3-12
愛は父親と話をし、家にきてもらうことにした。
さすがに父も母も話を聞き、電話の向こうで怒っていた。しかし大和の話を聞き、すぐに知り合いの弁護士と話をしてくれたのである。
父が来るまで二人は外で話をしていた。もう外に出てから20分程経つが、大和は何も言ってこない。
愛の実家からここまでは30分ぐらいかかる。
拓斗のことは電話でも伝えてあるが、愛の父親がどう思っているのかはわからない。
「おい!!お前らいつまで話してるんだ!!」
大和がしびれを切らしたのか、窓をあけて叫んできた。
「もう来ると思うんだけど…とりあえずもうあの人が待てないみたいだね」
愛は大和を見てイライラしているのが分かった。
二人は時間を稼ぐのを諦め、家に入ることにした。
「お前らどれだけ待たせる気だ。いい加減にしろよ」
「すいません。二人ではどうしようもない問題なので…親に頼みました」
愛は父親に頼んだことを正直に話した。
「なんだと!!親なんて関係ないだろ。お前ら子供じゃないんだから二人で解決しろよ!!」
大和は相当気に入らなかったみたいだ。
「それでここへ来るとか言うんじゃないだろうな」
「お父さんがきてくれるみたいです」
「…。どうして来る必要があるんだ。ふざけるなよ!!」
大和はさっきまでの冷静さは全くなく、イライラしているのがよく分かる。
♪ピンポーン♪
インターホンが鳴った。
「お前出ろよ」
大和は全く動く気がない。
「はい」
「おぅ、愛か」
愛の父親だった。
「すぐ行くね」
愛はすぐに玄関へ向かった。
しばらくして愛と父親は入ってきた。
「大和君ご無沙汰です。この度は愛がとんでもないことをしでかしたみたいで、ほんとに申し訳ない」
愛の父、佐々木義雄はスーツ姿で深々と頭を下げた。
「ご無沙汰しております。ほんとにとんでもないことをしてくれまして」
大和はさすがに義雄には冷静に話をしている。
「失礼させてもらいます」
義雄は礼儀正しく頭を下げてからゆっくりと正座して座った。
愛は元々自分の実家にはめったに行っていなかったが、行くときがあったとしても大和はほとんどついて行くことはなかった。
大和と義雄が顔をあわすのは正月以来である。
「お父さん何しにきたんですか?このことは夫婦の問題なので、口出ししてほしくないんですけど」
「それはよく分かっているんですが、あまりにも慰謝料の額が高すぎるので…。この二人には名一杯の償いはさせるつもりですが限度というものがあります」
「金額が高すぎると。でも俺は被害者なんですよ。俺の請求に答えるのが筋というものではないんですか?」
「悪いのはうちのほうですが、もう少し常識を踏まえて考えてくれませんか?」
大和も義雄も一歩も引かないまま話は続いた。
拓斗と愛は二人のやり取りを見ていることしかできなかった。
「じゃーいくらだったら払えるんだ!!」
義雄の冷静なしゃべりに、大和が押されてきたのか、イライラが言葉に現れはじめた。
「少し時間を下さい。二人に払える金額をきっちり計算させます。これはあくまで一般的な話ですが、弁護士さんの話ではこういう場合の慰謝料の相場は100〜300万ぐらいが妥当な金額だそうです」
「弁護士ときましたか。…俺は裁判とかめんどくさいことはしたくないので…。じゃ〜とりあえず一週間時間やるから返事をくれますか?」
大和は諦めた様子である。
「ありがとうございます。お金以外のことは手を出すつもりはありませんので好きに話し合いをしてください。ただ私も同席させてもらいます」
「もうどうでもいいですよ。俺はこいつに裏切られ、心身ともにボロボロですから」
大和は完全に被害者気取りだ。そんなことはこれっぽっちも思ってないはずなのに。
「おい、お前こいつと一緒になるんだったら桜と向日葵はどうするんだ!捨てるのか?」
「桜と向日葵も連れていっていいの?」
「馬鹿じゃないの。男も子供も自分のものにしようってか!!そんなお前の思い通りになんていくと思うなよ!!子供は俺が育てる。お前になんて渡すか!!」
そのぐらい愛も分かっている。子供達をとれば、拓斗とはもう会えない。そしてまた苦痛の生活が始まるのである。そんな生活はもう耐えられなった。
「好きにしてください。…悪いのは私ですから」
「拓斗君といったかな?君はうちの愛と一緒になると言ってるらしいが、そちらの夫婦の話はできてるのですか?」
義雄が拓斗を真剣な顔で見ながら、初めて喋ってきた。
「いや…帰ってから話をしようと思ってます」
義雄はさっきまでの出来事を知らないのでる。拓斗は急に話をふられたので、上手く説明できなかった。
「こんな大事なことを夫婦で話もしてないのに、うちの愛と一緒になるとか言ってるのか」
義雄はそんないい加減な発言をした拓斗に対して少し怒った口調になった。
「すいません。きちんと話しますので」
「当たり前だ。きちんと話をしてくれ。おたくも子供いるんだろう?そんな簡単に話を進めるなよ」
「はい…それは充分分かっています」
「分かってる?何が分かってるんだ。そんな曖昧な奴に愛と一緒になるなんて許さないぞ」
「お父さん…これは拓斗一人で決めたことじゃないから…二人で決めたことだから」
「お前ももっと真剣に考えろ。桜と向日葵はどうするんだ。二人のことももっと考えろ!」
「…それは…」
愛はそれ以上何も言えない。
大和はそんな三人を何も言わずに、ただ見ているだけだった。
拓斗は今の状況、そして今後のことを考えるとだんだん全てが不安になってきた。
『このまま愛と一緒になることが本当に幸せなのか。愛にも子供がいる。俺と一緒になったら愛は子供と離れなければならない』
そんなことを考えていると息が苦しくなってきた。目の前がぼやけ、座っていることもままならない。
隣でいた愛も拓斗の異変に気がついた。
『どうしよう。息ができない…』
拓斗の呼吸は荒れ、その場に倒れこんだ。
「拓斗…どうしたの?」
愛が拓斗に話しかけているが、拓斗には何も聞こえていない。
「愛、袋持ってこい。たぶん過呼吸だろ。前にお前もなったことがあるだろう」
大和は冷静な顔で二人を見ている。
愛は思い出した。
何年か前に同じようなことが自分にもあったことを。大和と喧嘩をしていたときに、急に息ができなくなりどうすることもできなくなったことがあった。
その時は大和が救急車を呼ぼうと電話したが、応急処置の仕方を教えてもらった。袋を口に当て、ゆっくり息をすることでよくなったのだ。
「拓斗大丈夫だから。ゆっくり息をして」
愛は拓斗の口に袋を当てて背中をさすってあげた。
最初はなかなか思うように息が出来なかったが、じょじょに拓斗は落ち着いてきた。
「良かった…大丈夫?拓斗」
「ごめんね愛。もう大丈夫だよ…」
拓斗は心配そうな顔で見ている愛に笑顔で答えた。
「すいませんでした」
処置を指示してくれた大和に対しても、拓斗は軽く会釈をし、礼を言った。
「勘違いするなよ。こんなとこで死なれても嫌だからな」
大和はそんな拓斗に対して冷たい視線で見ている。
拓斗の過呼吸のせいで、修羅場は一時中断したが、家の外が騒がしく、叫び声が聞こえてきたことに四人とも気がついたのだった。




