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緊張を

「やっ」


 闘技場の関係者入り口の前で私達に手を振ったのはレナさんだった。


「怪しい連中は居たが、突如去っていったよ」


 なんでだろう? と首を傾げる彼女に、ラースさんが笑う。

 腕を一本折らせた効果は充分にあったらしい。決闘の最中に横槍が入ることに比べれば事前に怪我を負う程度、と考えるべきか。


「ま、そんなことより治療しないとね。さっさと医務室に行こう」


「いや、これはこのままにしておく」


「へ?」


 医務室へ行くことを拒否するラースさんに、普段は凛々しいレナさんも流石に間抜けな声を上げた。


「怪しい連中が引き上げていったってことはこの腕の怪我で折り合いが付いたってことだろ。治せばまた工作を仕掛けてくるかもしれないし、医務室の者が味方だとも限らない」


「折り合いがついた。骨折だけにってね」


 くだらない洒落を飛ばしたエルゥは総員スルーし、納得した表情のレナさんを連れて控え室へ入る。

 控え室は二箇所あるので、敵と顔を合わせることはない。

 人は警備員が一人居るだけで、静かな空間となっている。


 それが私の緊張を煽った。


「………………」


 設置されたベンチに腰をかけ、ふうと息を吐いた。

 手に汗を握っている。動悸が早くなる。必要以上に水を飲んでしまう。

 はたから見れば挙動不審だろう。大事な場面で上がるところは変わらないな、と自分の弱さを責めつつも震えが止まらない。


 私は今から父と殺し合いにも似た喧嘩をする。勝利までの道筋は頭の中で既に完成されているが、それでも不安は拭えない。

 ふと顔を上げると、レナさんとラースさんが話し込んでいる。彼に戦略は必要だとは思えないが、念のため練っているのだろうか。

 と、思いながら眺めていると突如、レナさんが私を指差した。


 あまりに小さな声で聞こえないが、ラースさんが渋い表情を見せている。

 目を閉じ、思考するような沈黙。その後覚悟を決めたような顔で、彼は私のもとに寄ってくる。

 物騒な得物は壁に立てかけ、私の隣にどかっと腰を下ろした。


「…………最近立て続けに展開が動いて、正直俺は困惑していた」


 愚痴っぽく語り出すが、彼の声は優しかった。

 パーティーを追い出され、新人と組んでダンジョンを制覇。単騎でSランクダンジョンに乗り込んだり、決闘に次ぐ決闘。

 短い期間にあまりにも詰め込んだ彼のストーリーは、確かに怒涛と言わざるを得ない。


「そんな中であまり頭を回す余裕は無かったが、数日ゆっくりとしていざ決闘を迎えた。するとなんだか事が進んでるんだな、って実感が湧いてきた」


 弱音にも聞こえるが、言葉とは裏腹に決闘の前に緊張しているような素振りはない。

 対して私は必死に平静を振る舞っているが、いざ決闘を直前に迎えて緊張に支配されている。

 もしや、そんな私を励ましてくれているのだろうか。


「いつまでも決断せずにはいられない、って思ったよ」


 彼と目が合う。固い意思が感じられるその瞳は、私のそれをしっかりと捉えている。


「シトラはこの旅路が終わった時、俺にその気があれば結婚してくれって言ったよな」


「いつの間にそんなこと」


 驚くエルゥを置き、私は頷いた。

 それに対してラースさんは、詰まる。何か言おうというのは分かるが、相当言いづらいような雰囲気だ。

 そんな中、話を進めたのはレナさんだった。


「でもシトラを選べばボクは世界の果てまで追いかけてどっちも殺すよって言ったの」


 にこにこ笑顔で、狂気的な台詞を吐く彼女に空気は凍りつく。

 一気に雰囲気は重く、先程までとは別のプレッシャーがのしかかる。

 私は彼女とやり合って立っている自信は、あまりない。その執念深さも考えると、生き延びられるとは考え辛い。


「おい、レナ」


 ラースさんは複雑そうな表情でレナさんに何か言い返そうとしたが、彼女は被せるようにして言う。


「とはいえ結局のところ、ボクはラースの愛があればいい。それならどっちも(めと)って平等に愛を注げば、問題ない話だよね。キミはどう思う?」


 私の考えを尋ねるレナさんだが、その目には一夫多妻を容認しろと、そういった圧力が感じられた。

 おそらく彼女はラースさんが言い淀んでいるのを見て悪役を買って出たのだろう。

 言い辛いのはそれもそう。誰が二股をかけてもいいですかという発言を言い出せるのか。


「……………………」


 黙り込む私。どうと言われても、正直な話道理がなかった。

 もっと険悪な仲であれば迷うが、数日共に過ごしてギスギスすることもなかったし、何も事がなければ共に穏やかな方だ。波長は合う。

 だから、私にとっては二股をかけられるというより……そう、なんというか。

 女性も好きな私にとっては、家族が増えることは好都合である。


「シトラ、レナに急かされて言う時期が早くなってしまったけど俺は中途半端な気持ちでは言ってない」


「ね、ね、ラースは愛くるしい私のことも好きでしょ?」


「これぐらいは好きだ」


 親指と人差し指で豆ぐらいのサイズを作ったラースさんに、ぷっつんして襲い掛かろうとするエルゥだったがレナさんに首根っこを掴まれる。

 〈プロミネンス〉を振り上げ、わりと本気の様相だった。

 このタイミングで無ければもう少し真面目に答えてくれたかもしれないが、時と場合を考えて頂きたい。


「此方こそ、それでお願い致します」


 深々と頭を下げる私に、隣の彼はほっと安堵の息を漏らした。

 彼が私にある程度好意的なのはわかっていたが、それが仲間としてなのか女性としてかのかどうかは判断しがたかった。

 なんであれば妥協点として愛人でも良いですよとこちらから進言するぐらいの覚悟だった。


「そうと決まればほら、甲斐性を見せてきてよ。あんなのさっさと片付けてきて」


「お、おう。じゃあそろそろ行ってくるよ」


 背中を叩かれたラースさんは、立ち上がって控室を出ていった。


「よっと」


 エルゥを解放したレナさんは私の隣に腰掛けた。


「どうだい、少しは緊張もほぐれただろう」


「えぇ、半ば忘れかけていました」


「おっと、それは困るね。言っておくがこの決闘、勝たないとボクはキミのことを認めないよ」


 出来るよね? と微笑むレナさんに私は強く頷く。

 私は私の未来を勝ち取るため、ここにやってきた。もうお父様の好き勝手には言わせない。

 必ず、勝利してみせる。

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