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暗殺者

「ふっ……!」


 皆が寝静まった頃、宿の前で〈プロミネンス〉を振るう。

 様々な魔物を、人を想定した動きを反復し、イメージを重ねる。


 食っては寝てばかり、と言われる私だが皆が寝た後にこうしてこっそりと体を動かしている。

 隠れて練習する意味は何故かって、それは単純。

 気恥ずかしいし、何よりサボっているように見えて皆に遅れず着いていくというのはドヤ顔できるだろう。

 そう、私はドヤ顔を繰り出す一心で陰での訓練を行なっているのだ。ふん。


 まあ、くっついて寝ているラースに関しては私が夜な夜なこそこそと抜け出すことに気づいているような節はある。

 とはいえ彼は追及してこないし、知っててもわざわざ茶化して来ないのでセーフなのだ。


「…………ん?」


 熱心に訓練する私の視界に、空を飛ぶ影が映る。

 誰も人が歩いていない夜中に屋根の上を駆ける、黒装束の怪しい軍勢。

 数は三つ。それらは段々と近付いてくると、私達が宿泊する宿の上で動きを止めた。


 まさかとは思うが、ラースを暗殺しに来たなんてことはあるまい。


 そう思いつつ私は〈気配遮断〉を使用し、陰からその様子を伺う。

 何やら窓から宿の中に潜入するつもりらしい。位置的には……丁度私達の方の部屋だろうか。

 中にはラースとレナが寝ている。二人なら寝ていようが心配無いとは思うが。


「おわあっ!?」


 “神風”が突如吹き、侵入しようとしていた黒装束を落とす。

 ついでに屋根の上で待機していた二人も“神風”が叩き落としてくれた。


「クッ……!!」


 着地は上手く取ったようで、三人はすぐに狙われたのかと辺りを見回す。

 宿の二階から落ちた程度では頑丈で優秀な戦士ならどうということはないのだろう。


「や」


 私はフランクに手を振りながら陰から出る。

 すぐに武器を構える三人衆。左から短剣短剣刀。奇襲目的に持ち運びの容易い物をメインとしているのだろうか。


「一つ聞きたいんだけど、ラースを殺そうとしてたの?」


 尋ねてみるが、返答はない。短剣を手にした二人が素早く距離を詰めてくる。


「ふうん」


 二人を観察しつつ、私は〈プロミネンス〉を握り直す。

 振るわれる刃物には、“殺意”が込められていた。

 速度自体大したものではなかったが、その圧に一瞬体が固まってしまう。


「……!」


 すぐに気を起こし、体を動かす。

 一歩二歩、と引きつつ突き出される短剣を避ける。

 真っ直ぐに向かってくるこの殺意。これから鑑みるに私の問いに対する答えはおそらく、イエスなのだろう。

 そして私は口封じの為に殺される。ただ、彼等の計算違いは。


「弱い」


 私が凡人でないこと。短剣の距離外まで素早く下がり切ると、〈プロミネンス〉の平たい面でまとめて薙ぎ払う。

 ミシ、という音。そして何かを砕いた感触。

 少し加減はしたが、吹き飛ばされた二人は動けない程のダメージを負ったらしい。


「もう一度聞くけど、ラースを殺しに来たの?」


 残された一人は二人の惨状を見ておいて逃げる素振りもなく、刀を構える。

 ……コイツはそこそこ出来る奴だ。


「そうだ、と言ったらどうする?」


「んー、どうしよう」


 ほとんどイエスだととれる解答に、私は頬をかく。

 エルフの国にきて、ラースが決闘することになった。

 決闘が近付くにつれ彼が人を殺す可能性があるという認識が深まり、私は複雑な気持ちになった。


 最大限の努力はするが、折り合いが付かなければ命を取る。

 本当にそれでいいのかと疑問を持つのは人として当たり前の感情だと、私は思う。

 理解は出来ても、納得はいかない。


 だけど。


「やっちゃうか」


 いざ大切なものに手がかかれば、人のタガは外れる。

 彼が、仲間が殺されるなら私だって人の命ぐらい奪う覚悟を持つ。


 いや、持ってしまう。


 自分の中に生まれた殺意に、どこか達観した自分が居るのはやはり納得していないからだろう。

 だが、そんな本心とは裏腹に体は突き進む。

 目の前の敵を屠るべく、前進する。


