妨害
決戦の朝がやってきた。
隣ではすやすやと眠るミリカ。どうやら彼女はエルゥに認められるべく戦いを挑むつもりらしいが、多分完膚なきまでに負けるだろう。
私はベッドを降りると、洗顔とうがいをしてから着替える。
冒険に出かけるような動きやすい格好だ。エルゥやラースさんには露出が多すぎないかと言われるが、太ももが出てるぐらいがエルフの一般丈である。
その後部屋内でパンをかじり、紅茶を飲む。
決闘の当日だということで、警戒に警戒を重ねてこうすることは決まっていた。
まぁ、街中で買ったこのパンに毒が入っていたら仕方がない。
昨晩は暗殺者集団が来ていたようだし、こっそりと毒を仕込まれることも考えられなくはないが……奴等は私の方には手を出さない。
私の姉だという彼女がすんなりと退いて行ったのも、私だけは手を出さぬよう父に言いつけられているからだ。
ちなみに彼女に辿り着いた経緯は、エルフの騎士隊の団長を問い詰めたのである。
流石に軍部のトップとなれば暗部の方にも繋がっていて、噂によれば〈闇の守り人〉の首領が王の隠し子だとか、なんて話をしてくれた。
三人の隠し子の方については経理の部門を担当している大臣に押し掛け、過去の記帳を見せてもらったのだ。
すると不審な金の流れがあることに気がついた。父が隠し子の家庭を支援していたのだ。
名目上は国が運営する建築物の補修費だったり、組織の援助金だったり。
国営の組織とは役場やギルド、闘技場とかがそうだ。騎士団や暗殺部隊もそう。
そういったものは隠し子を潜ませるには絶好の場所になる。
「よし」
薄い外套を羽織り、部屋を出る。
ミリカは疲れがあるのか、まだぐっすりと眠っている。無理に起こすのも悪いだろう。
「ん……おはよう」
部屋を出ると、ラースさんが居た。
真正面の壁に背をかけ、腕を組みながら目を瞑っている。
決闘前、刺客に狙われる可能性があるにしては不用心だが、彼に心配は杞憂だろう。
「おはようございます、ラースさん。体調はいかがですか?」
「ばっちり」
ラースさんははにかむと、壁に立てかけていたGA・V印の武器を手にした。
決闘の時刻は当初決めていなかったが、後に向こう側から通達が来た。朝の活気が落ち着いた十時に開催すると。
今は九時。闘技場までは歩いて半時間ほどで、今から向かって待機するのが丁度いいだろう。
「ところで、エルゥとレナさんはどこへ?」
宿を出て、歩き出したところで違和感に気がつく。
「なんだか物騒な連中が居るみたいだからな。レナには先に闘技場に行ってもらって、エルゥは……そこらを見張ってる、と思う」
〈気配遮断〉を使えばその存在は気取れない。見張っているとはいえサボっていないかと不安なのか、ラースさんの歯切れは悪かった。
「そんなことより」
話は変わり、ラースはどうしても気がかりといった様子で私が居ない右隣に視線を向けた。
「彼女はご友人か?」
居て当然、といった様子で私達の横に並び歩く一人の女性。
エルフの耳に、それでいて肌のトーンは少しくらい。純粋なエルフではない、というのは一目瞭然だ。
背丈は私と同じぐらいで、スタイルもいい。どこか私に似ていて、懐かしい匂いを醸し出している。
「いえ、知らない方ですね」
「釣れないことを言うな。アタシ達は密接な関係、だろ?」
「らしいぞ」
ウインクでアピールしてくる女性に、私のこめかみに青筋が立つ。
素顔を見たのは初めてだったが、すぐに分かった。
昨晩ラースさんを狙った手先、その死体の処理をしに来た〈闇の守り人〉の首領。
確か名前はカヤだ。ただそれが本名かどうかは分からないが、と騎士隊の隊長は言っていた。
「…………なにをしにきましたの?」
冷静を取り繕えず、睨みながら言うと「こわいこわい」と茶化すカヤ。
彼女達がお父様から命を受けているとすれば、ラースさんを暗殺したり怪我を負わせること。
