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求死  作者: 橘 希珂
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自死

 半月ほど前、飛び降り自殺で有名な岬で下見をしている最中、カメラを持った男と出会った。

 その男に声をかけられ、話していると妙な安心感に包まれた。

 気がついた時には自分の境遇や心境を全て洗いざらい吐き出していた。

 男は蔑むでも無く、憐れむでも無く、ただただ聞いてくれた。


 どうして声をかけてくれたのか聞くと黒いジャケットの内ポケットから首吊り死体や、練炭自殺者の写真を出して見せてくれた。

「この人達が死ぬ直前と同じ顔をしていたからだ。」と言う。

 その写真を折り曲げないように受け取った。

 皆、安らかな顔をしていた。


 親父と俺の殺害を頼んだ。

 俺も安らかになりたい。

 そういうつもりで写真を見せたわけではないと断られたが、それでも頼み込んだ。

 地面に額をつけても良いと本気で思った。


 男は俺の熱意に根負けする形で了承してくれた。

 父は事故死で、俺は自殺という条件を出されたが間髪入れず二つ返事で承諾し、住所を教え、親父の写真データを渡した。


 親父について前もって教えられるとためらうかもしれないから、俺には何も言わず実行するように願った。

 俺の自殺場所や方法についても全て任せるとした。


 家の中を徘徊するのは構わないが、何故か夜になると外に出ようとする親父のせいで満足に眠れない。

 目薬と熱いコーヒーが手放せなくなってしまったこの生活を終わりに出来るのであればなんでも良かった。


 夢の様な男との遭遇を思い出していたら、いつの間にかコーヒーを飲み干していた。

 食器棚を開き、空になった大きなマグカップにインスタントコーヒーを底が見えなくなる程入れ、電気ポッドからお湯を半分ほど注ぐ。

 濃厚なコーヒーの香りを肺の限界まで吸い込み、深々と息を吐いた。

 俺の死はまだ少し先で、やらなければならない事がある。頑張らないといけない。

 頭を振って、髪の毛が抜けそうな程掻き毟る。


 男からは身辺整理を行ったり、遺言書を残したりしなくてもいいから、遺書だけは書くように言われた。

 遺言書と遺書が違う事を初めて知った。


 気がついたら立ったままコーヒーに口をつけていたので、食卓テーブルの椅子に座った。

 考える事に疲れ、マグカップの内側に染み付いたコーヒーの線を見つめていると、親父がゆっくりと歩いて来た。

 冷蔵庫に貼られた「故障」という紙をじっと見た後、キッチンを去り、リビングへ歩いて行った。

 いつまでこの文字の意味を理解してくれるのだろう。


 スマートフォンで遺書や遺言書について調べた。

 なるほど、遺書を残せば警察は自殺と判断し、余計な詮索をされずに済むらしい。

 遺産相続で遺族が困らないようにするのが遺言書の役割ならば俺は用意しなくていい。

 こういう時に疎遠だと手間暇がかからず楽だ。


 自殺する人の傾向や、身辺整理の方法など様々な情報がインターネットには溢れていた。

 地獄の釜を開ける様で妙な高揚感が湧き上がってくる。

 首吊り自殺や服薬自殺、飛び込み自殺等、自殺が分類してあるブログを開いた。

 そこにはメリットとデメリットが事細かに記載されている。

 「はじめに」というページを開くと開設し更新する理由について長々と書いてある。

 主義主張と引用文献が入り乱れ、自己決定権や尊厳死等とどこかで聞いた言葉が羅列してあり、平仮名が異様に少ない。

 流し読みをしてブラウザを閉じた。


 埃が積もった蛍光灯の傘を眺めながら死について考えていると、また親父が歩いて来た。

 今日は冷蔵庫に向かう頻度が高い気がする。

 本当に腹が減っているのだろうか。

 禿げた後頭部を見ても何も分からないが、口を開いても何もわからないのだ。

 きっと親父自身もわからないに違いない。

 どうしてこうなるまで生きなければならないのか。どうして殺人は良くないのか。

 ゾンビの様に歩きまわり、食べ続ける事に何の意義があるのか。

 子である俺を育てた時点で人生を終わりして良かったのではないか。

 親父の為に仕事を辞める事になり、俺の貯蓄は減っていく一方だ。


 俺の事など気にも止めず、親父は去って行った。

 スマートフォンで時間を見ると16時を過ぎていた。

 早い時間だが準備を始めよう。

 親父には悪いが男と話をして計画が具体化してからは俺の調子が良い。

