土下座問題(2)
彼の、ヴァイン・ステクルの様子がおかしくなったのは王都に帰ってきてからだった。
ラースが抜け、新パーティーの歩みは険しいものだった。
新たに加入した戦士のアレックスに弓師のシェーラは何だかんだで馴染んだものの、肝心のリーダーであるヴァインの剣の冴えは落ちている。
土下座があってから少しマイルドになったというか腰が低くなったような節もあり、彼本来の勢いというものが見られない。
ただ、慎重にはなったのでその点ではプラスだったかもしれない。
「……アイツがあんな調子じゃこの先冒険者を続けるのも難しいかもしれないわね」
王都のギルドの片隅、丁度ヴァインが用を足すためにを外している中、アンがぽろっと漏らした。
他の二人、並びパーティーの治癒師を務める私、クレアはその言葉を“聞かなかった”かのように流す。
誰もが心の中で同意はしただろう。だが、言葉に出さなかったのはそれを口にしてしまうと壊れてしまう気がしたから。
アレックスもシェーラも田舎から出てきて一旗上げようと長く冒険者をやっている身だ。なんだかんだしがみ付きたいものはある。
一方で、潮時を見極める時期がいつかやってくることも知っている。
その気持ちが彼等の複雑な表情に現れているのだろうと思いつつ、私はここ最近の出来事を振り返る。
〈サージェスト〉での土下座騒動の後、国内を転々としていた私達は〈テルスタン〉王都に高難易度ダンジョンが出現したと聞いて駆けつけた。
が、SSランクである〈勇者〉の面々が先に攻略に乗り出していたのだ。
ダンジョンは迷宮状になっており、攻略には時間がかかる。
いやらしく設置された罠や魔物達を掻い潜って奥まで行くのは、冒険者として総合的な力量が求められる。
〈勇者〉はどちらかと言えばこのダンジョンには向いていないタイプで、強大な敵を粉砕し続けて突き進むスタイルを持っている。
とはいえ冒険者としての知識や脳も最低限持っており、罠などを上手く避けながら進んでいるらしい。
そんな中、要所で戦闘が起こるわけだ。
それを偶然目にしてしまったヴァインの心は、あっさりと壊れた。
〈勇者〉の戦闘は自分が描く理想をあっさりと飛び越えてゆき、彼の価値観の全てを破壊し尽くした。
何故自分にはこの力が無かったのだろう。才能が足りなかった? 努力が、運が?
それとも歩んできた道に、誤りがあったのか?
そんな葛藤の中、彼はひとまず休養をとって実家に帰った。
そこで父親と話し合ったと聞いてパーティーの解散も覚悟したが、どうやら話した内容は愚痴にも似たものだったらしい。
そのせいでステクルとゼーノルトの間に完全な亀裂が入ってしまった。彼は自分の事で精一杯で、そこに気を回す余裕は無いらしいが……。
「祈るしか、ありません」
私もアンも、そしてヴァインも。
ラースをパーティーから脱退させた時点でこの絵図はうっすらと視えていた。
ここでパーティーとして踏ん張れるかどうかというのは、最早神頼みにかかっている。
日々邁進することなんて当然。私達なりにその日その日の最善だと思う道へ歩き続けてきたのだ。
ならば残っているできることは、神に祈りを捧げることぐらいだろう。
そう思いながら私は手を組み合わせた。
───
「失礼します」
王城にやってきた俺は、ノックを数回した後返事があったのを聞いて、テイル・ステクルが仕事場とする部屋の扉を開けた。
ミリカとカヤ、そしてレナはパーティーメンバーではあるが当時の土下座問題に関わっていない。
なので完全な部外者ということで同行を断られたわけで、街で待機してもらうことにした。
エルゥとシトラに関しては「私達も関わっていることだから」と案内役の男二人組には無理を通して着いてきたが、心配になる二人が残ったわけだ。
「久しぶりだね、ラース君。お連れの二人は…………」
部屋に入ると、テイル・ステクルはデスクに座ったまま俺に微笑みかけた。
ヴァインと同じ金髪。四〇を超えても若々しく、気品のある男性。
エルゥとシトラにしてみれば聞いた話とは随分と印象と違う、という感想だろうが彼は商業も営んでいるし、外面がしっかりとしている。
連れている二人に対しては怪訝そうな視線を向けるが、それもただ彼女達に対して何故ここに? という疑問を抱いているだけ、といったものだ。
「お久しぶりです。彼女達は自分の冒険者としてのパーティーメンバーです」
そう言ってから二人の顔を見て、挨拶を促す。
「お初にお目にかかりますわ。私、エルフの国の第一王女であるシトラフィア・アルコットと申します。今は彼の旅のお供であり、“婚約者”でもあります。以後お見知り置きを」
シトラの自己紹介に、テイルさんは片眉をピクリと歪ませた。
一歩前に出て礼をしたシトラの挨拶には、どこか“圧”を感じさせた。
自分は大国の王女であり、その婚約者であるラース・ゼーノルトを敵に回すことは、と暗に語るような言い草だ。
実情としては王位はかなぐり捨てたような形だし実家との仲は最悪である。
ただ、嘘は言っていない。飽くまで真実を語る中で、含みを持たせてプレッシャーをかけただけ。
「私はエルゥ・グランダーソン。パーティーのリーダーにして、貴方の御子息であるヴァイン・ステクルに土下座を強要させた張本人です」
エルゥの自己紹介は、ヒヤリとするものだった。
彼女なりに責任を感じ、怒りの矛先を自分に向けようと考えたのかもしれない。
しかし、こちらからわざわざ蒸し返すことは逆撫でする可能性もある。
緊張のひとときの中、呼び出された側である俺たちはただテイルさんの言葉を待つ。
「…………くくっ」
意外にも、彼は笑った。
「はっはっははっは! そんな怖い顔をしなくてもいい。周りの話じゃ私が怒っているとか、そんなことも出回っているかもしれないが、私が腹を立てているのはディリックの奴だけだ。
べつに君達に何か要求がしたくて呼び出したわけじゃない」
大笑いするテイルさんに、思わず肩の力が抜ける。
「ま、君達も噂がどこまでが本当でどこまでが嘘かの区別はついていないはずだ。まずはそこらの説明からするとしよう」
にこやかに話す姿に、俺も驚く。数年前の記憶との乖離に頭が着いていかず、混乱しているというのが正直なところだ。
テイル・ステクルという人間は根っからの血筋派だ。
今は大分立場が弱くなったが、貴族階級の特権が強い時代からの習慣が抜けない感じで、平民に対してはピリピリとした態度を見せていた。
ただ、長い間会っていなかったし記憶に齟齬があるかもしれない。
思えばウチの父には強くあたってはいたが、ヴァインの友人である俺に対してはそれほどきつい態度は取らなかったかもしれない。
ううむ、父と彼の口論の激しさが記憶の中で先行しすぎてどうも……曖昧だ。




