私の見た未来(2)
父の心臓へと向けて矢を放ち、次の魔法を用意する。
「ほざくなっ! 老体といえど、実戦経験の少ない小娘に遅れをとるか!!」
半身になって矢を避け、突進してくる父。その圧力は氷の巨人の攻撃と遜色ないほどで、身が震える。
──嬉しさの、あまり。
突っ込んでくる父に対して私が用意した氷の初級魔法〈アイスエッジ〉が水平に走り、首を狙う。
身内に向けて一切容赦のない攻撃。だが、それは父も同じだった。
「フンっ!」
高速の突きで氷刃を砕いた父は、そのまま私を槍で狙う。
下がりつつ、回り込みつつ。〈アイスエッジ〉で牽制しつつ間合いを取る私と、前進しつつ冷静に魔法を対処していく父。
互いに殺意のこもった攻撃が繰り返され、気を抜けない。
もっとも、本気で殺すつもりはない。決闘とはいえ身内だし、自然と加減しようという心は生まれている。
だが、この安い攻撃で死ぬ程度なら決闘に立つ資格などない。
そこで死ぬのが定め。それが決闘だ。
「むうっ」
攻防の中で先に足を止めたのは父だった。
追っても追ってもひらりと身を躱しつつ逃げる私に痺れを切らしたのか、逆に距離を取った。
「……?」
リーチ外で槍を構え、私に刃を向ける父に思考が巡る。
ハッタリではない。何かある。
それを察知した私は、意識の九割を父の挙動に向けた。
「〈バッシュ〉!」
槍を突き出すと、その先端から一筋の閃光が飛び出した。
エルゥが使う〈クラッシュウェーブ〉と似たような原理の技だろう。
ただ、範囲ある衝撃波を撃ち出す技と一点に力が集約されたこの〈バッシュ〉では威力が段違いのはず。
貰ってはならないと身を翻すが、突きの乱れ打ちが襲いかかる。
たまらず私は意識の一割で構築を進めていた魔法を解き放つ。
光の中級魔法〈シャイニング・ロード〉。
大層な名前とは裏腹に一本の光が道を開くように進んでゆくだけの魔法。
だが、光の尾はロープのような形をしており、捉えた対象を引きずるようにして突き進む。
それは私のお腹に巻きつき、急速に後方へと引き込んだ。
かくして〈バッシュ〉の射程から逃げた私は弓を構え、〈アイスアロー〉を引き絞る。
ビシュン! と放たれた一本。そして少し遅れて本来魔法としてあるべき形で射出された〈アイスアロー〉も、父は容易く槍で叩き落とした。
「一見ジリ貧に見えるが」
息も乱さず、槍を構える父。
「随分と楽しそうじゃないか」
その指摘通り、私の口角は上がっていた。
私は父が槍を構える姿を見るのは二回目だった。普段は剣を使って訓練をしているが、自分の真価は槍を持っている時だと教えてくれた時があった。
そして本気の父は、強い。その事実に私は少し安堵していたのだ。
威厳のある風体だけではなく、彼は本当に戦士なのだと。
「ええ、父が強くて安心しています」
私は再び弓を構えつつ──今度は自ら距離を縮める。
遠距離の攻撃は全て反応され、弾かれる。ある程度距離を縮めなければ話にならないだろう。
「ですが、想定よりは下回る。これなら五分も要らないかもしれませんわね」
〈アイスアロー〉を構えつつ前進する私は挑発で返す。
次の瞬間、ズガンと天を穿つような光が父から発せられる。
……噂には聞いていた。エルフの国の王は、黒よりも禍々しい白の魔法を駆使すると。
その噂に違わぬ、圧のある光が──今、天に突き抜けていった。
「これを見てもか?」
ついに本気を出したであろう父を前にしても、私が意見を覆すことはなかった。
怖気付く必要はない。どんな圧力であろうが、通路で待機しているパーティーメンバーより怖くはない。
