリエーも一緒じゃないか。二人が仲がいいって言うのは本当だったんだな」
「ちょ、兄さん何話したのよ……!」
「兄らしいことを話してみた!」
兄らしい……確かにリエーをよろしく、とは言われたなぁ。逆を言えばそれしか言われていない気もする。
リエーにひっつかれているグラヨールさんは、少し楽しそうな顔で「それで?」と私に続きをうながした。
「訓練室を借りたいんです」
訓練室で、さっそくアリスに言われたことを実践してみたいと思う。限られた時間の中で最高の私になるために。
「ほほう、訓練室か。あの場所は体験入団生じゃ使えないはずだぞ」
「そうなんですか?」
しまった。それは盲点だった。確かにいくら相互関係のあるティトル校の生徒だからって、私は正式な団員じゃない。それなのにそこまで自由に動けるなんて少しおこがましがった。
「だから俺の名前で部屋を借りればいい。そうと決まれば行くか!」
「え、いいんですか! あちょっと!」
スタスタと先を歩いていくグラヨールさんについて行く。足の長さがだいぶ違うので小走り気味だ。リエーと顔を見合わせると、リエーはグラヨールさんの服を引っ張った。
「ちょっと兄さん! 歩幅違うのわかってる?」
「悪い悪い。実はあんまり気にしたことがなかった」
「いや気にしてよ!?」
そのあとの「まったくなんでこんな人に……」というため息は聞こえなかったことにした。
私は二人とじゃれ合いながら歩き、近くの水飲み場で大切なものを持ってきていないことに気づいた。
「グラヨールさんすみません。ここのバケツって借りられませんか?」
「バケツ? なにかに使うのか?」
「はい。水と向き合えって言われたんですけど、よく分からなくて。とりあえずバケツに水を貯めて持っていってみようかな、と」
私はふたつある中から水色のバケツを取り出すと水をためる。入れ終わったバケツはグラヨールさんが持ってくれることになった。
「バケツ持ってもらって、ありがとうございます」
「いいんだよカモミ! 兄さんのことガンガン使っちゃって! 脳筋だし力仕事にはベストマッチだよ!」
「なんで俺への問いかけにお前が答えるんだ〜? まぁ脳筋なのは否定しないけどさ」
「ほらやっぱり脳筋って自分でも思ってるんじゃん!」
「だからってリエーが答える道理にはならないだろ」
楽しそうだなぁ。
私にも兄弟がいたらこんな感じだったんだろうか。私の場合は弟で……待望の跡取りだったから、きっとそこまで遊べなかったかもしれないけど。
ううん! くよくよしてたらダメ! 今は前を向かなきゃ。あとひと月で、私がどうなるのか決まる。もしダメだったら担任の先生に頼んで仕事を斡旋してもらおう。
そしてようやく受付についた。そこまでの距離はなかったはずだけど、そこそこ長くて足が疲れてしまう。
「よし、受付は俺の名前で頼む。使用するのはティトル校からの体験入団生カモミ、カモミ……」
「カモミ・デ・フルーです」
「カモミ・デ・フルーだ! 持ち込みはこの水が入ったただのバケツだ。そこの水飲み場でかっぱらってきた」
「ちょ、兄さん言い方!」
受付のお姉さんは了解した、というようにうなづくと私に向かって札を差し出した。どうやらこの札が鍵代わりになるようだ。
「ありがとうございます!」
私はお姉さんにお礼を言うと、先に進んでいたリエーとグラヨールさんの元まで走った。
私の持つ鍵を部屋の前にかざすと、かざした場所を中心として光が走る。複雑な円環が浮き上がった。
「な、なんか凄いところですね……!?」
正直、今興奮している。
部屋の中には当たり前だけど調度品はなくて、円形の窓が三つあるだけ。それも今は閉まっていて、上から射してくる激しい光の照明だけが私たちを照らしていた。窓は開けようと思ったらやっぱり私の持つ鍵がいるようだ。
「そうか? ほかはもっと凄いぞ。儀礼室とかはこの比じゃない」
「いやでも、十分広い……」
儀礼室……名前からしてきっとすごく豪華なところだ。夢が膨らむ。私はもっと頑張らないと自分の力では入れないな。
部屋の真ん中にバケツがとん、と置かれた。
「それじゃあ、さっそくやってみます」
私はバケツの前に座り込むと、それを抱えて中をのぞき込んだ。何も見えない。ただ、水を通してバケツの底が見えるだけだ。
これでいったい何が見えるのだろう。私の顔は多少は見えている。アリスの言うことに意味がないということはありえない。私がアリスと仲良くなったのは今日だけど、今まで見てきた優等生のアリストロシュ様が無駄なことをするわけがないのだ。
「ねぇ、今カモミ何してるの……?」
リエーの小さな声が聞こえた。私も何してるんだろうって思ってる。
「水鏡、という言葉を知ってるか?」
「えっと、水面に姿が映ること。鏡のように水を使うこと……だっけ」
「正確にはもうひとつあってな。水がありのままの姿を映すように、行いを正しくする人。またはその行為」
グラヨールさんのその言葉で私ははっ、と気づく。ありのままの私。逃げ。夢。アリスが私に言ってきたことは、芯のある自分でいられるかどうか、ということ?