 漫然とした時間に終わりが見えたからだと思う。

 俺は今、終わりに向かって歩いている自覚がある。


 冷蔵庫から白菜と鶏胸肉を取り出して、二口大に切る。

 肉が固くなる様に下処理は何もしない。

 鶏腿肉や豚バラ肉は柔らかくて食事時間が短くなってしまう。

 なるべく食事の時間を長くしなければ親父は食事と認識出来ない。

 栄養素を取り入れるのが目的ではなく、食事という儀式を行う意識で料理を行った方がいい。


 土鍋に鶏胸肉を入れ、強火で焼く。

 白く変色し、蛋白質が凝固していく。

 その間に大根の皮を剥く。

 母親が生きていた頃は彩りや品数を気にして人参や舞茸を入れたりしたのに、今やこの有様だ。

 焦げ付いた肉をひっくり返し、大根を摩り下ろす。

 明日大根を買いに行かなければならない。

 宅配サービスだと運送料が上乗せになるから出来れば歩いて行きたいが、親父の腰の調子が良かったら諦めるしかない。


 大根が擦り終わり、上に白菜を乗せて蓋をすれば晩飯の準備は終わりだ。

 後は親父がキッチンに来た時に座らせて、米を電子レンジで温めればいい。


 冷えきったコーヒーを飲みながら時間を見ると18時になろうとしていた。

 考え事をしながら調理していたせいかいつもより時間がかかっている。

 リビングはテレビの明かりで点滅していた。


 大根をすりおろし続けて火照った体からスッと血の気が引いた。

 コンロの火を止めてジャンパーを羽織ること無く靴を履いて玄関を飛び出した。

 夕暮れと街灯で真っ赤に染まる住宅街に人の影は無い。

 親父は走れないからそう遠くへは行っていないはずなのに、町内を走り回ってもどこにもいない。


 日が落ちて月が昇るまで走り回ったが見つける事は出来なかった。

 もしかしたら戻ってきているかもしれないと一縷の望みをかけるも家の中に変化は無かった。

 殺されているなら良いが、線路や道路に飛び出してしまい事故を起こしたら困る。


 再び外へ出て一時間程探したが、諦めて警察に電話をした。

 行方不明者届というものをだし、親父の情報を提供した。


 いなくなった夜は落ち着かなかったが、さすがに二日も経てば平穏に慣れた。

 久しぶりに何も気にせず眠れた事が大きい。

 何をするわけでもなく、インスタントコーヒーを啜りながら荒れ果てた庭を眺めていた。

 親父が腰を痛めてから、いたる所に雑草が生えた。

 腰が治ったのは自由に伸びた枝に雪が乗った頃だった。

 冬囲いに間に合わなかった親父はただじっと雪を見ていた。

 春になり半分近くの草花が死んでいるのを見ても、親父は何も言わなかった。

 いなくなった今よりも、丸まった親父の背中を見た時が一番悲しかった。


 感傷に浸っているとスマートフォンが震えた。

 ディスプレイを見ると男から電話が来ている。

 電話に出て男が何か言う前に感謝を伝えた。

 死なないという選択は出来ないか聞かれたがキッパリ断った。

 ただ土壇場で逃げたくなるかもしれないから見守って欲しいという事、遺書は今日中に準備する事を伝えた。

 俺が清々しく返答するので何やら逡巡していたが、死に方について聞かれた。

 自然の中での首吊りが良いと答えた。



 昨日は数台パトカーを含めて数台止まっていたのに今日は一台も無い駐車場を通り過ぎて大きな案内板を見る。


 渡が集めた話だと、3コースある遊歩道のうち一番長いコースで首を吊っていたらしい。


 私物のデジタルカメラを片手に、部活のフィルムカメラが入ったショルダーバッグをぶら下げて噂の遊歩道に足を踏み入れる。


 木々が生い茂っており、陽射しは遮られている。

 風が吹いて植物と共に身震いをした。森の中はひんやりとしていて涼しく感じる。

 学ランを着てきた方が良かったかもしれない。


 歩き始めて半ばを過ぎた所で、遊歩道から外れて木を眺めている人がいた。


 黒のジャケットから水色のシャツが少し見える。

 濃い紺色のジーンズで靴はどの様になっているかわからない。

 短く刈り揃えられた髪型から清潔感を感じるが、警察がラフな服装で捜索するとは思えないし、緑の作業服じゃないから管理事務所の人でもない。

 噂を聞きつけた俺のような物好きが見に来たのかもしれない。

 もしくは今日になって身元がわかり遺族や友人が来たのかもしれない。


 何はともあれ話してみない事にはわからない。

 空いている手で柔和な表情が出来るように頬を揉む。

 熱中しているのか知らないがこっちにはまるで気がついていない。

 深呼吸を一度してなるべく足音が鳴るように歩き始める。


