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第14話

 朝は、窓からの柔らかな太陽の光で目を覚ました。

 昨日、夜更かししたのに不思議と身体は軽かった。

 僕とほぼ同時に起きた彼女が、手で寝癖を直しながら「おはよう」と言った。

 各々朝の準備をし、エレベーターで降りてホテルの朝食会場へ(おもむ)いた。

 重圧な扉の奥には、天井の高いダイニングフロアが広がっていて、窓際の席から朝の街並みが見えた。

 「うわ、。すごい・・・」

 月歌が目を丸くして指さしたのは、大きなバスケットにすらりと並んだパンの数々。

 クロワッサン、チョコデニッシュ、クルミパン、ミルクフランス、抹茶メロンパン。

 近づくと香ばしい匂いが鼻をくすぐった。

 「どれがいいんだろう」

 月歌はトレイを持ったままパンの前をうろうろしている。

 僕も四つほどパンをトングで掴み席についた。

 温かい紅茶と一緒にパンをかじる。

 チョコの甘さと紅茶のほろ苦さがベストマッチしていた。

 何気ない朝ごはんなのに、こんなにも心が満たされるのは、月歌が隣にいるからだと思った。

 彼女は向かいの席でマンゴーラッシーを笑顔で飲んでいる。

 その横顔を見ていると、時間がゆっくりと伸びていくような錯覚にとらわれた。

 窓から陽が入り、ホテルマンが忙しなくレストラン内を歩き回っている。

僕らはゆっくりと遠征二日目を迎えた。

 部屋に戻り、荷物をまとめて名残惜しいけれどチェックアウトする。

 ホテルを出てすぐの通りを歩いていると、昨日は見かけなかった屋台のドーナツ屋さんが営業していた。

 「買っていこうか」と僕が言うと、月歌は嬉しそうに笑った。

 朝食を食べたばかりだったので、一つだけ買って、近くの公園まで歩いた。

 ベンチに腰掛け、ドーナツを半分こする。外はさくっとしていて、中はふわふわ。油の温かさが指先から心にまで沁み込んでくる。

 「楽しかったなぁ。思い出がまたひとつ増えた」

 彼女の言葉はすぐに風にさらわれてしまいそうで、ドーナツの甘さがそれを引きとめているようだった。

 午後二時半の新幹線に乗るため、まだ時間があった。

 彼女の提案でおもちゃ専門店に行くことにした。

 送迎バスが出ているようでスマホで調べて向かう。

 その建物は、街はずれにひっそりと建っていた。

 木造の古い校舎を回想した外観に『ようこそ』という看板がかかっている。

 「雰囲気めっちゃいい!」

 月歌が声を弾ませる。

 入り口をくぐると、そこはまるでタイムスリップしたかのような景色が広がっていた。

 木の棚にはブリキのおもちゃ、セルロイドの人形、ガチャガチャのカプセル、懐かしいアニメキャラのグッズまで。昭和の空気がそのままパッケージされたような世界だった。

 「これ知ってる?」

 「知らないけど、懐かしいって感じがする」

 月歌はガラスケースに鼻を近づけ、楽しそうに人形を見つめる。

 僕は、昔流行ったであろうヒーローのフィギュアに手を伸ばして眺めたりした。

 奥に進んでいくと、スマートボールの台と、射的のコーナーがあった。

 もちろん月歌が反応を示した。

 「やろ!陽依くん、こういうの得意そう」

 月歌はさっそくお店の人に声をかけ、お金を支払い、コルク銃を手に取った。

 三百円で六発。

 彼女は舌を上唇に当てながら片目をつぶり駄菓子を狙った。

 三発外し、残りのコルクを僕に譲った。

 僕はゆっくり銃を握り、狙いを定めた。

 パン。

 パン。

 パン。

 音と共に、三つのシガレットが情けなく落ちた。

 「うわ!すごい!ガンマンみたい!」

 「これからは秩父のビリーザキッドって呼んでよ」

 僕は得意げに銃を置いてその場を去った。

 彼女は「師匠!」と言いながらノリを合わせてくれた。

 スマートボールでは、銀玉がカチカチと弾かれる音が心地よく響いた。

 スロープを転がる球を追うたびに月歌は小さな歓声を上げる。

 「なーんか帰りたくないな~」

 彼女の言葉に頷く。心の中で。

 昭和レトロなおもちゃの匂いと、埃っぽい木の床の感触。何もかもが、今じゃないどこかに繋がっている気がした。

 それは昨日彼女が言った、どこか遠くの国のような、夢の中のようなものに思えた。

 時間が止まったような館内で、しばらく懐かしい未来に身を委ねていた。

 僕らは間に合うように駅へ向かい、定刻通り新幹線に乗った。

 帰りの電車では、お互いほとんど言葉を交わさなかった。

 各駅停車の電車に乗る時には、夕方にさしかかっていた。

 やがて窓の外の景色が山に変わっていく。高層ビルは消え、田んぼが広がり、線路の傍らには細い用水路が寄り添うように流れた。

 「次は御花畑、御花畑です」という車内アナウンスが流れた。

 聞きなれた響き。

 「帰ってきたね」と彼女は小さく笑った。

 「うん、だね」

 その笑顔の奥には、ほんの少し、旅の終わりを惜しむような、あるいは何かに区切りをつけようとするような静かな決意の影が見えた。


 家に帰って、昨日よりだいぶ質素な、でも馴染んだ夕飯を食べ終えると、父親が向かに座って新聞を広げ始めた。

 兄は少し離れたソファーに座り、タブレットで仕事の資料を確認している。

 「お前、進路は決めたのか?」

 新聞を読みながら、父親が僕に尋ねてきた。

 父親は進路の話しかしない。

 またかよ。と心で思いながらも、今日は試してみることにした。

 「父さん。・・・僕・・・画家になりたいって・・・思っているんだけど」

 父親の視線が鋭く僕に向いた。

 兄もタブレットから顔を上げ、訝しげにこちらを見ている。

 その言葉を聞いた瞬間、リビングの空気がぴんと張りつめた。

 父親の眉間にしわが寄り、次いで低い声が飛んでくる。

 「画家になって飯が食えると思っているのか?」

 父親はつづけた。

 「世の中を甘く見るな。夢で人間は生きられない。お前は現実から逃げているだけだ」

 兄もため息をつき、同じ調子で言葉を重ねる。

 「趣味として描けばいいんだよ。仕事はきちんと選べ」

 胸の奥がじわりと熱くなる。

 けれど、言い返すことはできなかった。

 父親の視線も兄の言葉も、すべてが愛情のない正しさとして、のしかかってくる。

 世間体のために形だけが整えられた家庭。

 やはり、その中に自分の居場所はないように思われた。

 僕は諍いをさけるために、控えめにごちそうさまでした、と手を合わせ自室に戻ることにした。

 リビングを後にするとき、「どうして、あんな子に育ってしまったんだ」と父親が呟いていたけれど、僕は聞こえないふりをした。

 ドアを閉めると、急に世界が静まり返る。

 ベッドに倒れ込むと、天井の白色が目に刺さった。

 やっぱりそうだ。

 夢を語っても笑われて、現実を見ろと言われるだけ。

 ならば、もういい。

 彼女が消えてしまったら、僕も終わりにしよう。

 彼女が笑っているから、まだ生きているだけなんだ。

 暗い部屋で彼女の声が耳の奥で蘇る。

 「絶対、画家になれるよ!」

 その言葉に縋るように、目を閉じた。

 しばらくすると、スーと涙が頬をつたった。

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