「ガキにしてはやるようだが……所詮それまで!」


 刀を構えたまま、後方に二つの魔法陣を出現させる暗殺者。

 構築速度を見るに魔法にも長けているが──


「本命はこっちでしょ」


 体を横にスライドさせ、頭上から迫りくる闇の刃を避ける。

 その後に二つの魔法陣が発動するが、闇の塊を飛ばすだけの簡単な初級魔法。

 更に回り込んで、旋回しつつ距離を詰める。


「クッ、何故わかった!?」


「私はお前ら凡人とは違う特殊なセンサーを積んでいるの。いかなる奇襲も私には届かない」


 慌てふためく暗殺者に格好良く吹いてみせるが、実際は何でもない〈魔力感知〉による警戒網が報せてくれただけ。

 特殊なセンサーがあるというのは事実なので嘘ではないのだけど。


「〈サイクロン〉!」


 走る最中に魔法を構築、そして発動させる。

 〈サイクロン〉は風の中級魔法。通りを吹き抜ける一陣の風が、私と暗殺者の体を宙に浮かせる。

 ──私の魔法は決して派手ではない。上級魔法を使用しないし、攻撃のために魔法を放つことは少ない。

 だが、必要ないのだ。上級魔法を覚えようと本を読み漁ることもあるが、私の高い身体能力があればサポート用の魔法で、充分に勝つことができる。


 突風でバランスを崩す暗殺者と、“風に乗る”私。

 跳躍しつつ風の後押しを受けることで加速度は増し、その中で体勢を整えながら──〈プロミネンス〉を引いた。


「すまない」


 突風に耐えきれずついに尻餅をついた暗殺者に、私は一つ詫びを入れた。


「お前は、殺すかもしれない」


 若干頭に血が上っている私の腕には、過剰な力が篭っていた。

 空中で回転を加え、遠心力と共に打ち出される一撃は暗殺者の脳天を……。


「!!」


 砕くことは、なかった。

 空中で突如腕が拘束され、〈プロミネンス〉が打ち下ろされることはなかった。

 私は暗殺者の頭上を通り過ぎ、ごろごろと地面を転がる。

 一体何が起こったのかと振り返ると、視線の先には意外な人物が留まった。


「シトラ!」


「随分と遅い帰りになってしまい、申し訳ありません」


 つかつかと歩いてくるシトラ。彼女は逃げ出そうとした暗殺者の首をその長い脚で刈った。

 首の側部を捉えた蹴りの威力は、私が目で追うのがやっとだったことを考えると相当なものだろう。

 暗殺者は首を嫌な方向に曲げたまま、倒れた。


「危うく殺してしまうところでしたわね。貴女が手を汚す必要はありません」


 心なしか、苛立った様子のシトラ。今日の調べものの収穫が芳しくなかったのだろうか。

 しかし私を止めてくれたのだろうが、結果的に暗殺者は死んでいる……ように見える。

 私が手を汚す必要が無いかもしれないが、彼女だって人を殺す必要は無い。


「おっと、話を聞き出さないと行けませんわね」


 シトラが唱えたのは中級の治癒魔法。暗殺者の首はあるべき直立に戻り、息を吹き返す。

 死んだように見えたが、何とか生きていたらしい。

 放置していたら間違いなく死んでいただろうが。


「む……」


 暗殺者の顔のほとんどを覆う衣装をひっぺがしたシトラは、身を引いた。

 すると刹那、暗殺者は血を吹き出し……そのまま動かなくなった。


「これは、自殺したの?」


「そうらしいですわね。あちらのお二方も同じようですし、話は聞けないでしょう」


 人が目の前で死んだのにもかかわらず冷静な分析をするシトラに、少し背筋が凍る。

 ただ、私もあまりにも呆気ない幕引きに事態が呑み込めず、意外と冷静で居た。


「残念です」


 そう言ったシトラの表情は、先程から変わらず怒りに満ちていた。

 眉間にシワをよせ、心底不快そうな眼で暗殺者を見下ろす。

 こいつを送り込んだ主はやはり、ラースの決闘相手であるリフィールとやらなのだろうか。

 そんな私の推察を見抜いているかのように、シトラは首を振った。


「この者を送り込んだのは、おそらくお父様ですわ」


「シトラの?」


「ええ、おそらくリフィール・ゼロヘブンでは動かせない領域ですわ」


 そう言ってシトラはおもむろに頭上に視線を向けた。

 遥か頭上より飛来する何か。思わず私は身を引き、シトラも同じように数歩退がる。

