交わらない論理
決闘を終えた俺達は王城の一室へと連れられてきた。
面子は俺にエルゥ、そしてシトラ。加えてそのご両親である。
「アトラ、すまなかった! ワシには隠し子がいる! シトラフィアが王位を降りる以上、代わりにその子に次期王位を継がせる他道はない!」
部屋の扉が締め切られ、防音の魔法がかけられた。
そうして始まったのは王による清々しいほどの土下座劇だった。
「………………ふう」
アトラ、と呼ばれたシトラの母は数秒の硬直の後、やれやれといった様子で息を吐いた。
とても綺麗な人だが、シトラには似ていない。彼女はどちらかといえば普段は穏やかな顔をしている父の方に似ている。
が、アトラさんの顔があまりにも険しいために確かな判断は下せない。
おそらく相当なストレスを抱え込んできたのだろう、というシワが顔に浮き出ているのもある。
もしかすると元来の顔付きは似ているかもしれないが……あまりにも鬼の形相なので、やはり分からない。
「げっ」
隣のエルゥが声を上げる。
アトラさんがずり、ずり、と重く引きずるは部屋の端にある灯りのインテリア。
その台座は高級そうな素材で出来ており、見るからに硬い。
王は顔は下ろしたままではあるが、何が起きるかはおおよそ察しがついているのだろう。頬に汗が伝う。
一応医務室で治癒魔法を受けたとはいえ、散々決闘でシトラに頭部を攻められたあとだ。
医務室に運ばれる前の姿は重傷に見えたし、こんなもので殴られたら死ぬのでは?
という心配で割り込めるほどアトラさんの殺気は安いものではなく、彼女は灯りと台座を繋ぐ棒の部分を手にすると、重量に揺れながらそれを振り上げた。
はっ、と息を呑む。その瞬間、鉄槌が王の頭部に振り下ろされた。
……鈍い音と共に、血が滲む。
「ワーオッ、親子そっくり」
空気の読めないエルゥがおどけて言ってみせる。
台座を振り下ろすアトラさんの姿は、城門を〈プロミネンス〉で破壊したシトラの姿にダブって見えた。
が、この空気で口に出すその図太さである。
流石にシトラに眉も歪み、エルゥは俺の後ろに隠れる。
「隠し子が居るなんて、ずっと昔から知っていますわ。そんなこと」
ポイ、と灯りを投げ捨てたアトラさんがそんなことを口にした。
これにはシトラも意外だったのか、きょとんとした表情を見せている。
「だから私はシトラフィアを強く、ただひたすら強く育てましたの。その隠し子軍団に一切の遅れを取らないように」
シトラに施された教育は中々スパルタなものだったと聞いたことはあるが、そういった経緯もあったらしい。
と、いうことは王の身から出たサビのように思えるが……。
「でも、間違いだった」
アトラさんの視線はシトラに向く。
「彼女は放任でも育つ器だった。それを、過剰な教育で潰してしまいましたわ。これは貴方と、私の責任です。
その責任を考えれば王位を他の者に継がせることはやむを得ないでしょう」
そう言ったアトラさんだが、あまり反省らしき反省の色はない。
王に決闘で勝利を挙げるまでに育って育成失敗とはとんだハードルだが、彼女の教育というのは飽くまで王女としてのものなのだろう。
例えば家畜を育てる為だったり、優秀な兵士を作り上げる為だったり。
そういった教育なのだ。子供として、娘として育てて貰えなかった、そこがシトラの不満なのだろうが……当の本人がこの態度では浮かばれない。
話は終わった、とばかりにアトラさんはその場を後にする。
視界の端に映るシトラは目を瞑り、心底呆れたような表情だ。もう、慣れっこなのかもしれない。
そんな娘はお構いなしに部屋を出ようとする母。
──その背中に勢いよくドロップキックをかましたのはエルゥだった。
「な、なんだ!?」
廊下の壁に顔を強く打ち付けたアトラさん。それを受けて兵士達が駆けつけてくる。
見た感じそこまで強く吹き飛んではないが、痛いのは痛いだろう。
「さっきから聞いてりゃ、何が教育失敗だ、何が責任だ! テメェらがクソでもシトラは立派に、豊かな心に育ってんだよ! 責任を感じてるのであれば“らしい”謝罪の一つぐらいしろ!!」
