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「ぐむぅ」


 私はイマイチな寝起きの朝に唸りを上げた。

 久方ぶりの実家のベッドは妙な安心感があった。母の作った晩食、朝食も慣れ親しんだ味で、胃に染みるものがあった。

 だが、調子は上がってこない。実家を出た私は、手で眩しく照りつける朝日を遮りつつ、ミリカを睨む。


「さて、ヤツを探しに行くんでしょう?」


 が、図太い彼女は私が眠たかったり眩しいから目を細めていると思っているのだろう。

 その腹立たしさは置き去りにしてやろうかと思った程だが、堪えると問いに頷く。


 結局抱き枕(ラース)の代わりはミリカだった。シトラはやはり豊満な胸が私にとって引っかかる部分だったという理由でのチョイスだが、寝ながらごそごそと動く上に、必要以上に密着してきたのだ。

 おかげで睡眠は快適なものにらならなかった。私が求めているのは従順な抱かれ枕であって、それ以上の無駄なオプションは必要ないのだ。


 ミリカも胸のオプションは付いていない分、シトラよりは良いだろうとは思ったのだが、そんなことはなかった。


「や、おはよう」


 ギルドの表に回ると、探すまでもなく待機していたラースが軽く手を上げ、挨拶をしてくる。

 実家はギルドの裏手にある。起きてくればおそらく表の通りに出てくるだろうと推測したのだろうが、それほど気がまわるなら敬虔(けいけん)な抱き枕として私の側で寝て欲しいものである。