 気がつく様子が見られないので小枝を蹴飛ばして笹に当てると上半身を捻り、俺に目を向けた。


 顔色があまり良くなく、頬骨が出て無精髭を生やしている。痩せているせいか目が異様に大きく見える。


 微笑みつつ「すみません。」と声をかける。男は眉間に皺を寄らせて腰に手を当てつつ俺に向き直した。


 目線は同じ高さだが、相手は背を丸めている。ちゃんと立てば180cmぐらいだろう。


 俺の事を訝しんでいるが遊歩道から飛び出しているこの男の方が怪しい。

 唇を舐めてから口を開く。


「遊歩道から出ているところを管理事務所の人に見られたら咎められますよ。

 あとそこら辺の雑草に触るとかぶれます。

 普通の雑草と違って強いので。」


「そうか。ありがとう。君はここで何を?」


 少し大仰にカメラをかざす。


「写真部なんです。」


「知らないのか?」


「何をですか?」


「知らないならいい。けれどここで写真を撮らない方がいい。」


「何故ですか?」


 俺の質問には答えずに何か言いたげに去って行った。


 男が立っていた辺りは草が寝ていた。

 寝かしつけたのは昨日の警察かもしれない。

 上を見上げると太い枝に半円を描く様に2cm幅程の擦過傷が出来ている。


 引き返して来られても困るので腕時計を見てから遊歩道を歩く。

 適当に周囲を撮りつつ五分経ったのを確認して引き返す。

 辺りを見回してから目を閉じて耳を澄ます。

 風でこすれ合う草木の音しか聞こえない。


 渡の為に擦過傷をアップで撮った後、木の全体を撮る。

 アングルを変えて左右からも数枚撮る。


 次に自分の為に構図を考える。

 擦過傷の位置から太い縄が30cm下がり、死体がぶら下がっているのを想像する。

 縄の始まりから膝をついて絶命する死体が写真の右半分を占め、左半分には遊歩道が伸びていく。

 構図は同じまま、ピントを擦過傷や遊歩道の先に合わせていくつかのパターンを撮る。

 デジタルカメラで大量に撮った後、フィルムカメラを取り出してファインダを覗き、擦過傷にピントを合わせ慎重にシャッタを数回切る。


 フィルムカメラをしまった後、辺りに誰もいない事を確認して寝そべった草の上に立ってみる。

 木の裏側に生えている草も若干傾いでいる事以外は気になることがない。

 もう何も残っていないだろう。

 ここは立ち入り禁止にする必要がもうない場所なのだ。


 後ろ髪引かれる何かを期待したが特に何も起きず、ディスプレイでさっき撮った写真を確認するも不思議な物は紛れ込んで無かった。

 溜息を一つついて渡に会うため学校へ戻ることにした。


 道立公園を出て目の前にある校門をくぐる。

 グラウンドから野球部やサッカー部の掛け声が響き、校舎からは様々な楽器が節操無く響いている。

 音は賑やかなのに校舎前にいるのは俺と駐輪場から出てきた男三人だけだ。

 17時を校舎に掛けられた時計は示している。

 この時間ならまだ渡はいるはず。


 玄関ホールを抜けてから誰ともすれ違う事無く新聞部室に着いた。

 ノックせずに入ると渡が大きな口を開けながら目薬を差そうとしている。


「おつかれ。」


 声をかけると息絶えそうなかすれ声で「おう。」と返された。

 俺を見ようともせず右目に目薬を差してから、目玉が飛び出そうな程、手を使って無理矢理左目を開いている。

 目薬を使わない方が目には優しそうだ。


 他の部員がいないので遠慮無く部長がいつも座っている回転椅子に座りバッグを置く。

 デジタルカメラを起動させていると渡が眼鏡を拭きながら声を掛けてきた。


「おつかれ。写真は撮れたか?」


「あぁ。管理事務所のおっさんいなかったからな。そっちは何か進展あったのか?」


「いいや。全然。ニュースサイトや掲示板を巡回したりしたけど何も。」


「二日経って何も無いって事は自殺って事か。」


「たぶんな。他殺だったらもっと大きな騒ぎになっているはずだ。」


「立ち入り禁止にもなってないし、現場も調べた後ほったらかしだからな・・・。自殺で決まりか。マイクロUSBコード貸してくれ。」


 自分のデジカメにマイクロUSBを差し込み、パソコンがデジタルカメラを認識したのを確認して、渡は写真データを取り込みはじめた。

 俺は早々に事件の結末がきてしまったので欠伸が出た。

 近いから月に一度か二度ぐらい訪れて写真を撮ってもいいかもしれない。

 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるのだから、下手な写真を数撮れば心霊写真の一枚も出来るだろう。


