誰の責任でも
「よおっ! 女の子が増えてるところを見れば、どうやらシトラちゃんの問題は無事解決したみたいだな!」
「よお、じゃねーよ。帰ってきて早々問題を増やしやがって」
我が家に帰ってみると、父ディリックが庭で木剣を振っていた。
仮想敵を用意し、それと戦うような動き。完全に自分の世界に入っている、かと思いきやすぐさま俺たちに気がつき、笑顔で手を振ってきた。
ちなみにシトラの問題は無事には解決していないが、そんなことないです! と否定するほどでもないのでスルーしておこう。
「やー、すまんな迷惑をかけて。テイルにはもう呼び出されたか?」
「王都に入って即連行だよ。でも、事態はそんなに悪くないみたいだな。
俺がお願いされたのはヴァインと会うことぐらいだ」
「アイツは人前じゃ冷静な面して裏では息子大好きの人間だからな。ヴァインは剣の才能もあるし、師匠としてはその道を行って欲しい。俺からも頼む、何とか励ましてやってくれ」
父は昔からテイルさんのことはボロクソに言いはするが、毛嫌いしているわけではない。
父は酒を飲む相手は多けりゃいい、という人間なので友達にしたいと口にすることもある。
が、やはり根本的に考え方が違うのだろうとは今の一言で理解することができた。
テイルさんが冒険者を辞めさせたいような雰囲気を出していたのに対し、父はその道を肯定するような言葉を使った。
まあテイルさんは父としての気持ちがあって、ウチの父は師匠としての気持ちがあるのだろうが……それでも二人を見比べた時に対立する人間であることは一目瞭然である。
「ま、それはそうと新しいパーティーメンバーを紹介するよ。カヤに、暫定メンバー候補のミリカだ」
俺の紹介にカヤと少しむっとしたミリカが軽く頭を下げた。
「お前は相変わらず可愛い女の子ばかり連れてくるな。浮気性まで受け継がないようにな」
俺の肩にポンと手を置き、しみじみと、そして妙に説得力というか重みのある言葉をかけてくる父。
もう二股していますとは言えない。
「それはともかく父さん。腹が減ったんだけど」
「ん? 何だそれで帰ってきたのか。セスー!」
父の声ひとつで屋敷の扉が開き、スーツをまとった老人が出てくる。
お馴染み、執事のセスだ。揃っている顔触れを見て……いや、ずっとお腹をさすさすしているエルゥを見て察したのか、ご案内しますと頭を下げると屋敷へと手招く。
「お前は残れ、ラース」
団体様のお一人ということで皆に混じって屋敷に入ろうとした俺だが、父に止められる。
訓練用の木剣はすぐに使えるよう屋敷の外壁に立てかけられてある。
前見た時は三本だったが、今は五本。前に俺が一本壊したし、予備を増やしたのかもしれない。
その内の一本を投げられ、渋々手にする。
飯前に付き合え、ということだろうか。断っても駄々をこねるだろうし、仕方あるまい。
「ところで仕事は?」
軽く木剣を振って感触を確かめつつ、尋ねてみる。
あたかも居るのが当然、という振る舞いをしていたので頭が回らなかったが騎士団長に就任した父がここに居るのはおかしい。
「問題を起こしたもんだから自宅謹慎中だよ。辞めさせろ辞めさせろという声も多かったんだが、王が忖度してくれて何とか謹慎で済んだ。
それも形だけで、仕事はある。書類は山積み……とはいえ息が詰まるってことでこうやって体を動かしている」
なるほど、と言いたいところだが父のことだ。息抜きの回数と時間はかなりあるだろう。
むしろ王城に出勤させた方が真面目に働くだろう。なんであれば牢にぶち込んで貰ったほうが少しは仕事に取り組む姿勢も変わると思う。
「んし、やるか」
数回の素振り終えた俺は木剣を両手で握り、庭の真ん中に場所を移す。
まだカヤに折られた腕に痛みはあるが、決闘の後に治癒魔法などをかけてもらったこともあって大分治った。
やるからには負けたくない。ぶちのめしてやろう。
「……テイルの奴にはヴァインを冒険者業から足を洗わせろって言われたか?」
「!」
やる気満々の俺だったが、肩透かしをくらう。
「あぁ、再起出来なさそうであれば潰してくれと言われたよ」
「そうだろうな。家業を継がせたいって言ってたし」
話しながら腰を下ろす父。模擬戦をやるわけではなかったんだとどこか安心しつつも、同じく腰を下ろした。
「先日初めてアイツから食事でもどうだと言われたんだ。久しく口を聞いてすらいなかったからビックリしたよ」
「相当父さんのことは毛嫌いしている様子だったしな。よっぽどだったんだろ」
父はふっと笑みを浮かべる。嫌いな相手を食事に誘った理由は……息子のことだろう。
「そこで聞かされたよ。お前とヴァインが一悶着あったことや、ヴァインの旅が行き詰まってること。俺は一応剣の師匠だからよ、力になってやりたいとは思ったんだがアイツがぐちぐちと文句を垂れ始めてな……」