「寝足りなかったか?」


 上げた手をそのままに私の頭の上にぽんと乗せるラース。

 よしよし、と撫でられる心地よさに身を任せ……ることはなく、その手を振り払うと、きっと睨むようにして彼を見上げた。

 だがいつものように肩をすくめて。


「おいおい、もしかして逃げ出したことを怒ってるのか? 一緒にお泊まり会でもしようものなら俺がバリスさんに殺されちまうだろ」


 もっともらしい言葉を吐く。確かにそうなのだが、そもそも一緒に寝泊まりしていることに関しては既成事実である。


「……少しアルコール臭いですね」


 ミリカはラースの口元に鼻を近づけ、嫌悪をあらわにした表情で後退りしていく。


「あぁ、ちょっと遅くまで酒を飲んでいた。そのまま大衆浴場に行って、ここで待ってたんだよ」


「なんですって!? お酒にだらしない人間に、シトラフィア様はやれません!!」


「朝からうるさい」


 私はいつも通り鬱陶しいテンションでラースに詰め寄ったミリカの首根っこを掴むと、ぽいと捨てる。


「行くぞ。牢屋にぶち込まれたラースパパの顔を見に行かないと」


「まだ捕まったとは決まってねーよ」



───



「ん〜……おはよ」


 寝ぼけ眼を擦り、ぼさぼさの髪を手で触って寝癖を確認するカヤ。

 まったりとしていたボクは時計を見やる。おはようというには少し遅い時間で、十時を回ったところ。

 ふらふらとした足取りでシンクに向かうカヤ。暗殺家業は夜に行われることが多いだろうし、朝は弱いのかもしれない。


 地べたに座っていたボクは腰を上げると、〈サージェスト〉の方角を向く。

 シトラやラースはともかく、朝の弱いエルゥが居るのだ。まだ王都に到着していなくともおかしくはない。


「ゆっくりでいいよ」とカヤに言うと、「ん」と間の抜けた返事をしてシンクで顔を洗い始めた。

 頭部ごとシンクに突っ込んでいるのを見る限り、相当寝ぼけているらしい。髪や首筋までびしょびしょである。

 そもそも洗面所ぐらいはあるのだが、まあいいだろう。


「──んで、そっちはどうなってんだ? アタシの方は運良く本人達に会ったから適度に挑発しておいたよ。ダンジョン攻略に難航してるってんで、焦る必要もねえってよ」


 びしょびしょに濡れたカヤの顔はキリッと覚醒し、シンクにかけてあるタオルで髪と顔をさっと拭くと話し始める。

 昨日は同時に家を出て、ボクが帰ってくると既にカヤは寝ていた。

 なので情報交換などは特に出来ていなかったのだが、〈勇者〉との接触は成功したらしい。


「こちらは……何から言えばいいのかな」


 ラースとヴァインの関係性や、ゼーノルトとステクル当主の確執じみたものは昨日、カヤには道中でさっと説明しておいた。

 なのでその続きからでいいだろうけど、問題は問題があまりに単純であって、単純でないこと。


「どうもヴァイン率いるSランク相当のパーティーが王都のダンジョンの攻略に乗り出したらしいのだけど、肝心のリーダーであるヴァインが精神的に弱ってるらしい。

 そんな中、実家に戻って父親のテイルに愚痴っぽくラースとの揉め事を話したところ、親バカのテイルがディリック・ゼーノルトに詰め寄ってあれこれ言ったらしい。

 そっちの話の内容は曖昧なのだけど、相当激しい口論の末喧嘩っ早いディリックが手を出したっていうコト」


 聞いたカヤは呆れたように笑った。

 つまるところ、親バカ同士の喧嘩である。立場ある者同士の揉め事だし、結構派手にテイル・ステクルを殴り飛ばしたものだから爆速で話が広まってしまったらしい。


「しかし、よく情報を集めるもんだな」


「騎士は訓練と仕事の繰り返しだからみんなして険しい顔でそこらを闊歩してるけど、ボクは名を売りたかったからニコニコしながら各地を歩き回っていたんだよ。それでおのずと顔は広くなったってワケ。

 ステクル家のメイド連中は懐柔できてるし、王城の中にもたくさん協力者は居るのさ」


「お、おぉ。人間のとこの騎士は凄えんだな。ウチの国のはひでえもんだからな」


 ひでえもん、という単語でミリカの顔を思い出し、少し笑いが溢れる。

 とはいえエルフの国は貴族が強いし、冒険者の声がそこまでデカくない。

 人間の大国というのはどうも冒険者が肩を切って歩くことが通例で、それに対抗せざるを得ないため騎士達はある程度有能でならなくてはならないのだ。


 というのは建前で、ボクが特別国内外の情報をくまなく集めるという一種の性癖を抱えているだけである。

 ギルフィ家の復興や、ラースのことを逐一チェックするために手を伸ばしている間に勝手に事情通になっていたというオチだ。


「ま、そんな話の流れがあってテイル・ステクルは激怒。ヴァインに公開土下座をさせたラースを呼び寄せろと騒いだり、暴力沙汰のあったディリック・ゼーノルトを懲戒解雇しゼーノルト家から爵位を取り上げろって言ってるのさ」


「テイル・ステクルってのはいち大臣なんだろ? そんなのを公衆の面前で殴りゃすぐに解雇でもおかしくないとは思うが」


「ところがどっこい、ディリック・ゼーノルトも味方は多いのさ。国王のお気に入りだしね。

 王は政治的権力は持ち合わせてないんだけど、それでも仕事熱心だし人望もある。上層部に対する発言力は一定のものがあるんだ」


 聞いたカヤは面倒臭い関係だなと頭を掻く。

 国王であるヴェーゼル・テルスタンは“暇だから”という理由で武の道を歩んだ人間だ。

 娯楽が数ある中で、王としての立ち振る舞いを保ちつつ体に馴染むもの。

 それがたまたま武だったようで、騎士の訓練にも度々顔を出していた。

 そんな中、剣の道の最高峰に居るディリック・ゼーノルトは特にお気に入りなのである。


「なんにせよ土下座の件に関してはエルゥの仕業らしいし、到着したら撤回させておいた方がいいかも。ディリック・ゼーノルトの件はなるようになれって感じではあるかな」


「上手くいくといいけどな」


 やや投げやりなカヤの言葉には含みがあった。

 上手くいくといいけど、今後の展開が不安というのはボクも大いに同意である。

 トラブル体質のギフトでも貰っているのかいうぐらいのラースにエルゥだ。正直、あっさりと解決ということには……ならないかもしれない。

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