10 落ちこぼれの過程とまだ見ぬ結果
「さて、それでは一時限目の雨を降らせる魔法を実際にやってみましょう」
手を叩いた実技の先生を見ながら、私は隣にいるグラヨールさんに声をかけた。
「一時限目と二時限目の授業はいつもこうして繋がっているんですか?」
「いつも必ず繋がっているというわけじゃあないけどな。ほら、今先生が持っている赤い本があるだろう?」
グラヨールさんの指の先を見ると、確かに先生は赤い本を持っていた。
「あれは神聖具なんだ。聖奏団、そして聖守団で働く先生は必ずあの本を持っている。あの本に指定の書き方で文字を書き込むと、あとから何を書いたのか探すことができるんだよ。もちろん他の赤い本からもな。だから先生はその前の時間に何があったかが分かるし、それを活用する」
「なるほど……。でも必ず活用しなきゃいけないわけじゃないですよね?」
「そうだな。んん、言われてみればなんでなんだ?」
二人して頭を抱えると、そこで先生を視界に収めたまま、アリストロシュ様が言った。
「最近東方から入ってきた学術論には、知識とは結び付きによって難なく覚えられる、と書いてあったそうですわ。もちろん統計があり、根拠があります。……ここではその学術論が出る前からそれを実際に感じていたということなのでしょう」
「な、なるほど……」
「さすが、ですね……」
私とグラヨールさんは二人で納得、という顔をした。
「さて、それじゃあ散らばって! 色々試してみようか!」
そして先生はこちらを見てグラヨールさんに声をかける。
「グラヨール! 君はカモミ君の面倒を見なさい! 解説もすることだよ!」
「はいっ!」
今回私が体験入団するにあたって、何度か話し合いが持たれたらしい。その理由は実技授業だ。座学授業自体は困ることは特にないので話題にもあがらなかったそうだ。アリストロシュ様と同率でクラス一位をキープしていることが多少の後押しになったらしいけれど。
問題となった実技授業については大きく意見が別れたそうだ。神聖力が使えないだけで他の動きは完璧に近い。よって推薦してもいいのではないか、という意見と、神聖力こそが全てである、という意見。
最後の後押しとなったのは受け入れ側の聖奏団が、大きく前向きな姿勢を示したからだった。もし、私が神聖力を開花させたらどうなるのか。その可能性にかけてくれたと、クラス担当の先生から聞いている。感謝してもしきれない。
つまり何が言いたいのかと言えば、私の実技授業は半分見学で半分神聖力の開花になるということ。
「さて、解説を始めよう。フルートを吹くだけでは神聖力は事象を起こすことは出来ない。そのイメージ力こそが最も必要なのだ」
「はい!」
「カモミ君はいつも神聖力を具現化させるために何を考えている? 例えば仮に雨を降らせるとして」
グラヨールさんの質問に、私は少し困ってしまう。私はお義母さまのやり方をなぞっているだけだけど、それは、「私自身」の答えになるのだろうか?
迷っている私を見て、グラヨールさんは声をかけた。
「君は変わるためにここへ来たんだろう。それなら失敗を恐れてはいけない。君は新しい場所で新しい知識とやり方を得るためにここにいるのだから、今までの常識を改めて理解して自分の手で壊すことが大切だ」
その言葉で、私はするりと口から言葉が出せた。
「事象とは、結果です。結果には必ず過程があると習いました。だからその過程をなぞることを意識して神聖力を使おうとしています」
「なるほどな! 俺とは真逆のタイプか!」
「真逆なんですか?」
「ああ! 俺はそこにあるものを具現化させたいと思う。難しいことを考えられる質じゃないからな」
私はアリストロシュ様を見た。アリストロシュ様は、いったいどちらのタイプなんだろう。私は目を伏せた。
「よしカモミ! 準備が出来たぞ!」
いつの間にかグラヨールさんが手のひらより少し大きい大きさの球体を持っていた。私も三年ほど前に同じものを見たことがある。
「それは、素体硝子……ですよね」
「ああ! まずはカモミ君が普段どのようにして神聖力を使うのかを見せてもらおうと思ってな!」
「わ、分かりました……!」
私とグラヨールさんは地面に座った。膝の上に素体硝子を置いて、両手を触れさせる。素体硝子の中に少しずつ粒子が貯まっていった。素体硝子とは、両手から一定の神聖力を硝子の中へためて硝子の中の粒子をコントロールする初級の神聖具だ。少なくとも神聖力がある人なら必ず扱えるので、一年生の時に私も使ったことがある。本来なら大きくしたり、小さくしたり形を作ったりしてコントロールするのだけど、私はその前の段階の粒子を固めることが出来ていなかった。
