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偵察

「何も無いところだけど、ゆっくりしていって」


 カヤを案内したのはボクの家だった。正確にはギルフィ家の跡地にラースと住むために建てた、愛の巣である。

 だがベッドや基本的な生活設備ぐらいしかなく、キッチンのシンクに道中で買ってきた惣菜を置くと、水道をきゅっと捻る。

 すると水が出て少し安心し、武器や鎧を床に下ろした。


「王都の地図を渡すからカヤにはギルドで情報を……うん?」


 これからの方針を決めようとした矢先のこと。

 殺気満々のカヤがボクを見つめており、首を傾げる。


「アンタ達はアタシに対して警戒心を解いているみたいだが、例えばアタシが王から皆殺しの指令でも受けていたらどうするんだ?」


 抜き身の短剣を突きつけられ、一応降伏だと両手を上げる。

 カヤの眼に宿る殺意は偽物ではなさそうだ。


「まず第一にボクが警戒心を持っていない理由を話していいかい?」


 すぐに殺したいわけではないのか、カヤは静かに頷く。

 エルフの国の事情にはあまり関わっていなかったが、騒動の後一通り説明は受けた。

 彼女は王の隠し子で、人間とのハーフ。国の暗殺部隊に属する、シトラの姉らしい。

 それを聞いて道理で、とは思ったのだ。


「やるなら他にチャンスはあった。転移魔法石を使った時点で分断させると思うけど」


「アタシはアンタ等を侮ってねえよ。信頼を得た上で確実に一人ずつ引き剥がして、殺る」


「それならボクから選ぶのはおかしくないかい?」


「…………」


 その問いにカヤはふっと笑うと、短剣を下ろした。

 彼女について“道理で”と納得した内の一つは、単に“裏側”の人間のニオイを嗅ぎ取っていたから。

 パーティーの中で一番対人の経験が多いのはボクだし、何より裏のやり口は知り尽くしている。

 悲しいことに、殺って来た相手の数なら彼女に劣らないだろう。


 だからといって必ず勝つ自信があるわけではないが、彼女だってボクが裏に精通していることぐらい察しているはずだ。

 だからもっと搦め手を使ったり、すぐさまやりにくる筈だろう、と思ったわけだ。


「ある程度信頼している理由も、話していいかい?」


 部屋の端っこの方に置いている鞄の中から地図を探しつつ、彼女に問いかける。


「なんだ、本当に信頼してくれているのか?」


「ある程度ね」


 ボクは地図を手渡すと、ベッドに腰を下ろす。

 意外だと思ったのか、それが表情から読み取れる。案外顔に出るタイプらしい。


「過信するわけじゃないけど、ボク達を皆殺しにするつもりなら暗殺部隊ってのを総動員させるでしょ。

 だから、そんなワリに合わない依頼を単独で受けるほど愛国心を持ってるわけでもないし、父への愛があるわけじゃないように見えたのさ」


「まあ、それはそうだな」


 腕を組みつつ壁に背をつけて聞くカヤは、どこか歯切れが悪そうに言った。


「要するに、ボクやシトラに似たものを感じたってだけさ。

 べつに傷の舐め合いをするタイプには見えないけど、なんだか寂しそうな目をしていたからね。

 純粋に、興味本位でパーティーに入りたいだけなんだろうとは思ったよ」


「…………そうかい」


 地図に視線を落としつつ、ボクの話を聞いたカヤのリアクションは複雑そうなものだった。

 やがて「そうかもしれないな」と納得したように一人、頷くとカヤはキッチンに置いてある惣菜を手でつまみ始める。


「んで、ギルドだって? 腹を満たしたら行くとするか」



───



 レナと分かれたアタシは地図を持ち、〈テルスタン〉の街を歩く。

 一国であるエルフの国と大差ない広さ。エルフの国は島だし森などの面積も勿論あるが、王都だけでこれとは外の世界の広さを実感する。


「へい、そこのお姉ちゃん。俺達と一緒に…………」


 道端で自分に声をかけようとした男の傍を通り抜け、地を蹴った。

 ナンパ男を置き去りに、建物の屋根の上まであがる。

 もう、暗殺部隊としての役目はない。気配を消す必要など無いと思っていたが、世俗には案外お邪魔が多いらしい。


「…………ま、美人だしな」


 目にかかった黒髪を指で逸らすと、建物の上を駆けてゆく。

 母がどこの誰かというのは知らないが、王のことだ。美人なのを選んだのだろう。

 それが不必要にも自分に受け継がれているわけだ、と言ったら聞く人によれば嫌味にも聞こえるかもしれないが。


 が……あんな育てられ方をするぐらいなら普通に生まれたかった。そう思った時もあったものだ。


