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一人の晩酌

「おお、帰ってきたか愛しの娘よ! 数日旅に出ただけだが一回り大きくなって帰って………………いや、そうでもないか」


 日が暮れ、〈サージェスト〉で一度馬車を降りた俺達は〈EL〉に顔を出した。

 エルゥを見るなり飛びかかってきたのは勿論バリスさんだ。

 抱きついて愛娘の感触を確かめるが、すぐに正気に戻る。悪気なく飛び出した言葉なのだろうが、大きくはなっていないという言葉がエルゥの逆鱗に触れ、殴り飛ばされる。

 残念でもないし当然だろう。


「可愛い可愛い娘の顔を見れて嬉しいだろうけど、明日の朝一番にはまた王都に向かう。私達はまだまだ強くならないといけないから」


「むうう……まあ、今回ばかりはラースのこともあるだろう、仕方あるまい」


 バリスさんは何故か俺の名前を引き合いに出しつつ随分と潔く引き下がる。


「俺の用事は特にありませんよ?」


「なにっ、聞いてないのか? 新しく騎士団長に就任したお前の親父さんが何か問題を起こしたっていう風の噂が〈サージェスト〉まで流れてきてるぜ」


 その話を聞いてなんだか頭が痛くなる。

 単なる噂だろうというお気楽な気持ちはなく、父であればやらかしてもおかしくないという妙な信頼感が信憑性を裏付けていた。


「親御さんまでトラブルメーカーなんですか?」


「ウチはここの親子に比べりゃマシだよ」


 呆れたようにひしゃげた眉で尋ねてくるミリカに返すと、「「なんだと!!!」」と喧嘩っ早い二人から怒声を浴びせられる。

 バリスさんはバリスさんでギルド内での喧嘩を容認するような人だし、エルゥは数々の実績を見れば分かるだろう。

 それに、俺は周りにトラブルメーカーを引き寄せているだけで自信がそういったわけではない。

 ……ない、筈だ。


「今すぐに向かう?」


「俺が行ったところで事態が好転するわけじゃない。必要ならレナがすぐに戻ってくるだろうし、明日の朝に出発というプランに変更なしでいいだろう」


「おっけー。それじゃウチに泊まろっか。いいよね? パパ」


 プランに変更なし。そして今日はグランダーソン家に泊まる方針で、ということでバリスさんに確認を取るエルゥ。

 が、愛娘に問われたにもかかわらず彼はすぐには答えなかった。

 俺の方をちらっと見て、眉間にシワを寄せる。ミリカやシトラはともかく、お前も泊まるのか? という顔である。


 まあ家をちらっと見たことはあるが、それほど大きくない。俺まで寝るスペースがあるのかと言われると、微妙なのかもしれない。

 あっても娘と同じ家の下で男を寝かせるとか、そういったことに抵抗があるのかもしれない。


「俺は……俺達はどこかに泊まるよ。久々に家族水入らずの時間も必要だろ」


 俺は最大限言葉を選んで発した……つもりだった。理由としてももっともらしい断り方だろう。

 が、これが波乱を呼ぶことになる。


「めっ! ミリカとシトラは良いけど私の抱き枕は必要!」


 俺の腕を取るエルゥ。まるでカップルのような腕の絡め方だが、実態はおもちゃにしがみ付く子供の図である。


「なにぃっ、抱き枕だとォ!? ラース、もしやテメェはウチの娘と一緒に、しかも体を密着させて寝ているのかァ!?」


 激昂するパパに。


「わっ、私はいいって酷すぎませんか!? というかラースさん、何故私達と外泊しようとするのです! わかりました、狙ってますね! いいや、これは狙ってますね!!」


 いつも通り自分への評価がヤケに高く、空気も読めないミリカの怒涛の捲し立て。

 俺はエルゥの拘束から逃れ、その場から早々に逃げ出すべく地を蹴った。


「…………さて」


 ギルドを飛び出した俺は、行く当てもなく夜の街を歩く。

 エルゥが俺を抱き枕にしていたのは母の代替としてのことだ。実家に泊まる以上エレシアさんが居るわけだし、寝れないことはないはずだ。

 だから、女子三人を残す。シトラも居たのだからミリカに一緒の部屋で寝るだなんて疑われたのは不名誉が残るが、説明するにもやいのやいの言われることを考えると面倒臭い。

 結果的にこれがベストだろう。


 そんな俺は柄にもなく酒場の多い通りへとやってくると、腰につけた巾着の中を確認する。

 代金は十分に足りるだろう、というのを確認した俺はインスピレーションで選んだ店に入ると、エールと食事を頼んだ。


 席はカウンターと、テーブルが三つ。落ち着いた雰囲気の店で、冒険者らしき者の姿もちらほら見えるがそれほど気性が荒そうにも見えない。

 そんな中、カウンターについて邪魔にならないよう肩を縮こまらせながら妙にそわそわとした気持ちで頼んだものを待つ。


「お待ちどうっ!」


 愛想の良いおばちゃんに渡されたエールを、食事も待たずに一口。

 久々に口にしたアルコールは随分と身に染みる。

 父の不祥事は息子として情けなくなるが、騎士団長という立場を押し付けたのは俺だ。


 レナとの和解を目的とするあまり、本来向いていないはずの役職になれと決闘を挑んだ。

 腹を括ったあの日の夜のテンションは今思い返すと、反省すべき点はあったと、少しネガティブになってしまう。

 誰も付き合う人間が居ない酒の席というのは特にセンチになるものである。


「……」


 ふと、ヴァイン達と肩を並べて飲む未来もあったのかと思う。

 酒が飲める歳になった頃には仲は険悪だった。彼は飲むと意外にも殊勝になるという噂もあったし一度同席してみたい気持ちもあったが……。

 今頃、彼等はどうしているのだろうか。エルゥに屈辱の土下座をさせられた後、上手く冒険を進めているのだろうか?


 ヴァインは俺と同じように半ば家を飛び出して冒険者を始めた身だ。

 だから一流になるまでは帰れないと言っていたが、Sランクの称号を得た今なら王都に顔を出すこともできよう。

 ただ、アイツの野心はエルゥにも劣らない。無駄な物を抱えすぎていたが、才能も抜きん出ている。

 今も更に果てない上を目指して頑張っているだろう。元メンバーとしては無事を願うばかりだ。


 ま、狂化して斬りかかった奴が言うセリフではないのだろう。とは思いつつも酒を呷る俺だった。

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