「よく自殺の場所わかったな。」


「俺が写真を撮りに行ったら変な男が遊歩道から飛び出していたんだ。

 その男がいた真上の枝に紐をかけた跡があってさ。

 俺はツイていたね。」


「藤井は妙に度胸あるよな・・・。

 その男は何してたんだ?」


「さぁ?声かけてカメラ見せたら『撮るな』つって言われただけだから詳しい事は何も。」


「なんだそれ。警察じゃねぇの?」


「ジャケットとジーンズで自殺現場ウロウロする警察なんていないだろ。

 遺族以外に誰がいるんだ。借金取りか?」


「それこそ無いだろ。

 お前死んだ人を見たんじゃないのか?」


 データのコピーが終わりデジタルカメラを受け取りながら、俺は鼻で笑ってしまった。

 なるほど去ってしまった後だから写真に映らない理由にもなる。


「男を撮っていたら心霊写真になっていたかもな。

 したら俺は帰るわ。また何か情報あったら教えてくれ。」


「わかった。写真ありがとうな。」


「お互い様だ。したっけな。」


 新聞部を後にして、フィルムカメラを戻す為に暗室へ立ち寄ると部長が一人でアルバムを開いていた。


「お疲れ様です。」


「あら。藤井君。お疲れ様。写真撮ってきたの?」


「はい。カメラ戻そうと思って。」


「いつ現像する?」


「まだ枚数に余裕があるはずなので・・・わからないですね。」


「わかったわ。現像する時は教えて。私のも一緒に現像するわ。」


「わかりました。俺帰ります。鍵よろしくお願いします。」


 軽く頭を下げて暗室を後にする。

 校舎から夕陽を見ると札幌のビルに触れそうな程低かった。


 高校生になってから何度かホームページに載っているようなホラースポットや殺人事件が起きた家を外から撮った。

 しかし今回の様に自殺があったばかりの現場を間近で撮るのは初めてだった。

 自分自身が思っているよりも期待していたらしく、何もなかった反動で足が重たい。

 それこそ何かが足に憑いているんじゃないかと思った程だ。


 ダラダラと自転車に乗って家に着いた頃には陽は完全に沈み、月が爛々と輝いていた。

 何もする気が起きず、何度か見た事がある心霊動画を見て、夕食をとった後、すぐにベッドに入った。

 夢は見る事が出来なかった。


 次の日からは授業が終わると新聞部に寄って渡に新しい情報が無いか確認し、森に寄ってから帰る様になった。


 渡はTwitterやまとめサイトに流れてくるニュースと動画を見て先を越された事に悲しみ、オカルト記事だけ楽しそうに抜粋し、自身のまとめサイトにアップロードしていた。


 でも俺は何も楽しくなかった。

 毎日毎日、政治や芸能では問題が発生し、日本各地で他殺や自殺が起きているのに俺の目の前では何も起こらなかった。

 何故渡はディスプレイの向こう側に対して一喜一憂できるのだろうか。


 俺は目の前で特別な何かが起こって欲しかった。