 数秒後、黒煙と共に“それ”は降り立った。


「どこの国にも暗い側面はあるものです。私も話でしか聞いていませんでしたが、〈闇の守り人(ダークガーディアン)〉と呼ばれる暗殺者集団があると」


 黒煙が晴れると、既に暗殺者の死体はなく……“それ”がただ、佇んでいた。

 人の姿をした“それ”は素早く私達の前を横切り──向こうに転がっている暗殺者二人の死体の側へ。

 そして“それ”は再び黒煙を発生させた。


「暗殺者集団、ね」


 私はプロミネンスを置き、腕を組む。


「たしかに、アレはリフィール・ゼロヘブンより上の段階にいる」


 刀の男も相当腕利きだったが、今こうして死体を処理しに来たこの人物は格が違う。

 ラースが〈バーサーク〉を発動させた時のような圧だ。

 つまり、人の理を踏み超えている。私達が束になって抑えられるかどうか、といったところだ。


「でも、それだけですわ」


 腰に手を当て、不機嫌そうにぼやくシトラ。

 少し様子がおかしい。今やってきた人物に敵対心を燃やすような視線だ。


「何やらアタシ達の事をこそこそと嗅ぎ回っているようだけど」


 黒煙から出てきた暗殺者は私達に近付いてくる。

 意外なことに、その人物は女性だった。低く、落ち着いた女性の声。


「知らない方がいいこともあるよ、シトラフィア王女」


 シトラと同じぐらいの背丈の女性だ。互いに見合うと、ぴりぴりとした雰囲気を展開する。


「あら、私は暗殺集団のことを調べていたわけではありませんわよ。調べ物の行き着いた先の一つだっただけで、自意識過剰を持たれても困りますわね」


 相手は間違いなく化け物。だがシトラは引かず、前進してゆく。

 ぽよん、と四つの大きな玉がぶつかる距離まで二人は歩み寄った。

 二人の胸が暴れる光景に「おぉ」と声が出るが、そんなことよりも……シトラは喧嘩腰で大丈夫なのだろうか。


「私は貴女には、興味ありませんからね。お父様との戦いにおいて何の役にも立たないですし、この先の生において関わってくることもないでしょう」


「そうか? アタシは随分とアンタに意識を向けられているような気もするよ。どうしてかな」


「さあ、知らないでいいこともあるんじゃないですか」


 ガンの飛ばし合いに、距離の詰め合い。顔まで近づき、最後は二人の額が触れ合う。

 こ、ここまであからさまに対抗心を燃やすシトラは初めてだ。何か因縁があるのだろうか?


「フン、まあいい。王女様が間に合った以上、人間の暗殺は分がわりいし、ここらで引き上げさせてもらう」


 暗殺者は踵を返し、去ろうとするが……何が言いたげに振り返る。


「忠告だ。王は追い詰められるとこういった強硬手段にも出る可能性はある。アンタが突き止めた通り、“代わりは居る”からな」


 王女の代わり、というのは他の後継ということだろう。

 シトラは唾を飲み込み、一拍置いて。


「それは、私の姉である貴女ですか」


「アタシじゃ無理だ。アタシは半分人間の血が入ってるからな。

 人間にエルフの国のトップは務まらねえ。それが歴史であり、文化だよ」


 そう言い残して、シトラの姉だという暗殺者は去っていった。

 残された私とシトラの間には奇妙な間が生まれる。

 彼女にはこの一日で何か色々とあったのだろう。空気が読めない私でも声をかけづらい雰囲気だ。


「つまり、どういうこと?」


 だが、聞く。


「ウチの父親は思った数倍浮気を重ね、ぽこぽこと隠し子を産んでいたということですよ。私がしばらく国を開ける間の代わりでも探そうとしていたのですが、彼女以外に三人も見つかってしまいました」


 呆れたようにため息を吐き出し、肩をすくめ、困った様子でシトラは宿に戻ってゆく。

 さ、三人の隠し子。そりゃ機嫌も悪くなるはずである。


「…………」


 隠し子と聞いて思い出したのは、父の顔だった。

 アイツは暑苦しいからモテないし、母一途だし……もし浮気なんでバレたら土下座じゃ済まないだろうから、やらないはずだ。

 アレが父でよかったと思ったのは、エルゥ・グランダーソンの生涯で初めてのことであった。

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