更に距離を詰めると、父の周りに魔法陣が展開された。
「〈アトミック・レイ〉」
光の上級魔法だ。複数の魔法陣に分裂し、光線を放つ制圧力のある魔法。
それは直接私を狙うかと思いきや、逃げ場を塞ぐように射出された。
頭上に左右。後方も塞ぐような光線がうねりを上げる中、父が地を蹴った。
「余裕の面は勝手だが、終わらせるぞ」
退路が塞がれ、父の猛突進。
万事休す、といった状況で私は構えていた〈アイスアロー〉を放つと、前進した。
父は氷の矢を切り払うことはしなかった。矢を打ったあと迎え撃つように前進した私に対して隙を与えるからだと判断したのだろう。
結果、脇腹を掠めていっただけ。微量の血が舞うだけで、ダメージは見込めていないだろう。
「ええ、約束の五分も差し迫っていますからね」
手ぶらの私と、リーチのある槍を持つ父。彼の技術を考えても詰みに近い状態で、私はお喋りや弓を構えて前進する間に構築していた魔法を解き放った。
光の中級魔法〈バインド〉。ピンポイントを狙い撃つ拘束系の魔法は、私の得意分野だ。
地面からせり上がるように伸びた光の群が、父の上半身を拘束しようとする。
流石に看過できなかったのか、光の束をひと薙ぎ。
すぱっ、と切れた光は魔法としての効力を失い霧状に消えていくが、充分な隙を作ってくれた。
「ぐうっ!」
私は父の懐に飛び込むと、装甲の薄い腹部に向けて肘を放った。
父の防具は胸部や足部、それに前腕部を包む手甲程度。
もし全身防備であれば投げ技に入っていたが、腹部が空いているなら打撃を打ち込むだけ。
「もしかしてお父様」
怯んだ父の顎を、打ち上げるように肘で追いかける。
「私に接近戦を仕込んだ人物が誰か、お忘れで?」
顎を捉えた感触は、良好過ぎるほどに良好。
父は仰け反るも、踏ん張りを効かし倒れまいと身体を起こす。
その隙に私は父の持つ槍を強引に奪い取ると、一歩下がって後方に投げ捨てる。
柄も特殊合金で出来ている非常に重いこの武器、私が使うには不便である。
「忘れるものか!」
父は容赦なく私の鳩尾に向けてコンパクトな突きを繰り出した。
私に打撃を教えたのは、彼だ。つまり師となるわけで、体格や力の差もあって単純な打撃で勝った覚えはない。
だが。
「やはり、忘れていらっしゃる」
突きに対して回り込むように動きつつ、父の腕を両手で捉える。
突きの勢いを利用し、腕を巻き込むようにしてねじると──容易く地に転がした。
父は打撃を私に教えると同時に、関節技は得意でないからと専門の者を雇ったのだ。
とても小柄な女性の先生だったが、界隈では有名らしく伝説とも呼ばれていたそうだ。
非力であるが故に力の扱い方をマスターし、その道を極めたとのこと。
組み技を習得してから素手同士の戦いは父と五分五分程度に戦えるぐらいには成長し、そこらで十分だと他の武芸も習わされたものだ。
ちなみに、夜の寝技もその先生に教わった。
「お父様、貴方の敗因は決闘を受けたことです」
地に背を付けた父の顔面を、足の裏で強く踏み付ける。
「お父様、貴方の敗因は私を強く育てたことです」
更にもう一発。ミシ、という音は頑丈な床に亀裂が走った音か、父の頭部の骨が損傷した音か。
「…………」
足を外し、踵を返す。
天に発生した、魔法陣。それより出づるは、光の裁き。
上級魔法〈審判の光〉。
硬い氷の巨人のボディにさえ傷を付けた閃光が、轟音と共に父を包んだ。
「──お父様、貴方の敗因は、私を強き王女としてしか育てなかったことです」




