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第17話

 僕は泣きながら、覚束ない足取りでなんとか家に帰った。

 帰り道がどんなだったかはよく覚えていない。

 道を歩いていたのか、風に押されていたのか、ただ夢の中を漂っていたのか。

 そう。夢ならいいと思った。

 月歌がいなくなってしまったこと。逆に僕がまだ生き延びてしまっていること。

 すべて、夢ならいいと思った。

 気がつけば玄関の前に立っていて、靴を脱いでいた。

 機械的に足を動かして、なんとか自分の部屋に入る。

 ドアを閉めた途端、僕は膝から崩れ落ちた。

 まるでロボットが急に電源を切られてしまったかのように、貧弱にだらしなく、その場に座り込んだ。

 いなくなってしまった。

 月歌がいなくなってしまった。

 改めて脳がそのことを処理し始めると、僕の心臓がキリキリと痛み出した。

 もうあの溌剌とした笑顔も、愛らしい戯言も、優しさも、温もりも、匂いも、それから灯りも、感じたり、見たり、受けとることができないのだ。

 なにより、もう一生、彼女と会うことができない。

 そのことが何よりも悲しかった。

 僕はふと気づいて、いつの間にか床に転げ落ちていた日記帳を拾い上げ、ページをめくった。

 まだ、いる。たしかにこの中に彼女はいる。

 そう思ったらページをめくる手を抑えることができなかった。

 そこには彼女が残した想いや痛みが綴られていた。

 彼女の笑顔に隠されたすべてが集約されているようだった。

 ページをめくる度に、かすかに彼女の香りがした。

 もう、それも幻だったのかもしれない。

 中身は彼女の独白だった。

 最初は彼女が中学生の頃に書かれたと思われるものから始まった。

 

 『五月十四日

 今日は雨。

 中学に入学してから、一か月ほどが過ぎた。

 入学当初に日記帳を気まぐれに買ったので、これまた気まぐれに日記を書いてみることにした。

 クラスの子とちょっと話した。たぶんあの子は私の名前を覚えていない。でも、それってたぶん私のせいでもある。私、誰かの印象に残るような人間じゃないから。親戚の人になんかも「いい子だね」って言われる。でも、「いい子だね」のその先って、誰にも興味をもたれていない気がする。

 目立ちたいわけじゃない。でもたったひとりでいいから、私のことを知ろうとしてくれる人がいたらって時々思う。・・・・』

 

 『七月二日

 初めての期末テストだった。教科も提出物も多くてだるい・・・

 ワークやノートを提出して一体、何を評価できるんだろう。

 馬鹿げてる。

 そういえば、家に帰ったらおばあちゃんが麦茶を冷やしてくれていた。おばあちゃんは、なんだか時間の流れが違うみたい。私が焦ったり、空回りしたりしているときも、静かに見てる。「焦らなくても大丈夫よ」って笑う。多分、私の中のうまく言葉にならない部分やひんまがった性格を全部見透かしているんだろう。

 それでも、おばあちゃんはいつも私の味方でいてくれる。

 

 自分がこれからどうなるのか、考えたくなくて、でも考えてしまう。

 未来というのは明るいはずなのに、私の未来は暗くて全く見えない。・・・』


 『七月二十二日

 今日は終業式だった。

 あっという間に中学生活の九分の一が終わった。はやい。この歳で早いと感じてしまうということは、三十歳になったときには一年が一日くらいに感じちゃうのかな。

 それは言い過ぎか。

 通信簿が配られた。

 おおむねオール四。

 まず人間を五段階で評価することに憤りを覚える。教師は人をなめているのか。

 ふざけんなっ。私を四という数字で評価するな!

