第5話 電車内 ~座席の温もりと靴紐の静かな戦い~
朝8時22分。
藤倉駅発の特急列車。平日朝の通勤ラッシュで、車内はぎゅうぎゅう詰め。
Kはいつものようにつり革に掴まり、揺れに合わせて体を微調整しながら周囲を静かに観察している。能力は自動で起動中。
- 空いた座席の温もり残量を5段階で感知(能力No.82)
→ 3列目の窓側、残温レベル3.4。座ったらまだ温かいが、座席シートにシワが残る可能性27%
- 隣の人のカバンの重さを±80gで推定(能力No.54)
→ 約4.2kg。ノートPC+書類+水筒入り
- つり革の揺れを0.2秒早く予測(能力No.71)
→ 次に大きく揺れるのは12秒後。体を左に寄せておく
突然、隣に立っていた女子高生が「うわっ」と小さく声を上げる。
靴紐がほどけ、電車がカーブに差し掛かった拍子に踏みそうになったのだ。
Kは俯きながら、しかしはっきりした声で言う。
「……あの、靴紐……ほどけてます」
女子高生(制服姿、たぶん17歳くらい)は慌てて足元を見る。
「あ! ありがとうございます!」
彼女は急いでしゃがみ込み、靴紐を結び直す。
周囲はラッシュで誰も気づいていない。
スマホを見ている人、目を閉じている人ばかり。
女子高生(結び終わって立ち上がり、小声で)
「……なんか今日、助けてもらった気がする。いつもなら転んでたかも……」
Kはいつものトーンで返す。
「……いえ、別に……たまたま目に入っただけなんで」
女子高生は小さく頭を下げ、友達の待つほうへ移動する。
友達の一人が小声で囁くのが聞こえた。
友達「え、なんか今のお兄さん、地味に優しくない?」
女子高生「うん……でも言わないでいてくれたらもっとカッコよかったかも(笑)」
Kはそれを聞きながらつり革を握り直す。
(心の声:転倒リスク62%→4%……靴紐再緩み予測時間+18分……また地味に人類を守った……「カッコいい」は求めていない。地味でいい)
電車が次の駅に着く。
Kは誰にも気づかれず、静かに降りる準備をする。
車内の揺れは、今日も少しだけ優しく感じられた。
―続く―




