11 落ちこぼれは食事をする
シャワーを浴びて、私たちは服を着替える。どこか気持ちのいい倦怠感に身を包まれながら、私は本能のままに食堂へ向かっていた。
「ぐぅ〜〜ぎゅるる!!!」
……今の音を聞いてわかる通り、私は今とってもお腹が減っているのだ。今までこんなにお腹がすいたことは無いってくらいに。だから私は今大急ぎで食堂へ向かっている。ここが実家なら走って食堂へ向かえたのに。せめてここがティトル校なら走っても少しのお咎めですむのに。
恥も外聞も捨てて、今にも走り出そうとしていた時だった。
「カモミさん!」
後ろからアリストロシュ様の声がした。びくりと体をふるわせて、「なぁに?」と振り返る。
「あなたに謝りたいことがあるの」
「謝ること?」
お腹が減っているところに声をかけられて、話なんて聞き流そうと思っていたのに。アリストロシュ様の切実そうな顔が、私を現実に引き戻した。
「あなたの夢を……逃げだなんて断定してごめんなさい。あなたは真剣に取り組んでいたのに、わたくしは今までそれに気づかなかった。わたくしが見ようとしていなかったのね」
「え、アリストロシュ様!? その、そんな……」
四十五度のお辞儀を見せるアリストロシュ様に私はどうして頭を下げられているのか分からなかった。アリストロシュ様は何も間違ったことを言ってはいないのに。
アリストロシュ様は顔をあげると、そっぽを向いて更に口を開いた。
「それと、アリストロシュ様なんて呼び方をしなくていいわ。アリスで結構よ。わたくしの親しい人はそう呼ぶから」
それは事実上の身内宣言、というものだろうか。アリストロシュ様はアリストロシュ様のご友人にもアリスと呼ばせたことはないはずだ。私は男爵家なのにいいのかな。
「あ、アリス……様?」
「様も、結構よ」
目を全く合わせないアリス様はきっと照れている。そこで私は少し調子に乗った。
「じゃあアリスちゃん……でもいいかな?」
「なっ……!? そ、それは馴れ馴れしすぎよ!!」
「ふはっ、ふふ……! じゃあなんて呼べばいいのさ!」
顔を真っ赤にして反対するアリスちゃんは、やっぱり顔を背けながら照れくさそうに答えた。
「アリス、でいいわよ。そんなに……あ、アリスちゃんなんて呼びたいなら神聖力を扱えるようになりなさい。それなら呼ばせてあげないこともないわ!」
「んん、難しいこと言うなぁ〜」
「別に、難しくはないわよ。一度できるようになれば、そのあとはずっとできるのだから」
「じゃあ頑張るね!」
アリスは私の顔を見て唇をキュッと結ぶと、高位貴族に相応しい感情の見えない目で私の名前を呼んだ。
「カモミ」
「どうしたの?」
「あなたが本当に入団を目指すなら、水と向き合いなさい」
「それって、どういう……?」
「これ以上は言えないわ。自分で気づかないと先へ進めないもの」
わたしにはまだその言葉の意味は分からないけど、きっと何が大切なきっかけなんだと思う。だからとりあえず、後でグラヨールさんからバケツを借りよう。
そこへ、リエーとレイ君、マティがやってきた。どうやら一緒に来た訳では無いらしい。確かにこの二人と一人のあいだにどんな関係があるっていうのか。
「カモミ! どうだった午前中!」
「リエー! とっても良かった! 楽しかったし褒められたし! あとリエーのお兄さんいい人ね!」
「え、どうして兄さん……!?」
わたしとリエーが抱き合いながら話している間、
「ルティ、レイそっちはどうだったの?」
「いや〜〜鬼のようにしごかれたよ……」
「さすが聖守団だ。ティトル校とは比べ物にならない」
レイ君とアリスとルティも楽しそうに話していた。ふと、レイ君が顔をあげた。
「久しぶりだな、カモミ」
「レイ君久しぶり。元気だった?」
二週間会っていないだけなのに、もっと長い時間会えていなかった気持ちだ。それと、私の心臓がまたどくんっと脈打った気がして何となく落ち着かない。
「元気か、と言われれば元気だな。だが体は辛い。俺は午前二枠とも実技演習だったから」
