圧死
土曜日の昼下がり、家族連れやカップルが目立つ地下鉄始発駅のホームでスマートフォンをいじっていた。
渡から撮影を頼まれた地下鉄駅は東豊線にあるので大通駅で乗り換えしなければならない。
生きている人が写りそうな公共施設を撮りたくはないのだが、アルバイトをしていないから、アフェリエイトに頼らないと好きな物が買えない。
待機列の最前にいたので列車のドアが開くと同時に列車に入り、椅子の端に座った。
手に持っていたスマートフォンに視線を落とすと、真っ白で太い足が視界の端に飛び込んできた。
その勢いに乗って激しい化粧の匂いが鼻をついたので、思わず眉間に皺が出来た。
気にしない様に意識してディスプレイを見続けたが列車が動き出すと同時にズボンのポケットにしまった。
ダメだ。酔いそうだ。頭を傾けつつ正面の窓を見た。
ホームの隣の列にいた女子高生二人組がババアを挟んで隣に座っているのが窓に反射して見えた。
会話の端々を聞くとパンケーキの話をしている様だ。
立つ人がいるぐらい乗車客はいるが、喋っているのが二人だけで大体の人は音楽を聞いているかスマートフォンを見つめている。
ぼーっと窓を見ている俺が非常識の様な気がしてくる。
「スフレじゃない…。」
「お昼ごはんは…。」
「ハムエッグが乗った…。」
「円山行く?」
「ドニチカだし…。」
「生クリームが…。」
車体が鳴る音や車掌のアナウンス等で会話の頭ぐらいしかちゃんと聞こえないが、彼女達の今日の予定はわかってしまった。
パンケーキにもいろいろ種類があるようでスフレじゃなくてレイヤーがいいらしい。
しかもハムエッグが乗ったパンケーキがある店と、生クリームが美味しいストロベリーパンケーキがある店に行くらしい。
食べ過ぎだと思う。
そんな事をしていると、隣のババアの様に腹の下に別な腹がくっついて二段にも三段にもなる。
女子高生の話が途切れたなと思ったらいつの間にか大通駅に着いていた。
慌てて立ち上がり、女子高生の後を追う様に降りる。
普段東豊線になんて乗らないからどう歩けばよいかわからない。
さすがに大通駅は人の流れが早いので道の端に寄りつつ案内板を探して東豊線へと向かう。
渡は「心霊スポットと名高い地下鉄で写真撮ってきた」という旨で記事を載せると言い、息巻いていた。
俺には霊感というものが無いからわからないが、指示があった駅には何も無い気がする。
ネットには話があっても実際自分の耳に入ってきた事が無い。
人身事故で地下鉄が遅延したという話を聞かないのは普段俺が利用しないからだろうか。
大通駅の改札口を通り過ぎた後の道は少し新鮮だった。
東西線で事足りる為、東豊線はほとんど使わない路線だ。
人が少なかったら写真に収めたいが、今日は諦めたほうが良い。
趣味で写真をとっている人のブログのコメント欄に肖像権について熱く語る馬鹿がいた。
十分配慮した写真だと俺は思うがその人には違っていて、毎日文字制限ギリギリの罵詈雑言が並んでいた。
街中の一瞬を切り取った写真が好きだったのに、突如ブログを消してしまった。
あの時程、ダウンロードしなかった事を悔やんだ事は無い。
あの人が撮る露出過多の写真は良かった。
改札口を抜けてホームへ降りるとすぐにアナウンスが入りスズメが鳴く様な札幌市営地下鉄独特の音が聞こえた。地
下鉄で写真を撮った事が無いので、バッグからデジタルカメラを取り出して、適当に周囲を撮る。
フラッシュを炊かないと光量が足りないのか、手振れしやすい気がする。
列車に乗り目的の駅へと向かう。
何にも撮れない気がするので椅子に座った後、窓の外に誰かいないか探したが、浮かない顔をした自分の顔が反射するだけだった。
目的の駅に着いてレーンやホームだけではなく、改札口を出てトイレの中も撮影した。
しかし、何も写り込まないし、ラップ音すらしなかった。
以前の首吊り自殺の時の様にうまくはいかないものだなと独り言ちた。
依頼分の写真は撮ったし帰ろう。
◆
「いやー。美味しかった。ネットで評価高いだけあるわ。」
「私も意外だった。黄身とパンケーキは合うね。あのハムも美味しかった。普通のハムじゃないよね?」
「あれはボロニアハムだね。」
「ボロニアソーセージと何が違うの?」
「え?わかんない。なんだろうね。それより次すぐパンケーキ行ける?」
嘘でしょ。慌てて口をつぐんだ。
「さすがに無理。ちょっと服とか見ない?」
「いいよー。どこ行く?」
「とりあえず札駅はどう?」
「いいね。その前にトイレ行っていい?」
「うん。そこのベンチで待ってるね。」
奈緒はランチパンケーキを食べたのにデザートパンケーキをすぐに食べようとしている。
私はそんなに食べられない。
残すのはお店に悪いと思って無理して食べた。
いつもならシュンちゃんに少し食べてもらっているから八分目で済んでいた事を改めて感じる。