そのわりには敵意はない。人の目につくから抑えているのかもしれないが──危険な人物だ。離しておきたい。
「いやぁ、今日の決闘について物申したいことがあってな」
カヤの視線の先はラースさん。やはり、狙いは彼なのか。
「ちと、ハンデをつけてやれないか? 力の差がありすぎるように思えて仕方ない」
妙な提案で、さすがにラースさんも警戒を……していない。
持っている武器に視線を落とし、「これじゃハンデになっていないのか?」と聞き返した。
あまり実用性に長けていなさそうな武器を持ち出したとは思っていたが、足枷になる認識はあったらしい。
「やー、腕や足の一本ぐらいくれてやらないと厳しいと思うぜ」
そういったカヤの眼には覇気が宿っていた。
臨戦体勢。私は思わず身構えるが、ラースさんに腕で制止される。
「じゃあ腕を一本持っていけよ。俺の治癒力なら数日あれば治るし、好きにしろ。その代わり、終わったらあっちに行ってくれよ。
シトラがずっと迷惑そうな顔をしているからな」
この場を収めるなら安いものだと思ったのか、平然と片腕を差し出した。
出したのはちゃっかりと利き腕ではない左の方だが、それでも腕が一本使えなくなるというリスクはデカい。
付きまとう痛みで集中力も落ちるだろう。
まあ、そちらに関しては冒険者として最前線を走ってきた彼にとって日常的かもしれないが。
「くっ」
それを受けて笑みを溢すカヤ。
「いい男じゃねーか」
カヤはラースさんの襟元を引っ張り前傾にさせると、差し出された左腕を取りつつ飛び付いた。
そのまま腕を自分の方へと引き込み、あらぬ方向へ曲げんと力を加える。
「ッッ………………」
ラースさんの抵抗が無かったこともあってか、いとも容易く……音を立て、腕は折れてしまう。
ほんの一、二秒の出来事だった。
やはり警護はしていたのだろう、エルゥが止めに入ろうと駆けつけてきていたが、それさえ間に合わない手早い仕事ぶり。
「待て」
カヤの後方で〈プロミネンス〉を振り上げたエルゥを、ラースさんは折れた腕で制止した。
「む……」
エルゥは私達の話までは聞いていなかったのか、満足いかない表情で動きを止める。
そもそもカヤが近付いてきた時点で引き剥がして欲しかったが、口元に付着したケチャップを見る限り、ぼうっとご飯でも食べていたのかもしれない。
「やっぱりいい男だな。腕が折れたとはいえ決闘には楽に勝つだろう」
「待てっ!」
エルゥが制止をかけるが、カヤは距離を取る。
「ま、アタシは最低限仕事をしたし帰らせてもらうぜ。じゃあな!」
カヤは跳躍すると建物の壁に何度か着地し、屋根へと上ってゆく。
人の腕を折ったとは思えない爽やかな笑顔で手を振り、消えていった。
「…………むう、必死の警護も虚しくラースが負傷させられてしまった」
「口元触ってみろ。ケチャップがついているぞ」
「!!」
しまった! と慌てた口元を拭いたエルゥは、「これは警護のためのエネルギー補給が」云々と語り出した。
それを微笑ましそうに眺めるラースさんは、折れた腕で分かった分かったとエルゥの頭を撫でる。
先程から動かしているが痛くは無いのだろうか、という疑問もあるが折られた瞬間は大量の汗が噴き出していた。
流石の彼でも痛みはあったらしいが、声を上げなかったのは凄まじい精神だ。
「その、すみません」
「? 何故謝るのかは知らないが、必要ない。アイツとやり合えばもっと大事になっただろうし、それを考えれば安い怪我だ」
彼も勿論カヤの強さ……というよりは危険さだろうか。
それを感じ取っていたようで、腕一本の怪我は安いものだと笑う。
……背負わせるつもりで彼をこの国に連れてきたというのに、今更になって申し訳ない気持ちになってしまう。
だが、すぐに心を持ち直す。
申し訳ない、という気持ちは彼に対して失礼なのだ。
私のために傷つき、私のために戦ってくれる彼の好意に仇で返す、弱い感情だ。
「腕一本くれてやったんだ、これ以上の妨害は無いだろ。行こう」