「私、わたしの……信念」
「カモミ君。そのまま考えてみるんだ。自分がいつも、何を思って生きているのか。何を願ってここにいるのか。一番初めに、どんな感情を持ってこの場所を望んだのか」
私の、願い。感情。なんだろう。何を、考えればいいんだろう。やらなきゃって。やらないとって。そればかり、最近は考えていて……。
言葉が私の口から漏れていた。
「わからない、わからないです……」 水に映る自分の顔が、くしゃりとゆがんだ。
「っ、カモミ……」
「一度、俺たちは外に出ているよ」
グラヨールさんはリエーとともに扉から出ていった。
私は顔をあげる。天井がとても遠い。……手を伸ばしても届かないほどに。誰もいない。誰も。私はいま、ひとりぼっちだ。どうしてここにいるんだろう。なんで、こんなことしているんだろう。わからない、わからないよ。
私、今、何を思ってるんだろう。どんな感情なんだろう。
涙が、止まらない。
顔を手で覆って、私は俯いた。なんでだろう。なんで、どうして? なんで皆はできるのに……。私なんて、私なんて──!
そのとき、だった。
「大丈夫か?」
私の上に影がかかった。低い声。いつもは心臓がどくっと跳ねるのに。ああどうして。今すごく恥ずかしい。こんなところ見られたくないのに。
顔をあげれば、レイ君がそこにいた。
「泣いてるのか?」
「ど、して……?」
なんでいるの。そう聞くことも出来ずに、私はさらに涙を流した。
「水を見ていると、アリスに聞いたから。……辛いだろうと、思って」
声色はいつもと変わらないのに、レイ君はおろおろしているようだった。
そして私をぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫」
ゆっくりと身に染みていく。私はぎゅうっとレイ君の体に手を回してすがりついた。
「みんなが……出来てるのに、私だけできなくて」
「ああ」
「置いてきぼりになっちゃうの。私だけ。それがすごく嫌で」
「そうか」
どうしてか言葉がぼろぼろと零れていく。溢れ出すと止まらない。
「私、わたし心がいつもぎゅってしてるの。授業の前は吐いちゃうし」
「そうか」
「そんな風にしか生きられないから、いつも泣きそうになるのどうすれば、いいんだろう。なんだろう、これ」
レイ君は私の頭をぽんぽんと撫でながらゆっくりと答えてくれた。
「カモミは今、悲しくて、苦しくて、辛くて、怖いんだな」
「わたし、そんなこと……ない。もっとちゃんと、つよい子で」
「自分だけできないことが悲しくて、置いてけぼりにされるのが怖くて、積もり積もっていつも苦しくて、泣きそうになるほど辛いんだろう」
まぶたの裏で、その言葉がきらきらと輝いている。私が押し殺していた私が剥がれていく。
「君はいつも楽しそうに笑っていて、時々怖いくらいに儚いと俺は思う。カモミはどうやって笑っているのか、好きなことはなにか。食べる時は何を考えているのか。家ではどんな過ごし方をしているのか。家族の前ではどれだけくつろいでいるのか」
真っ暗な夜空の中に、きらきらと星が光る。私が欲しかった、たった一つの星が。
「カモミの幸せは、カモミが選んでいいんだ」
「わたし、が……」
「カモミは、どうしてここに来たんだい?」
目に浮かぶ水が、私を過去に連れていく。キラキラは音符に変わって、暖かな温もりは陽だまりになり、優しい歌声が薄ぼんやりと聞こえてきた。
目を覚ませば、私は庭でお義母さまとお母さんと幼い私を見ていた。




