土下座問題
「珍しく感傷的じゃない」
馬車に揺られながら外を眺める俺を、エルゥは茶化すように言った。
「お父上の問題もありますし、考え事が無い方がおかしいですわ。エルゥだって、お父様が問題を起こせば少しは心配になるでしょう?」
「いつものことだけど」
嗜めるように言ったシトラだが、てんで効いていない様子。
親子共々トラブルメーカーなのだ。総員「それもそうか」と納得しつつ、ようやく見えてきた王都の大きな影を見上げる。
父が問題を起こすとすれば、何だろうか。そんなことを考えていた。
着任早々女遊び? それとも新しい魔法剣でも求めて無茶をした?
訓練の量を三倍とかにして新人を過労死させたとか、そこらなら納得できるが……ううむ、選択肢が多くて絞れない。
「よいしょっと」
馬車のスピードが緩まったのを確認して飛び降りるエルゥ。
王都の前で馬車は止まり、御者の方は先に軽く荷物検査をされてから王都に入っていく。
その後に俺達の検問が行われる、かと思いきや顔パス。
面識のない騎士二人が門番として立っていたが、どうやら俺の顔は知れているらしい。
少し前に騎士の訓練場にも顔を出したし、それも効果があったろうか。なんにせよ手間を取られずに助かった。
「どうするの?」
振り返ったエルゥはお腹をさすりつつ、珍しく選択権を俺に委ねた。
昼時だしおそらく彼女はお腹が減っているのだろうと思いつつ、いくつかの候補先を考える。
まずはギルド。腹も満たしつつ〈勇者〉の情報を集めることができる。
次に、実家。やはり腹を満たしつつ父の情報を得ることができる。
レナとカヤの動向が掴めないし、迂闊に動くべきではないだろうということでその二択になるが……。
「失礼、ラース・ゼーノルトさんですね?」
思考を遮るように声をかけてきたのは、二人組の男。
身なりは整っているが、貴族というわけにも見えない。
大きな体躯に、広い肩幅。相当訓練されたであろう筋肉や、佇まい。
貴族のボディガードや私兵がこういった良い身なりと体格をしているものだ。
「私共の主人が貴方をお呼びです。王都に入り次第、手荒な真似をしてでも連れてこいと」
俺の渋るような表情を見て、すぐに圧をかけるような発言を投げかけてくる。
〈プロミネンス〉をぎゅっと握ったエルゥを制止するように手を出すと、一歩前に出た。
「どこのモンだ?」
俺は〈威圧感〉のギフトを発動させつつ尋ねた。
父のことで呼び出しがかかるのであれば、門番のところで何か言われているだろう。
と、なれば俺が個人的に買った恨みの筋か、父が恨みを買った筋からの者になる。
「我々はステクルの者です」
「…………」
その名を聞いて俺の思考は一瞬止まる。
ステクル……久しく聞くことはなかった、ヴァインの名字。
ふと、彼に土下座をさせた時のことを思い出す。
“覚えておけよ、貴様等”という恨みのこもったあの眼が、脳裏によぎった。
「ステクルって、ヴァイン? ヴァイン・ステクルがようやくパパちゃまにでも頼んで私達に復讐をしにきたの?」
エルゥはヴァインのファミリーネームを知っていたようで、二人組の男達に問いかけた。
ギルドは一応身元が不詳であろうと依頼を受けることができるが、ランク付けなどの裁定を受けるためには登録する必要がある。
無論、俺達もギルドへの登録はしている。エルゥは受付嬢として名簿を見たことがあるのだろう、と推測しつつ口の減らないエルゥをシトラに頼んで後方へ引きずっていってもらう。
「別に構いませんが、わざわざ連れられる理由を聞かせてもらっても?」
承諾したのはべつに会いたい理由もないが、トラブルを避けるためだった。
しかし、二人組は口止めされているのか理由は知らされていないのか、顔を見合わせて「それは……」といった困惑を見せている。
「エルゥの言う通りだよ。ステクルのパパちゃまは息子に土下座させたアンタにお怒りなのさ。貴族のプライドってだろう」
丁度よく話に割り込んできたのは眠そうに欠伸を漏らしつつ近寄ってくるカヤだった。
カヤの様子を見る限り初めから陰に隠れていたらしい。出てくるつもりが俺達と二人組の会話が始まってしまい、入りどころを見失っていたのかもしれない。
「なんにせよ、謝罪させないと気が済まないって態度みたいだね。ディリックさんとのいざこざもあってヒートアップしてるみたい」
続いて陰から出てきたのはレナだ。
「いざこざ?」
「おや、まだ聞いていないのかい? 事の発端は君がヴァインに土下座をさせたことさ。それを知ったテイル・ステクルが君の父にああだこうだと言って結果テイル・ステクルに暴行を働いたというのが今回の顛末さ」
レナの説明で頭痛が増し、思わず溜息を吐き出した。
何ともしょうもない理由である。国の重要なポジションを担う大の大人2人が起こすような問題ではない。
が、今回に関しては原因は俺にある。いや、厳密には後方で「バカばっかじゃんこの国」と嘆いている娘っ子に全ての原因があるのだが……。
そうなってくると俺が我関せずを貫くわけにもいくまい。
「とりあえず行ってみて向こうの言い分を聞いてみればいいんじゃない? なに、心配しないでよ。こっちには弁論のプロがついてるから」
エルゥはとことこと歩いてくると、俺の肩に手を置いて言った。
振り返ると、弁論のプロと口にしながら自分を指差している。
弁論が熱くなりすぎた故に土下座の要求までした人間がバックについていても、増すのは不安だけである。
「ラースさん、私だって加勢しますわ。アレは合意でしたし、相応のきちんとリスクを持って挑んだイーブンイーブンの賭けですわ。弁論のプロ二がついております」
歩いてくると俺の背中にそっと手を添えたのはシトラ。
レナとの決闘が決まった際に煽りに煽りきった弁論のプロ二がついていても、やはり増すのは不安だけだ。
「なあに、屁理屈では右に出るものなしと謳われた私だって居ますよ。ま、ひ弱な貴方は引っ込んでおいて私に任せてくれたっていいんですよ?」
最早プロでも何でもないミリカが小さな胸を張るが、彼女に関してはトークで勝った実績があまりにも無さすぎるので、できれば着いてこないで頂きたい。
「──いくか」
案内してくれと二人組に促すと、彼等は静かに頷いた。
不安だが、この面子で乗り込もう。どの道、土下座問題である当事者である俺とエルゥとシトラは行くのがベターなのだろうし。




