7-32
アパートへの帰り道。
自転車に乗った女性と愛は目があった。
「あっ、愛ちゃんあの人」
桜も女性に気がついた。
その女性は、いつも拓斗と一緒にいた佐伯瀬名だった。
愛は佐伯のことを知っているが、佐伯は愛達のことは知らないはずだ。
だが、愛に気がついた佐伯は、3人のほうへ向かってきたのだった。
「愛ちゃん、こっちに来るよ」
「ほんとだね、なんだろうね」
佐伯は、笑顔で向かってきた。
そして、愛の前で止まったのだった。
「すいません、西岡さんですよね」
佐伯は自転車から降り、丁寧にお辞儀をした。
もちろん愛の名字が、西岡ではないことは知らない。
「あっ、はい」
愛は西岡なんて呼ばれたことがないので、慌てながら返事をしたのだったが、内心悪い気分ではなかった。
西岡になることが今の目標なのだから。
「突然すいません、私、佐伯瀬名って言います。西岡さんの旦那さんとは三星自動車で一緒に仕事させてもらってました」
「あっ、そうなんですか・・・」
愛は、「そんなことはとっくに知っている」と思いながら、ちょっと嫌な顔をして知らないふりをしたのだった。
「この前、たまたま子供と散歩してたら西岡さんと一緒に歩いているところを見ましたので」
「そうですか・・・」
最初から、どうして自分のことを知っているのか不思議だった愛だったが、これで疑問が解けた。
「西岡さんには色々と相談にのってもらってたんですよ」
「そ、そうなんですか・・・」
話は拓斗から聞いていたが、拓斗の話は嘘ではなさそうだ。
愛は、拓斗の話を信じたわけではなかったのだった。
「こんなところで奥さんに出会えるなんてラッキーですよ。西岡さんから奥さんのことは色々聞いてますよ。料理も上手だし、一緒にいて楽しいし言うことないって言ってました。西岡さんは奥さんのこと大好きだって。聞いてる私のほうが恥ずかしいぐらいですよ」
「そんなこと言ってたんですか?」
さっきまでムッとした顔で聞いていた愛であったが、佐伯の話を聞き自然と顔がにやけてしまっている。
隣でいた桜と向日葵も、愛を見ながらニヤニヤしている。
「私は今、旦那と色々あって別居状態なんですけどね、ほんとに西岡さんが羨ましかったですよ。西岡さんに幸せですか?って聞いたら即答で幸せって返ってきたんですもん。それを聞いた時に私も幸せになろって決めたんですよ。ほんとにありがとうございました」
「いえいえ・・・」
「ほんと突然引き留めちゃってごめんなさい。じゃー行きますね。失礼します」
佐伯は何度もお辞儀をして自転車で去っていったのだった。
「愛ちゃん、あの人悪い人じゃなかったね」
「そうだね、感じのよさそうな人だったね」
愛は、拓斗が自分のことをそんなふうに言ってくれていたことが嬉しくなってきた。
「さっ、帰ろうか。パパが待ってるよ」
拓斗は佐伯に、自分達の経緯を話していない。
もしそのことを佐伯に言っていたらどう思うだろうか。そんなことを考えていた愛であった。
アパートに着くと、拓斗の自転車が停まっていた。
「ただいまー」
「おぅ、どこへ行ってたの?心配したんだぞ」
拓斗は三人がいないことで、一人であたふたしていたのだった。
「ごめんね、暇だったから公園に行ってたの」
「そっか、それならよかったよ。それよりなんかいいことでもあったの?三人ともどうしてそんなにニヤニヤしてるの?」
「なんでもないよ、ねぇー桜、向日葵」
「うん、なんでもないよねー」
「そうそうなんでもないよー」
三人でとも、ニヤニヤしながらとぼけている。
「さぁー、ご飯作るね」
「なんだよ、気持ち悪いなー。教えてくれたっていいじゃんかー」
佐伯に出会ったことで、拓斗のことがますます好きになった愛であった。




