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決闘という名の

 静寂の中、ただ座って時を待つ観客達。

 俺が姿を現すと、彼等は感情を爆発させた。


「……」


 “静かなまま”向けられる殺意。決して口にすることはないが、眼や表情は物語っている。

 無様に敗北し、今すぐにエルフの地から去れと。


「アウェイな雰囲気に怖気付いたのか?」


 辺りをキョロキョロと見回しつつリングに近付く俺に、リフィール・ゼロヘブンは早速舌戦を仕掛けてくる。

 通路から出ると広い空間があり、周りは壁で囲まれている。

 その壁の上に観客席があり、広い空間の真ん中に石で出来たリングがある。


 その上で既にリフィールが待ち構えていたわけだが、このリングというのは飽くまで競技用などに作られたものだろう。

 決闘をする際にリングから踏み外せば負け、なんてルールは無い。あればそれこそ茶番だからな。


「そう思うか?」


 石段を上がり、リングへ。

 俺は焦点をリフィールに合わせ、にやりと笑った。

 突き刺さるような周囲の殺気。決して居心地が良いものとは言えないが、俺にとって悪いことばかりではない。


 このアウェイな空間も、腕のハンデも、そして負けたら失う物があるプレッシャーも。

 全てが俺のモチベーションを上げるオプションにすぎない。


「生憎と、こういう場面の方が燃えてくるタチなんだ」


 右手に持つブレード付きのブーメランをくるりと回し、先端を手に握り込む。

 こいつの戦闘での使い道を数日考えていたが、やはり投擲物として使うのが適当だろう。

 だが、接近武器としても使い道はある。耐久度は求められないが、湾曲した武器というのは相手にとってやり辛い筈だ。


「…………始めよう」


 リフィールは剣を両手で持ち、構える。長めの剣で、切っ先を向けられると距離を感じた。

 よく見ると〈G・V〉という文字が刻まれていることに気が付き、俺は警戒を強めた。

 息子と親父の武器というおあつらえ向きの展開ではあるが、こっちはただの鉄のブーメラン。


 対してあちらさんの剣の素材は相当良質な物に見えるし、まともに打ち合ってちゃわりに合わない。

 受けようものなら一発で破壊される可能性さえある。


 なので、長いリーチを掻い潜りつつ武器を打ち込むのが作戦となるが、ここで俺は見積もりが甘かったことに気がつく。

 相手がフルアーマーなのである。手の先から足の先まで防具で覆われていて、鎧と鎧の隙間程度しか刃を打ち込む場所がない。

 顔は出ているが、頭部に武器を容赦なく突き立てるとなれば殺さない自信はない。


 ただ、考えに無かったことはそれだけじゃなかった。


「来ないのか?」


 俺は動く気配のないリフィールを挑発する。

 必要以上に距離を取り、構えたまま動かない。

 国の将来が懸かっているとはいえ、非常に消極的な戦法。

 それもその筈、彼の目には覇気が宿っていないのだ。


 数日刺客が送られていたことからおおよそ察しが付いていたが、彼は勝てる戦いだとは思っていないのだろう。

 そう考えれば数日前に〈バーサーク〉が発動してしまったのも、俺にとって悪いことばかりでは無かったのかもしれない。


「来ないなら、こちらから行くぞ」


 小細工はなく、真っ直ぐ。

 剣の射程ぎりぎりまで距離を詰めると、リフィールは慌てて退がりつつ見を続ける。

 だが、再び剣の間合いか否や、というところまで行くとリフィールは容易に剣を振るった。


 腰の入っていない、雑な斬り払い。俺はそれを一歩下がって避けると、リフィールが体勢を立て直す前に接近。

 狙うは脚。自らの脛をリフィールの脚へ、鎧の上であることも構わず打ち込んだ。


「ッ……!」


 バギャッ、という破砕音と共に傾いたのは…‥リフィール。

 蹴りは脚を覆う鎧を砕き、減殺されたもののリフィールをぐらつかせる程の威力を示した。

 俺は間髪入れず、再び同じ箇所へ蹴りを放つ。

 露わになった鎧の下のズボンの布地。今動きの止まった彼のそこへ打ち込むのは容易かった。


「っ…………化け……物が…………!!」


 更に体が傾くリフィールの眼は、魔物を見るようなものだった。


「化け物で結構」


 トンと押し出すようにリフィールの腹を蹴ると、無様にも背中から地面に落ちてゆく。

 俺には彼の気持ちが分からないでもない。過去、父やレナに散々打ちのめされた日々は辛く苦しいものだった。

 少しは妬みもしたが、研鑽の甲斐あってここまで辿り着いたわけだ。