 建物の屋根を飛び回ること二〇分程度。

 目的地らしき場所に着いたアタシは人の居ない路地裏に着地すると、何事もなかったかのように道に出る。


「ほう」


 ギルドは立派な三階建ての建造物。しかしアタシが感心の声をあげたのはそこではなく、“予想以上”だったこと。

 中を覗き込み、一歩踏み入れる。

 食間は喧騒を止め、“殺意”を持って入ったアタシに視線を集めた。


 そんな野郎どもを値踏みするように、視線をひと泳ぎ。

 四人組の女共が良いオーラを放っているが、本命は違う。

 妙にピリピリとした三人組。アタシの“殺意”に警戒を持ったはものの、平然と食事を続けるそいつ等だ。


「よっこいせっと」


 おあつらえ向きに空いている隣の席に腰をかけると、アタシは三人組を後方からマジマジと見つめる。

 目つきが悪く、食事にがっつく銀髪の男。ボロボロのマントを羽織り、風体だけ見れば汚らしい冒険者に見えるがそのワイルドさが彼の特徴だ。

 〈勇者〉のリーダー格、トライ・レジット。あまりにも目立つ大斧を背負った青年である。


「何か用か?」


 〈勇者〉の荒くれ者、そして戦士として頂点に立つと言われているディオ・カッサムが背を向けたまま私に問うた。

 二十代後半の強面の男だ。リーダー(エルゥ)がラースとの力比べを見たいと言っていたが、体格はこのディオの方が一回り大きい。

 ただ顔はウチの大将の方が随分と綺麗なもんである。一つ確実に勝ってるところが出来たな、と思いつつも最後の一人に視線を移す。


 それはエルゥと同じほどに小柄の、長い髪をポニーテルでまとめた女の子だ。年齢はエルゥより数個上だろうが、冒険者に向いているとは思い難い体格。

 その名はリア・パーツソン。“魔導武術”とかいう魔法と武術をミックスさせた独自の技を操る女武闘家だ。


 以上が〈勇者〉のメンバー三人になる。この三人でSSランクという理を外れた地点に到達したというのだから、才も努力も凄まじいものがあったろう。


「なに、噂のSSランクのバケモノの顔を拝みに来ただけさ」


 おそるおそるアタシに注文を尋ねにきたウェイターに、「いいよ」と手を振って戻らせつつ、答えた。


「感想はどうだ?」


 ディオの、妙に圧のある問いにアタシは……笑った。


「こわくねえよ、アンタ等は」


 その言葉を聞いてほぼ同時のタイミングでディオとリアがガタッ、と机を叩いて立ち上がる。

 血の気が荒いとは聞いていたが、相当喧嘩っ早い。

 ここまで分かりやすいと逆に好感が持てる。ウチのリーダーにそっくりである。


「まあ待てや。ネェちゃんは喧嘩は売りにきてるみてぇだが、ヤるつもりはねーらしい」


 一人、落ち着いているのかマイペースなのか。食事を止めることなく冷静に二人を嗜めたのはリーダー格のトライだ。


「その通りだ。まだウチのパーティーメンバーが王都に到着してないし、数日滞在してくれりゃ改めて伺うつもりだ」


「こちとらァ、ダンジョン攻略に行き詰まってんだよ。言われなくても居てやるさ」


 相変わらず視線は目の前の食事に落としながらぶっきらぼうに言うトライ。

 なるほど、少し苛ついているように見えたのはそのせいか。

 SSランクが苦戦するということは、単純に魔物というよりは迷宮状になっていると言われているダンジョンの内装が悪さをしているのかもしれない。


「それを聞いて安心した」


「待て」


 立ち上がるアタシに、トライはようやく食を進める手を止めると顔を上げた。


「俺達“は”怖くねぇって言ったな。なら、恐怖するモノに出くわしたことがあるのか?」


 トライの問いでアタシの脳内にぽっと浮かんだのはパーティーの面々の顔だった。

 特に、妹であるシトラ。昔から内に秘めている奴だとは思いながら陰から眺めていたが、エルフの国の歴史をぶち壊すとは思わなかった。

 婿を探しに国を出て、帰ってくるなり国王に啖呵を切り、自らの手でケリをつけた。

 純然たる戦闘力が自分より上だとは思わないが、敵に回したくはない。


 ラースの大将も、レナの姉御も。そしてウチの小さいパーティーリーダーも、皆が皆それぞれ狂気にも似た覚悟を持っている。

 ミリカは……さておき、あのパーティーは実力以上に相手に回したくない“狂気”で恐怖を感じさせる。

 まあ、単にラースやレナは真っ向からやり合っても勝てない気もするが……。


「ウチのパーティーメンバーはアンタ等より恐ろしい奴等だよ。ガン首揃えて待ってな」

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