この道の先
暗い迷宮の中を突き進む我々の空気は淀んでいた。
戦士のアレックス、そして剣士の自分が続く。
その後ろにアン、クレア、シェーラがほとんど並ぶ形で歩いている。
パーティーの士気はお世辞にも高いとは言えない。ここはリーダーである自分が何か鼓舞する一言を出すべきなのだろうが、そんな気力も無ければ思いつく言葉もない。
ラースが居た頃は散々張れた虚勢も、何故か今では出ないものである。
「ふっ……!」
ガチャコン、と足元の石を誰かが踏み抜く音。壁の中から飛んできた矢をさっと剣で斬り落とすと、警戒しつつ周囲を見渡す。
このダンジョンの厄介なところは迷宮であることもそうだが、この罠がネックである。
罠と同時に魔物が近くに出現する仕組みなのか、罠にかかると数秒、数分後には接敵するという面倒な流れが起こる。
故に、手記をとりながら進むことになる。迷宮の構造に加え、罠の位置。
士気が落ちていようが、我々は高ランクのパーティーだ。かなり奥深くまで攻略してはいるが、未踏の地を進むが故に先程から罠にかかる確率も増えている。
その度に戦闘が嵩張り、疲労の蓄積もあってかいつもに増して会話は無い。
正直、士気が高い状態でもうんざりするような仕組みだ。
SSランクである〈勇者〉の面々でも苦戦したり行き詰まったりするのが分かる。
「来るぞ」
足音を聞き、剣を構える。自分の号令で総員が武器を構え、迫る魔物の軍勢に備えた。
が、そんな我々の背後から勢いよく飛び出していった三つの影があった。
「おらよォッ! 〈勇者〉様のお通りだァ!!」
大斧を軽そうに担ぎ、前方から迫り来る魔物を薙いだのは〈勇者〉のリーダーであるトライ・レジット。
その後をパーティーメンバーであるディオ・カッサムとリア・パーツソンが続くが、トライに比べれば随分と控えめに飛び出していった。
理由は、トライ一人で十分だからだ。
SSランク相当のダンジョン、罠を踏むたびに出てくる魔物はパターンが固定されている。
硬い二足歩行のゴーレムタイプの魔物に、スパイダー型の地を這う機械装甲の魔物。
この二タイプが隊列を組んで攻めてくるのがダンジョンの主なパターンだが、付属してゴブリンが付いてくる時もある。
ゴブリンの一般的な認識は小柄で弱く、群れなければ大したこともない魔物だ。
だが、彼らは悪知恵が働く。人間までとはいかないが、戦術的な動きができ、罠を使うこともある。
武器も持つことができるので、決して侮ってはならない。
そんなゴブリンが蜘蛛型に騎乗し、攻め込んでくるパターンもこのダンジョンではある。
ただ機械的に動くゴーレムや蜘蛛型に思考が乗ると、それはダンジョンでいくつもある内の一戦闘とは言えない。
戦争。そのぐらいの認識でかからないと、陣形を崩されそのまま蹂躙されてしまう。
「温いなァ!!」
が、彼等の場合はワケが違った。
ダンジョンの道幅は十分に幅がある。巨大な迷宮の中に居る感覚で、彷徨い歩く内に頭がおかしくなりそうだ、と他の冒険者達は口々に言う。
しかしこの三人が並び立つと道幅は狭く見える。
何人たりとも彼等の横を抜けては行けないし──立ち塞がることも許されない。
圧倒的猛進。圧倒的、破壊。
彼等の前で戦術は意味を成していないし、ただ蹂躙されるだけ。
進みたがりの彼等にとっては罠や迷宮のダンジョンは相性が悪いが、魔物がマトモに戦うタイプなのであればなんら問題ないのである。
駆けつけてきた魔物の軍勢を数秒で叩き潰した彼等の姿は、まるで悪魔。
理外と呼ばれるSSランク。その理由が分かる強さだ。
「……!」
戦闘を終えた〈勇者〉。そのリーダーであるトライ・レジットがゆっくりと振り返ると、ぐにゃりと嗤った。
背筋に冷たいものが伝う。トライが向けた笑顔はどこか狂気的で。
──敵意があった。
「俺達が恐いか?」
大斧を肩に担ぎ、此方へ向かってくるトライ。
一体何が目的? そんなことも脳裏によぎったが、咄嗟に武器を手にする。
剣を抜き、その切先を向けるが……理外のバケモノはそんなことを意にも介さず歩み寄ってくる。
「ククク」
不気味に嗤うトライはやがてスッ、と剣の射程に入る。
間違いない敵意が迫っている。
だが………………だが、それでも自分は動くことができなかった。
「ふっ、だよなァ」
踵を返し、トライはパーティーメンバーの二人の方へと戻ってゆく。
「それが普通の反応だよ。俺達はツエーし、コエェ。Sランク冒険者様であろうが、これは絶対的なモンだ」
緊張が解け、強張っていた足からも力が抜ける。膝から崩れ落ちそうになりながらも踏み止まったのは、自分の意地だったろうか。
どうやら彼の目的は我々の恐怖を確かめることだったらしい。
自分で言うことではないが、存分に伝わっただろう。だというのに、彼の顔は理解を得ていなかった。
「テメェは俺様よりこえー奴が居ると思うか?」
振り返ったトライの問いに、真っ先に思い浮かんだのは友人だった男の姿。
奴の狂気は、SSランクの理を超えた戦いっぷりに届いているだろう。
今でも目を瞑ると氷竜を瞬殺するその姿が頭に浮かぶ。
それと同時に覚えた恐怖と、嫉妬も……脳裏に焼き付いている。
「…………いや」
だが、自分は首を横に振った。
ラースをクビにした過去の自分を否定することになるからだ。
「そうかい」
背を向けたトライは、そのまま歩みを再開する。
自分たちを置き去りに奥へと進んでゆくその姿が嫌に眩しくて、妬ましくて。
「貴様等より怖いと思う存在は居る」
言わないつもりだった筈の言葉を、独り口にした。
そこに〈勇者〉達の姿はない。既にそこの角を曲がって行ってしまった。
理解している。Sランクのその先、そこは自分には到達できない領域だ。
「……」
潮時。瞬きの間にそんな単語が頭に浮かぶが、消し去る。
それを決めるのは自分ではない。行先が、導いてくれるだろう。