 担任からのコメントも添えられてあった。面倒だし興味がないので読んでいない。

 担任からの評価など実にどうでもいい。

 それよりも、みなみちゃんや、はるなちゃんが私をどう思っているか知りたい。

 私は嫌われてないだろうか。

 馴れ合いは好きじゃない。どうしよう。そんなことばかり考えて夜も寝れやしない。・・・』


 『八月十日

 蝉の音がうるさくて目が覚めた。腹が立つ。

 蝉は鳴かないことを覚えた方がいい。・・・・』


 『九月一日

 今日は一年で一番自殺者が多い日らしい。

 テレビの偉い人たちが、対策や原因を話していた。

 小学校の頃は他人事だと思っていたが、おおよそ他人事でもなくなってきた。

 私も最近、死にたいと思うようになった。

 ふと、おばあちゃんの顔が浮かぶ。

 私もおばあちゃんになれるのかな。

 お母さんにはなりたくない、私はおばあちゃんになりたい。

 それに可愛い孫がほしい。

 私に子供ができた時、その子供がブサイクだったら私は百パーセントその子を愛せるのかな。

 自信がない。・・・・』


 『十月八日

 今日数学の時間にふと思った。

 先生の口調があまりにも「正しさ」ばかりで吐きそうになった。

 これが解けないやつは家でなにをしてるんだ?って。

 じゃ、お前は私の家を見たことあんのかー!と叫びたくなった。

 塾に行けない子、家が静かじゃない子、毎日ご飯を自分で用意している子。

 「やる気があればなんでもできる」って言葉は、いつもそういう子の首を絞めている。

 やる気ではどうにもならないことばかりだ。

私は結局なにも言えなかった。

 うつむいている子がひとり、またひとりと増えていくのを感じながら・・・・』

 

 『十一月三十日

 担任が明日野郎は馬鹿野郎って言ってた。

 じゃ明日やればいいと思った。

 だって私は馬鹿野郎だもん。・・・』


 『一月十ニ日

 たまに思う。学生って、なんであんな小さな世界に押し込まれるんだろう。

 教室が世界のすべてで「うまくやれない自分」が人生のすべてに思えた。

 大人になればなんとかなるよって。そんなこと言われても今辛いんだ。

 私が今日笑えなかったことは、誰にも知られずに消えていくの?

 そう思ったら、何もかもが悲しかった。・・・』


 『三月十二日

 今日担任が「いじめなんて、やっている方が悪いんだから」って言ってた。

 でも、いじめられている子が教室で泣いているとき、「強くなりなさい」「気にしすぎ」とか言ってた。なんで?って思ったけど、私は言えなかった。

 「先生、あなたが見てないふりをしてるんだよ」って。言えたらなにか変わったのかな。

 私も、その子のノートが破られているのを見た。でも顔を背けた。怖かったし。

 ほんとうは私も巻き込まれたくなかった。

 いちばん卑怯なのは、たぶん、わたしだ。・・・』


 『三月九日

 もうすぐで中学を卒業する。

 あっという間だった。

 学校って、「普通でいること」が免罪符みたいな世界だった。体育で球をさけただけで「やる気がない」って言われたこと。発言すると変に思われそうで、黙ってたこと。

 笑うタイミングを探して、誰かに合わせてばかりいたこと。

それがいつの間にか、私そのものになってしまった。

 本当の自分ってなんだっけ。もうわかんない。・・・・」


 『四月二十一日

 今日は一人で駅前のカフェで抹茶ラテを飲んだ。冷たいものを飲むとどうしてこんなに胸のあたりがすうっとなるんだろう。周りの席では、女の子たちが恋バナに花を咲かせていた。名前も知らない誰かの話を笑いながらしていて、その輪の中に混ざりたいわけじゃないけど、ちょっとだけ羨ましかった。あの内緒話な感じ。私はまだ、誰にも言えていないことが多すぎる。・・・』


 『五月十一日

 電車の中で、知らない男の人にジロジロ見られた。Tシャツが薄かったからかもしれないけど気持ち悪かった。

 学校でも、話しかけてくる男子の多くは「どのへんに住んでんの?」「彼氏いるの?」って。まるで最初からこっちを恋愛対象としてしか見ていないような聞き方をする。優しそうに見える人ほど、そういう言葉を平気で言う。こわい。いや、ただ悲しいだけかも。

 人を好きになることって、もっと綺麗なはずなのに。

 そう思いたいのに、そう思えない日がある。・・・』


 『五月二十三日

 最近、男の子に告白された。

 でも、なんで私なの?って思った。

 彼はたぶん私のこと、何も知らない。

 理由を尋ねてみた。

 優しいから。

 全く呆れてしまう。彼はなんにも知らない。わたしのこと。

 死にたいって言ったら、朝まで寄り添ってくれるんだろうか。

 本当に私を見てくれる人が、世界のどこかにいるのかな。

 欲張りなことなのかな。たった一人でいいのに。・・・』


 『六月五日

 本当の友達ってどこにいるんだろう。なんでも言い合える友達ってよく言うけど、私は誰かに本音を話したことがあるだろうか。「なんでも言ってね」なんて言う言葉、たいてい「なにも言わないでね」と同義だと思ってる。