大きな窓の前に柱を挟んで2台のベンチがある。
手前のベンチへゆっくりと歩き、静かに腰を下ろす。
少しだらしないけれど、お腹が重たくて窓に寄りかかった。
ひんやりとして気持ちいい。自分の家だったら眠ってしまったかも。
今日はパンケーキが目的だから迷わなかったが、目的も無く訪れていたらどのお店にするか迷ったかもしれない。
各店のオススメは平打ち生パスタのカルボナーラ、本格窯焼きナポリピッツァ、有機野菜メインのビュッフェとか。
白デニムで紺のジャケット、グレーのハットを被った彼氏と黒タイツにホットパンツ、キャメルジャケットを着た彼女が腕を組みながらディスプレイの前に立ち、耳元で囁き合っている。
あんなジャケット似合う女の人になりたい。
エスカレーターが急に賑やかになった。
視線を移すと女子高生三人がキャーキャー騒ぎながら昇ってくる。
あれは有名な私立高だ。その後ろからは黒ジャケットの男が昇ってきた。
男が一人でこんな最上階のカフェフロアに来るんだな。と思い何となく見ているとエスカレーターを降りた男と目が合った。
やばっ見過ぎた。急いで視線を外し、カフェの入り口にある道産地鶏の親子丼と書かれたブラックボードを見つめた。
視界の端にある黒いチノパンがこっちに向かって歩いて来る。
俯くようにブラックボードを見つめ続けると私の前を通り過ぎて行った。
溜息を噛み殺す。いくら満腹だからって考え無しだった。
しかし、男が一直線に向かうカフェが気になる。
そっと行き先を見てみると、隣の窓から眼下の通りを見ていた。
つられて私も地上を見下ろす。
スーツやコート、私達みたいなどこかの制服…いろんな服装の人が歩道を歩いているのに、ただ一人、立ち止まっている人に目を奪われた。
作業服の人。グラデーションの作業服。変な色だ。足元がカーキなのに、上は黒い。
もっと変なのは
「おまたせ!ごめんねー。中に入ったら並んでてさー。ん?どうしたの?」
「いいや。何でもない。行こ。」
タイミング良く、エレベーターの止まる音がしたので駆け込んでドアを閉めるボタンを押す。
「走るのマジ無理―。」とか言ってるけどそれどころじゃなかった。
ドアが閉じる直前で男が振り返ろうとしているのが見えたが、目が合う事は無かった。
そのまま地下歩行空間と繋がっている地下2階まで降りたかったが、奈緒がコスメを見たいと言うので1階で降りた。
奈緒の後ろにくっついて店内をうろうろする間ずっと、透明なドアの向こう側が気にかかった。
ピンクのチークを買う為にレジで並んでいる間に店内から外を伺ったが別段異常は無かった。
きっと、私はうたた寝みたいな状態だったんだと思う。
普通に考えて、頭が半分潰れた作業員が立っていたら大騒ぎだ。
あぁ。いや。思い出すのは、もう、よそう。こうして目の前には何も無いんだ。
奈緒がやっぱりすぐに食べたいというので、目的のお店に行った。残念だけど今日の食欲は無くなってしまった。
ランチを食べる人がまだ多い中、私はブレンドコーヒーを頼み、ミルクもシュガーも入れずに飲んだ。
奈緒は満面の笑みを湛えながらバニラアイスクリームが乗ったクリームチーズのパンケーキを無言で食べている。
今度シュンちゃんを誘って来よう。
デザートにしたって、一人じゃ多過ぎる。
◆
藤井から送られて来た地下鉄ホームの写真を掲載用にリサイズしてアップロードした。
他のまとめサイトよりも情報量も写真掲載量も多い。
各種SNSで喧伝して、自分のパソコンとスマホだけではなく、学校のパソコンから検索しまくればロボット型検索エンジンの上位に食い込むはずだ。
…ここまでは最高の気分だった。
寝る前にネットを巡回したら見ているサイトの一つ『Close-edge』が更新されていた。
高層ビル建築中に鉄骨落下事故で死んだ作業員が化けて出るというものだ。
マップを開くと札幌中心街にタグ付けされている。このネタはネットのどこにも出ていない。
地理的注目度でも、ネタとしての注目度でも俺とは段違いに鮮度が良い。
さっそくアンチが噛み付いているが、一日もすれば有志が過去の新聞記事をサルベージしてくるだろう。
それまでがいつも通りの流れ。というやつだ。
パソコンをスリープモードにしてベッドに寝転がった。『Close-edge』に憧れて始めたまとめサイトはページビューもユニークユーザーもオカルト系サイトとしては多い方だ。
最初はパクリサイトと言われ笑われたが、札幌に密着した記事と写真の多さで違いを打ち出せている。
後発サイトしては良くやっている…という評価だ。
このままじゃダメだと常々考えてはいる。
後追いの情報サイトではなく、先打ちの開拓サイト。
いったいどうやって『Close-edge』は誰も知らない心霊スポットや、自殺情報、死亡事故情報を発掘しているのだろうか。
そんな事はわかるはずもなく、いつの間にか俺の意識は夢に消えた。