父は頭を掻き、「まあ俺も酒が入ってて怒りの沸点が下がっていたってのもあるが」と前置きをしつつ話を続ける。
「口を開けば“ラースとヴァインの差は何だったんだ”とか“お前の酷い教育とウチの教育、何が違ったんだ”だの弱音が出てくること出てくること。
正直、お前の教育に関しては俺も負い目がある。騎士の道を進んで欲しくて無茶な訓練を背負わせたし、周りに騎士がいる環境で育てたしな。
そのやり方がお前に合ってないことは薄らと知ってたし、悩みもした。
だからこそお前達の間にある差が親の教育云々の差にあったのかと言うアイツがムカついて、殴っちまったんだ。
お前とヴァインの差は努力の差だろ。お前の今の地位は、強さは俺の手柄じゃねえ」
悔しいがな、と肩を落として語る父。
それはその通りである。俺が今の力まで辿り着いたのは周りの環境あれど、自分の努力だ。
ただその土台を作ったのは紛れもなく父なので、その点では感謝している。本人には言わないけど。
ヴァインに関しては、この国の貴族は特に教育に熱心で、成功も失敗も自分達の作り上げた結晶だと思っている。
シトラの所の親もそのような節があった。テイルさんもヴァインの現在を、自分が至らなかったからだと思っているのだろう。
全てがそうだとは思っていないだろうが、責任の一端があったのだろうと。
もしかするとステクルとゼーノルトの教育の差だったのかもしれないと。
それはそうかもしれないが、根本的なところは違う。
「俺とヴァインの差は運じゃないかな」
「運……?」
怪訝に表情を歪める父に、俺は一度木剣を地に置く。
「ヴァインと俺の差は役割だよ。この世界じゃ戦えば戦うほどギフトのレベルは上がる。タンクとして魔物と戦いまくった俺と、フィニッシャーの役割を担うヴァインじゃ経験の差が段違いだ。
冒険に出た時点では俺は体力だけが取り柄で、反してヴァインの完成度は高かった。
べつにヴァインがそこに胡座をかいていたわけじゃない。ただ役割が違ったから、上がるレベルの差が大きかったというだけだ」
俺の話を脚に頰肘をついて聞いていた父は「でもよ」と否定的に言った。
「そこから立ち上がれるかどうかが人間としての地力なんじゃねーのか」
「実際に俺が逆の立場に立たされた時に折れずに居れる自信がない」
「そうかい? 何だかんだお前は結構根性があるぜ」
それは……と言葉に詰まるが、根性が付いた根源が目の前に居ることに気が付き、続ける。
「アンタに育てられたからな。でも、俺がステクルに生まれてヴァインと同じ人生をなぞって、幼馴染と差が広がり続ける現状に耐え切れるかと言われりゃ、うんとは頷けない。
ま、そこは父同士の明確な差だったかもしれないな。泥に塗れて訓練の道を進む馬鹿な父を持った俺とそうでなかったアイツの差。
今の俺に根性が付いているのは紛れもなく父さんが居たからだ」
貶してんのか褒めてんのか、と言いつつも父の顔はまんざらでもなかった。
訓練は散々逃げ出したが、冒険に出て自立して、逃げることが容易でなくなった。
そんな環境で戦い続ける日々は忙しく苦しくも、楽しかった。地味な訓練とは違って成功の喜びもあった。
まぁ結論としては親が馬鹿だったかどうか、に加え傾向の差である。
テイルさんはヴァインを冒険者として育てようとはしていなかった。ただ貴族として必要なプライドを持たせ、高貴に振る舞わせた。
対して俺はただ戦士として育てられ、泥臭い道を歩まされた。
周りもスペックで上回っている人間ばかりだったし、魔法を使えなかったり戦士として基本的なギフトしか持っていない俺は才能の差を感じていた。そんな中、ガムシャラにやるしかなかったわけだ。
この育ち方の差は上だとか下だとかではない。ただ方向性が違ったのだ。
それは俺にしてみれば運だったと思う。
精神論でしか物を語らない父の馬鹿教育の中に一つ光るものがあって、それがたまたま冒険者という職に必要な技能だったなんて、誰も思わないだろう。
「つまりこうなったのは誰の教育のせいでもないし、誰の努力のせいでもないと思ってる。
でも、ヴァインが今冒険者として瀬に立たされているのは俺も悪い。
俺がパーティーを脱退させられたのは俺のギフトが暴走したという決定打があってこそだし、やれることはやるつもりだ」
満足を得ることができたのか、父はにこやかに頷いて立ち上がる。
もしかすると〈バーサーク〉がきっかけになっただけで脱退は時間の問題だったかもしれないが、気に病むなというのは無理がある。
責任は責任だ。なんとか力になりたい。
「んじゃ、ひと汗かくか。ちったあ付き合えよ」
木剣を握りしめた父。
あ、それに関してもやることはやるのか。と思いつつも……俺は剣を構えた。