 明るくて、愛想よくて、優しくて、それでいて、ちゃんと女の子らしくて。

 私が外で演じてる『花咲月歌』は半分以上がフィクションだ。

 『モテそう』『女子っぽいね』って言われるためのキャラだ。

 きっとそのうち、自分の本当の声が聞こえなくなる。・・・』


 『八月二十日

 夜中にふと思った。

 私のことを誰かが抱きたいと思ったとする。でもそれって本当の私を欲しているのかな。

 体のどこかの形とか、声とか、雰囲気とか、言葉遣いとか、そんなくだらない理由で私を抱こうと思うのかな。

 かわいいねって言われるたびに身体のどこかが冷えていくのを感じる。

 そういうのじゃない!

 「ここにいてくれてよかった」って言われたいんだ!

 触れられるんじゃなくて、信じられたい。そして愛されたい。・・・』


 『十月七日

 女性ってだけで期待される。

 可愛くて、細くて、愛嬌があって、気がきいて、でも出しゃばらなくて、優しくて、自立してて。

 女の子らしさって、何かの衣装みたい。

 脱いだら怒られるし、着こんでも見透かされる。

 鏡の前でリップを引きながら「今日もいい子でいよう」って口角を上げる。

 これって私の顔じゃない。誰のために笑うのか、誰のために生きているのかわからなくなる。・・・』


 『十月二十九日

 最近よくSNSを開いてしまう。特に用事もないのに。

 誰かが笑っている写真とか、彼氏からもらったプレゼントとか。

 「今日も充実」みたいなハッシュタグを見ると、胸の奥がじくじくする。

 心のどこかで、いいなぁと思ってしまっている。でもすぐに、自分がみっともない気がしてくる。「いいな」と思ったことが、なんだか負けたような気になってしまう。

 さらに、LINEの既読も気にしてしまう。

 私は、気にしすぎをこじらせている。やだやだ。

 一生親友!私は月歌がいれば十分!と言っていた友達も、私のLINEは未読のままでSNSに知らない友達とのツーショットを上げていた。

 いつでも、一生、なにかあったら、親友、特別・・・

 こういうことを軽々使う人を私は信じない。

 その子に言われたときも、たいして信じていなかったけど、いざ現実を突きつけられると、辛い。

 SNSを見ていると、「私には何もないんだな」って、勝手に落ち込んで、勝手に傷ついて・・・

 そんな自分がいちばん嫌になる。

はぁ。どこか遠くに行きたいな。・・・』


 『十一月四日

 今日もSNSを見て落ち込んだ。

 一生の友達、その思い出。という文字とともにたくさんの写真。

 なにが思い出だ。思い出なんて厄介なだけ。

 なんの役にも立たないくせに、こっちの感情を揺さぶってくる。

 このコンクリートジャングルで役に立つのはお金だけ。・・・』


 『十二月十七日

 今日、友達と喧嘩して仲直りをした。

 雨降って地固まるって嫌なことだと思った。

 その人のことが、前より大切になるから。

 どうでもいいやつなら、どうでもいいやつのままでいてほしい。・・・』


 『十二月二十四日

 学校に、すごい自己顕示欲の強い子がいる。

 いつも自撮りをして、毎日違うフィルターで盛れた顔をストーリーに載せている。

 彼氏とおそろいの服。誕生日にもらったネックレス。

 見ているだけで具合が悪くなってくる。

 だったら見なきゃいいのだが・・・

 みて!みて!私をみてー!って叫び続けているみたいに見える。

 わたしは思う。

 自信があるからやってるんじゃなくて、誰かに褒められてないと自分を保てないんだ。

 きっとあの子もそうだ。

 そう思うと、ちょっとだけあの笑顔が可哀想にみえてくる。


 わたしは誰にも見つからなくていいから、静かに綺麗なものでいたい。

 誰かに『いいね』されるとかじゃなくて、自分の中の正しさとか美しさだけで生きていたい。

 でも、実際すごく難しい。

 結局わたしも、誰かに必要とされたい。

 認められたい。

 愛されたい。

 そう思ってる。

 まったくもって、みっともない。

 そんな自分に反吐が出る。・・・』


 