中に現れる粒子は音符になることも出来ない神聖力で、言い換えると音符の素となるもの。私たちはこれを素体と呼んでいた。
「少しずつ……少しずつ……」
中心に向かって神聖力を集めようとする。イメージは球体の形。固まれ、と念じながら私は肌から玉のような汗を流していた。
その時だ。大きな歓声があがり、私は思わず集中力を切らしてしまった。まとめていた粒子は散らばり、せっかくの努力は無と帰る。
「わっ、え!?」
その間にも、歓声は更に大きくなる。一体何事かと声のした方を見れば、その原因は一目で分かった。
「アリストロシュ様……!?」
体験入団をしているアリストロシュ様が、誰よりも先に雨を降らせることに成功したのだ。今授業で扱っているのは元々の円環で、それは難易度がとても高い。体験入団生のアリストロシュ様はそれをこの時間でものにしていた。
「すごい……、すごいアリストロシュ様! 私も、あんな風に……!」
「憧れるか!」
「はい! とっても!」
私は強くうなづく。
アリストロシュ様が頑張っているのを目の当たりにして、私にも火がついた。負けられない。
もう一度、私は素体硝子に向き合う。中の粒子をひとつに集めることは難しい。それなら、一つ一つくっつけていけばいいのだ。
その地道すぎる努力は、実技授業が終わるギリギリで身についた。
「はーっ、はっ、ふぅ……!」
息は大きく切れて、頭は朦朧としているけれど、何とか一度集めることに成功したのだ。やり切った、という感じだ。
だけど、一度。たった一度。
「よくやった! ほれ水だ。飲めるか?」
グラヨールさんは褒めてくれるけれど、私はまだ満足していない。もう一度、と思ったけれどもう体ががくがくになっていた。思うように力が込められず、授業が終わるまで見学。
「せっかくだし、アリストロシュ様を見ていよう!」
アリストロシュ様を見ていようと向けた目線は、そのアリストロシュ様本人とかち合った。
こちらへ歩いてくると、アリストロシュ様は何か思い詰めた表情で口を開いた。
「どうして……そんなにも、笑っていられるの?」
「わ、私笑ってる?」
「ええ。辛いはずなのに……どうして?」
その答えはひとつだ。
「楽しいからだよ! アリストロシュ様からすれば、子供の遊びかもしれないけど、それでもできるようになったことが、これ以上なく楽しいんだ!」
アリストロシュ様ははっと驚いた顔をすると、「そう」と一言口にして黙ってしまった。
何か、悩んでいることがあるのかな。例えばなんだろう。家の話かな? んん、そう言えば何かアリストロシュ様に言わないといけないことがあった気が……。
「アリストロシュ様!!」
弾かれたようにアリストロシュ様は私を見る。
「私、アリストロシュ様に言わないといけないことがあったんです」
「……何かしら」
「諦めないことにしました。夢を、夢のままで終わらせたくないから。残りの時間は少ないけれどだからこそ最後までできると信じて私は進みます。やめないです。私は、夢を持ち続けたいから」
たとえアリストロシュ様に否定されてもやめない。私は、そう言わなければならないと思ったのだ。……忘れていたけれど。
「そう、それなら精々頑張りなさい。わたくしは忠告しましてよ」
そう言って、アリストロシュ様は自分のグループへと戻った。入れ替わりでグラヨールさんが私の隣に腰を下ろす。
「大変なんだなぁ二人して。俺にはちっともわかんねぇや。高位貴族の責任ある立場とそれに相応しいって行動も。理屈こねくり回してる落ちこぼれの気持ちも」
「あははは……」
「だけど、二人が真剣なのは分かってるよ。俺とやり方が違うだけで」
「そうですね。アリストロシュ様は、いつも真剣で不正を許さない」
思えば、アリストロシュ様は一度も意味の無い言葉を私には向けなかった。そういう所が、私はとても──。
「そういう所が、私はとても素敵でかっこいいと思うんです」
「カモミ君も真剣だろ?」
「はい」
「俺も真剣だ。三人とも、過程は違えど真剣に今を生きてるところは変わらねぇんだよ。これって、少し似てるよな」
何が言いたいのかは聞かなくてもわかった。やり方が少し違ってもいいんだ。
「少し似てますね。楽に……もっと楽に! 私も頑張ろうと思います!」
このひと月で、私は何を得られるだろう。まだ分からないこれからに、私は今日で何かを得られると信じられた。その中に神聖力が入るように私は努力していこう。
「よし! 頑張るぞ!!」