「そうなんだ! 私は一枠の実技演習だけでこんなヘロヘロだよ〜。お腹と背中がくっつきそうだもん」
そこで、ちょっとした悪夢が私を襲った。
「ぐぎゅるるるるるる」
周りの人がみんな振り返るほど盛大にお腹がなったのだ。私も周りも一瞬ぽかんとして、私は赤くなり、周りは笑いを必死におさえている。
私の周りではリエーとマティはお腹を抱えて爆笑して、レイ君とアリスですら笑いをおさえている。
「っ、あ、あの……聞かなかった、ことに」
私は顔を真っ赤にしてぼそぼそと呟くけれど、誰も意に介さないのでもう逃げることにする。くるり、と振り返った私の手を誰かが掴んだ。マティだ。
「まあまあまあまあまあ! ほらお腹減ってるんでしょ! ご飯食べに行こうよ〜。俺が隣であーんしてあげるからさぁ!」
「ひどい! マティ面白がってるでしょ! 大爆笑してたもんね!?」
「いやぁ〜〜最高だったよ! いつもああなの?」
「なわけないでしょう!?」
「それにしてもすごい勢いだったねぇ〜」
「ちょっとマティ! いい加減黙って!?」
「俺とカモミの仲じゃない!」
「そんなものはなーい!」
ずるずると引きずられたまま食堂の列に並ばされる。ううう……周りからの視線が痛い。衆人環視の中醜態をさらしてどうしてそのままでいられるというの……。
トレーを持って順番待ちしている間、私のトレーにはフルートクラスを中心に様々な先輩方がおすすめのプリンを載せてくれた。そしてマティにはそれを見てまた笑われた。
「ご飯がたくさんあるのは嬉しいけど……。何となく精神がすり減った……」
「いや面白かったよほんと。カモミといると飽きないねぇ」
私の目の前に座っているマティはいつまでも笑いがとまらないようだ。……一度殴ってやろうか。
「カモミとマティはいったいいつ知り合ったんだ?」
笑っていない顔で何となく咎めるようにレイ君が聞く。
「二週間前に一度ね」
「そうそう、一緒にお茶したんだよね〜」
「してない」
「したじゃん。もう忘れたの? あの美味しい味」
「してないってば……あれをお茶したとは言わないでしょ」
「あーんってしてあげたのに?」
「過去を捏造しないでよ……!」
私とマティが言い合いしているとレイ君の表情がみるみるうちに冷たくなっていく。
「俺も」
「へ?」
「俺も食べさせることくらいできるぞ」
私を見ながら淡々と口にする。それは、いったい何を言いたいのか。
「……まじか」
ぽつりとこぼれた声に顔を向けると、ありえないものを見るようにマティとアリスが固まっていた。マティに至っては空いた口が塞がっていない。
「え、なに?」
私は助けを求めるようにリエーを見る。リエーは私の視線に気づいたのか、食べる手をとめた。
「そもそも私、カモミ以外と接点ないんだけど」
「あ、そうだ! じゃあえっと……」
そこから順に紹介をして気まずい空気は何となく消えた。話題はマティの受けた座学の授業になった。
「聖守団の成り立ちみたいなのやってたんだよね。元々武器を必要としなくてよかった、みたいな」
「その話わたくしも聞いたことがありますわ。媒体を必要とせずに事象を起こしていたなんて、考えられません」
「確かに難しいかもだけど、小さなことは出来たんじゃないかな?」
「それが今の神聖力はその時が全盛期らしい」
過去の神聖力の話……。私もそれを中心に学んでみるのもありなのかな。私はもんもんと悩み始める。
「体の中のエネルギーを自らの意思で操るという点は同じだな。さながら自分の体自身が神聖具なのだろう」
なかなか難しい。なんとなくだけど、私はこの会話を忘れない方がいい気がしていた。
「そう言えば、この後私たち体験入団生は授業がないって知ってる?」
リエーがからになったトレーの前で口にした。
「あらそうなんですの?」
「うん。まずは全部体験するのはきついからって」
「ありがたいと言えばいいのか怖いと思えばいいのか、どっちだろうねぇ……」
その言葉を聞きながら、私はどこかの実習室を借りようと決意した。
はやく、少しでもはやく、私もみんなに並びたいから。