 『三月三十日

 今日、病気だと診断された。余命は半年?くらい。

 お母さんと同じ病気でやっぱりなって思った。

 やっぱり健康が一番だとなんとなく思った。

 わたしは単純だ。

 なにも手につかなくなる私はどうやら、もやしっ子らしい。・・・』



 『四月二日

 今日、スマホをいじっていたら、知恵袋でやりたいことをリストアップすると良いと書いてあったので、私がやりたいことをリストアップしてみる。


 やりたいこと

 ・巨大パフェを食べたい

 ・カラオケで歌いまくりたい

 ・異性と遊びたい(仲のいい男子なんていないけど)

 ・異性と二人きりでお泊りしたい(恋愛ドラマの影響)

 ・恋がしたい

 ざっとこんなもんかな。

 これだけしか出てこない。

 私は自分で思っているよりだいぶ空っぽだ。

 死のうかな

 楽しくないなら生きている意味なんてないし。

 消えてしまうくらいなら死んでやる!

 私は弱くなんかない!

 死ねるってことをわからせてやる・・・・』


 『四月十一日

 如月くんとカラオケに行った。

 たぶん、今までの人生でいちばん声を出した日だと思う。

 最初は緊張してたけど、如月くんが本気で歌っているのを見て、なんか全部どうでもよくなった。

 失敗してもいいし、音外れても関係ない!

 好きな歌、好きなように歌っていいんだ。

 私、ちゃんといるって思えた。

 終わった後、文房具屋に立ち寄って、クレヨンとスケッチブックを買った。

 それから秩父の星は相変わらず綺麗だ!

 やっぱり私は秩父が好き!・・・』


 『五月二六日

 今日は映画を観に行った。

 新しくできた映画館。雰囲気めっちゃいい!

 今日観たのは人口にこれっぽっちも膾炙(かいしゃ)していない作品。そんなこというと怒られちゃうかな。だれに??

 恋して、笑って、別れて。

 最後に少女が死んでってやつだった。

 エンドロールで泣いてしまった。

 あれは物語のせいじゃない!

 如月くんが隣にいて、私が息をして、外は夕方で、映画館の冷たい空気と、バターの匂いと、音楽の余韻が胸の中で混ざって・・・

 書いててわかんなくなってくる。

 とにかく、如月くんは違う。

 今まで出会った人たちとは違う。

 それを優しさなんかで片付けるのはあまりに安っぽい気がしてくる。


 私も海に骨を流してもらいたい。

 きっとあれって、さようならの儀式じゃない。ありがとうの形なんだと思う。

 私も感謝されたい。

そしたら私が存在した価値がある気がするから。・・・』


 『六月四日

 今日は初めて、絵を描いてもらった。

 例の如月くんに。

 やっぱりというか当然というか、如月くんの絵には優しさが詰まっている。

 さすがだ!

 絵を見たとき、あっ私は生きているって思った。

 当たり前のことなんだけど。

 これが、普通の幸せってやつなのか。

 ちょっと前の私だったら、こんなこと絶対に書いていない。

 私は少しずつ変わってる。如月くんのおかげだ。・・・』


 『七月二十一・二十二日

 海に行った。

 誰もいない島?に行って、絵を描いて、夕立に襲われて・・・

 とにかくイレギュラーなことばかりつづいた。

 そのせいで、病気を告白することになった。

 でも、いい機会だった。

 「病気なんだ」と告白したとき、陽依くんはなんにも言わなかった。

 驚いた顔も悲しい顔も。

 ただ、私の方を見ていた。

 こわかった。

 私は、強がって笑ってたけど、本当は言った瞬間、すごく怖くなった。

 嫌われたらどうしよう。遠くへ行ってしまったらどうしよう。

 そんな思考が頭の中を駆け巡った。

 

 光る私をみて、ただ一言・・・

 美しいと言ってくれた。

 それだけで、救われた。

 告白してよかった。

 それから今が大事だということを言ってみた。

 今というものは、とても面白いと思う。

 今という時は、いまと口に出している隙にいなくってしまう。・・・・』


 彼女の痛みが、たしかにそこにあった。

 僕は何もわかっていなかった。

 誰にも見せなかった孤独や苛立ち。

 うまく笑えない日々、愛されたいと願った夜、愛されないかもしれないと思った朝。

 それでも月歌は日々を生きていた。

 もがきながら、地獄的なこの世の中で。

 日記は、そんな彼女の日常であふれていた。

 僕が描いた絵も、ひとつひとつ丁寧にセロハンテープで貼られていて、その絵の下に「今日は幸せだった」と書かれていた。

 それが、どれほどの重さを持つ言葉か今ならわかる。

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