 渡が誰かからの反感を買って無残に血祭りに上げられたり、俺が写真を撮った事で祟られて惨たらしく死んだりしたかった。

 特別な何かなんて起こらないのはわかっているのに毎日森の中を歩き、自殺現場で写真を撮り続けた。

 同じ構図の写真がSDカードに溜まっていった。


 それは三週間が過ぎても同じだった。

 デジタルカメラのシャッタが切れなくなったり、俺が衝動的に首を吊りたくなったりはしなかった。

 寝そべっていた草花が少しずつ枯れていく写真だけが増えていく。


 遺体が発見されて一ヶ月目も撮影した。

 一縷の望みを込めて念入りにデータもネガフィルムも確認したが、おかしな点は何もなかった。

 起き上がる笹の葉も、葉が落ちてむき出しになった木々も全て自然だった。


 毎日森の中へ行く俺に渡は少し不満気だ。

 練炭自殺をしたアパートの駐車場や、徘徊老人の轢死現場等を撮ってきて欲しいと言っている。

 アフェリエイトの恩恵を俺も受けているから渡の要望を無下にするわけにはいかない。

 写真を撮り始めて一ヶ月経つ今日でこの惰性を止めると決めて撮影に向かった。


 道すがらここ一ヶ月で撮った大量の写真から選りすぐり、八枚一組とした作品にする事を決めた。

 題名は何が良いかあれこれ考えながら歩いた。

 期待をして写真を取っていたから「期待」。

 何も起こらなかったから「無題」。

 一ヶ月では大して変化が無いから「微変」。

 いつも風が吹いていたから「微風」。


 どの案にも魅力を感じないまま現場に着いて、すっかり慣れてしまった構図で写真を撮る。

 初七日や月命日なら、あの男が来るのではないかと期待していたがやはり来なかった。

 自分から行動すれば運が来るなんて成功した人達は言うが、行動したってこの通りだ。

 奇跡も運命も無い。


 枝に太い紐を括りつけ、目前で揺れ動く輪に首を通し、全体重を死に預ける時、人は何を思うのだろう。

 希望なんてわけわからないものに縋るより、目の前でぶら下がっている死に縋りたくなるのだろうか。


 デジタルカメラのディスプレイから目を離して木を見た時、枝が縦に揺れた。

 暴れるのではなく、静かに枝が沈み込み、重さに反発するように持ち上がる。

 深呼吸を繰り返すように嫋やかに揺れた。


 五分ぐらい揺れ続けた。

 一番深く落ちた瞬間と、一番高く跳ねた瞬間を狙って何度もシャッタを切った。

 再び風になされるがまま横に揺れるようになってから、データを確認したが、遺体が映り込む事も、魂が紛れ込む事も無かった。

 しかし二度目の絶命に立ち会う事が出来た実感がある。


 なんて粋な自殺者だろうか。意気揚々と俺は踵を返す。

 お前は頑張って生きろと言われた気がした。

 俺が死んだら答え合わせをしよう。


 感謝の意を込めて写真のタイトルは「生きる」にした。

 部長は首をかしげていたがこれで良い。

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