追撃を加えんばかりの勢いで叫ぶエルゥは、駆けつけた兵士に取り押さえられる。
むくり、と起きたアトラさんは鼻血を垂らしながらも振り返ると、エルゥをきっと睨んで、手を振りかぶった。
バシン、と痛烈な平手打ちを繰り出すとヒステリックに叫ぶ。
「小娘に大国の何が分かりますの! 積み上げてきた歴史が小汚い人間風情に壊されることが民にどれだけの影響を及ぼすか! 高貴な生まれには高貴な“在り方”が求められるのですわ! そこに個人の感情など、些細な事柄なのです!!」
叫ぶ彼女の気持ちを俺は理解できたが、納得はいかなかった。
そういった積み重ねで国があったとしても、だからなんだというのか。
国一番の剣士の子として生まれ、技術を叩き込まれた。
今でこそ結果として出ているから有り難く思うかもしれないが、親のエゴで訓練漬けにされた日々の最中はたまったもんじゃなかった。
物事には正の面と負の面があるというのは勿論のことだが、論点はそこではない。
「高貴な在り方、それがあの弱っちい戦士だったり、アンタらみたいな心を持てない奴等が生んだの?」
そう問うたエルゥは周りの兵士達を振り払うと、アトラさんにお返しの殴打をくらわせた。
平手打ちの返しにしてはあまりにも強烈過ぎる攻撃である。
「高貴だとか抜かしてても、テメーらは貧しい心しか持ち合わせてないんだ!
貧しい心で狭い生き方で、それでしか成り立つことができない種や国なんて、世界の端っこでひっそり朽ちていけばいい!!」
息を切らすほど大きな声で怒鳴るエルゥ。
アトラさんの反論は、無い。
彼女は立ち上がると無言のまま、その場を後にした。
何か思うところはあったのかもしれないが、決して交わらない論理。根本が違うのだ、この結果はあるべくして辿り着いたものだ。
「……人は、水と食糧がなければ生きていけないだろう。魔物は魔核や魔力を身に宿しておかないと原型を保てないという」
数秒の沈黙を破って、国王が口を開いた。
「国も同じだと?」
尋ねるシトラの言葉には怒気が含まれているようにも思えた。
「それは分からん」
随分と投げやりな解答だったが、そう言わざるを得ないだろう。
変化には何かしらリスクも付く。もしシトラが王女のまま人間を婿に迎えるとでも言えば暴動が起きるかもしれないし、民はすんなり受け入れるかもしれない。
少なくとも声の大きな反対派が居れば揉め事が起こるだろうし、今回のように淘汰しなければならない。
それも決着が付くとは限らない。今回だって折衷案のような形なのだし。
「だが、お前達の考えも理解はできる。エルフは保守的だが、我は強い。歴代でもシトラフィアのように多種族だったり身分の低い者に恋した者も少なからず居た」
「その方達は」
「夜這いであったり薬であったり、魔法であったり。既成事実を作る方法は幾らでもある。
そんな犠牲があって、今の平和だ。それが正しいとはワシだって思わんさ」
王の言葉に、シトラは口をつぐむ。
彼がその気であればもっと早く行動に移していたかもしれない。
そしてそれはまた歴史の闇に葬られ、平和が続いてただろう。
「とはいえ変化には時間が必要だ。ワシもこの歳になって生き方は変えられぬ」
「そうでしょうね」
そのことはシトラも重々理解していただろう。なんせ決闘の後にゴネられることを見越して動いていたぐらいなのだ。
話は終わった、と俺に視線を向けるシトラ。
項垂れる王を傍目に、歩を進める。
「……………………今更何を言っても遅いかもしれんが、べつに愛情が無かったわけではない」
王族として育てることが、愛。彼の中ではそういうつもりだったのかもしれない。
「孫の顔ぐらいは、見せに帰ってくれ」
泣き言にも似た王の言葉に、シトラはふんと鼻で笑った。
彼女の感情がどういうものだったかはわからないが、例えこの野郎と思っていても時間が解決してくれる……かもしれない。
俺だって嫌々ではあるが、久しぶりに顔を出そうと思ったのだ。
家族とは、帰る場所。なんだかんだいってそういうものだ。
三章完、と見せかけてまだ一つ忘れ物がありますね