 要は彼の努力が足りなかっただけ。この差は、その差だ。


「ぐああああああああああっっっ!!」


 俺は目に絶望を溜めながらまだ動こうとするリフィールを見て、露わになっている脚にブーメランの先端部分を突き立てた。

 折れている箇所を集中的に狙ってはいるが、意図したことではない。ようやくブーメランの使い時が来て嬉々として使っただけである。

 が、結果的に有用な使い方となった。


「使い物にならなくなりそうだな」


 腰を下ろしてしゃがみ込むと、脚に突き刺さったブーメランを押し込んでゆく。

 深く刺さるたびに呻き声が上がるが、さすがにギブアップの音は上げない。

 とはいえここから立ち上がるのは容易ではないだろう。痛みで剣も手放し、巻き返す手段はほとんどないと言っていい。


「だが誇り高きエルフにとって脚の一本や二本ぐらい、名誉の内だろう?」


 それでも俺は降伏しろとはまだ勧告しない。プライドを刺激して起き上がる気を起こさせないためだ。

 完全に戦意を失うまで徹底的にいじめ抜く。心が折れるまで、徹底的に。


「おっと」


 加減を間違え、ブーメランが深く刺さる。

 ──治癒魔法というものは万能ではない。完全に死んだ神経を復活させるには上級の治癒魔法を極めた人間ぐらいにしか出来ない。

 もしくは、その上の段階へ踏み込んだものだろう。


 だが、そんな神業に近い治癒は現代ではロストテクノロジーと呼ばれている。

 戦争も無くなって治癒魔法の機会が減ったのもあるかもしれない。

 あとは、攻撃職の進化。いや、進化というよりは……特化。

 結局高い攻撃力で敵を倒せるならそれに越したことはないわけだし、そういった戦闘は地味にならず達成感を得ることができる。


 攻撃力を高めて効率を求めた結果、治癒師の出番は減っていくわけだ。

 それは先手必勝の戦法に治癒師の必要性が失われてきたという意味と、相対的に防御力が下がってしまい人があっさり死んでしまうからだ。

 シトラぐらい判断が早い治癒師であればあっさりと死ぬ前にカバー出来るかもしれないが、それが何人いるか。


 つまり何が言いたいかというと、今武器を突き立てている脚も度が過ぎた加虐をしてしまうと治癒が困難になる。

 音を上げなければそれも仕方あるまいが、なるべく禍根は残らないようにするのがベストだろう。


 死を以って決闘を終わらせないのもそれが理由の一つだ。

 実力で勝つだけならまだしも、明らかに実力が離れている間柄で無駄に死者を出す行為は民衆などからよく見られないだろうからな。

 それは自分の保身というよりは、シトラの立場も考えてのことだ。だから拘っている部分も半分はある。


「さて」


 リフィールが手放した剣を回収する。

 見ただけで分かる、良質な剣だ。普段使っているのが大きな剣だということもあって、長いこの剣は馴染む。

 普段使わないなら貰い受けたいところだ。


「その脚はほとんど手遅れだし、いっそのこと切断しておいた方がいいんじゃないか」


 距離を取り、間合いを計る。

 剣を向けると、痛みに悶えていた彼の表情に再び恐怖が灯った。

 そこで少し思考の猶予を与える。今まで共にしてきた自分の脚が切断されるという現実を認識させ、恐怖を煽るためだ。


「ま、待て!」


 剣を振り上げかけていた俺に、リフィールが手の平を向けてくる。


「どうした?」


「分かった、降参しよう! だから……」


 その先は言わなかったが、意図は汲み取れた。

 だが、俺は剣を振り上げるのを止めることはなかった。

 事前に決闘は命のやり取りだと大口を叩いたり、盤外戦術を仕掛けてきたわりには今更脚一本が惜しいというのも、笑い事だ。

 彼には本当に脚を一本ぐらい失うのが良い薬なのかもしれない。


「だから、なんだ?」


 高く振り上げた長剣。握る力に手を込め、俺は一気に振り下ろした。


「ひいっ! やめてくれ……!!!」


 彼の悲鳴も虚しく、ズシャアッ! と一閃。弾け飛ぶ。

 ただ…………叩っ斬られたのはリフィールの脚ではなく、地面だったが。


「フン」


 俺は剣を地面に突き刺したまま、踵を返す。

 決闘の終わりを告げる審判は居ないが、彼の敗北を認める声は闘技場に高らかに響いた。

 誰が見ても彼の負けは明らかだし、これ以上続ける必要は無いだろう。


「……」


 やや消化不良のまま、俺は引き上げる。

 所詮は前座。ハンデがあっても盛り上がるほどの内容ではなかった。

 とはいえ。


「とんだ茶番だった」

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