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狂気が与えたもの(2)

「はああああぁぁ……」


 椅子にどかっ、と腰掛けたミリカから深い溜息が漏れた。

 糸の切れた人形のように体勢は崩れ、アホ面で視線を泳がせる。

 糸どころか事切れる寸前にも見えるが、飯を食って風呂に入って寝ればいつもの元気な姿に戻るだろう。


 と、思いつつ卓に運ばれてきたカップを手に取る。

 ここは飯が出る。なので俺達は食間の一角に座り、待機しているわけだ。


「ミリカは見ての通り。私もあまり進んでないといったところで、そちらの進捗はどうですか?」


 シトラに尋ねられ、俺はエルゥと顔を見合わせる。

 今のところ俺達はエルフの国を満喫しているだけだ。進捗という進捗は無く、どうですか? と言われても首を傾げるしか出来ない。


「今日、ラースが敵の脅し方を失敗した。何かしら警戒させてしまったかもしれない」


 唯一報告することがあるとすればこれだろう。やらかした俺はエルゥの横で縮こまり、すみませんと平謝りする。


「〈バーサーク〉の時のラースさんの気配を感じたので何事かとは思いましたが…………ま、大丈夫だとは思いますよ。

 王族や貴族はプライドの塊ですから。闇討ちや毒を盛るようなことはしてこないと思いますわ」


「なるほどな」


 それなら安心だ、とカップを口に近付ける。

 エルフの国の飲み物はあまり人間に合わないのかもしれない。どこか臭みを感じる。

 粗悪な茶葉でも使ってるのか、と思いつつ一口。

 うむ、やはり不味いし舌が痺れる。


 ……舌が、痺れる?


 俺はカップを置き、給仕役として忙しなく動き回っている、宿の看板娘だというローレンの方に視線を移す。

 何か変な物が混入しているかもしれない、とは言えない雰囲気だ。


「……!」


 ローレンと視線が交差するが、不自然に顔を背けられる。

 もしかすると変な物を入れているという自覚はあったのかもしれない。とはいえ先程やらかしてしまった俺だ、ここで事を荒立てると申し分けがつかない。


 俺が不味いのを我慢すればいいだけだし、と再びカップに視線を落とす。

 右に座っているエルゥや左のレナのカップに入っている飲み物と比べるとやはり、色素が悪い。

 これをエルゥやミリカが飲んで不味いと暴れ出すのを回避できただけでも御の字と考えよう。


「お待たせしましたー」


 少ししてローレンが移動式の台のような物を持って来て、そこに置いてある料理を俺たちのテーブルに並べてゆく。


「どうぞ、ごゆっくり」


 一礼して去ろうとするローレン。


「お待ちください。ローレンさん、でしたか?」


 そんな彼女を、シトラが止めた。

 怪訝な目。いつになく厳しいオーラを放つシトラに、皆固唾を飲む。

 どこか怒気を孕んでいる。ローレンの作法でも気に障ったのだろうか?


「ラースさんに飲食を差し出すときだけ緊張で体が固くなってますわね。それに、彼だけ先程から他とは“違う”物を出されているような気がしますが、何か意図がありまして?」


「いや、あの、その…………」


 指摘されたローレンはあたふたと挙動不審な様子を見せる。

 言われてから俺の前に置かれたシチューに視線を落とすと、たしかに飲み物同様変な臭いがする。


 これに意図があるとすれば、俺個人に対する嫌がらせだろうか。

 昼間にS級冒険者が言っていた通り、俺をよく思わない者はたくさん居るはずだ。彼女もその一人なのかもしれない。


「いいよ、シトラ。全然食べれるし」


「しかし……って、警戒も無しに口にするのは……!」


 制止しようとするシトラだが、俺は気にせずスプーンでシチューを掬い、口に放り込む。

 ローレンにはさっさと行け、と手でジェスチャー。

 彼女は一瞬戸惑った顔を見せたが、再び頭を下げて台車を引いて去っていった。


「心配するな。たとえ毒物が入っていても俺にゃ効かないんだよ。そういうのは粗方耐性を付けた後だ」


 平然とシチューを口にする俺に、シトラはそういう問題かと不満げな表情を見せる。

 パーティーの最前線を常に走っていた代償というか、敵の毒を食らう機会は多かった。


 その度治癒師のクレアに世話になったものだ。毒と治療の繰り返しの末、ギフトに〈毒耐性〉が追加されるという、嬉しいのか嬉しくないのかよく分からないものが付いたが……。

 こんなところで役立つとは思わなかった。おかげで毒に関しては気にせず食べられる。

 下剤とかを仕込まれると少し困るかもしれないが、直前でなければ持ち前の自己回復力の高さで何とかなるだろう。


「ただ、皆は気をつけてくれ。俺への嫌がらせに留まらず皆にも被害が及ぶかもしれない」


「そんなヤワな連中じゃないでしょ、私達は」


 ふんっ、と無い胸を張るエルゥ。続いてレナも白い歯を見せ、叩き潰してやると頼もしい姿を見せる。

 初めは不満を表していたシトラも、ふっと笑う。

 俺個人への嫌がらせは諸事情あって慣れているが、仲間に危害を加えられるとなれば泣き寝入りするつもりはない。


 ……泣き寝入りするつもりなかったのだが、この様子ならそもそも心配することもないらしい。


「わっ、わわわ私が襲われたらどうしましょう!?」


 と、思ったが不安なのかミリカがパニックになる。


「べつに、いいんじゃない。嫌なら城に帰れば?」


 やはりパーティーに入れることに抵抗があるのかエルゥが冷たくあしらうと、火が点いたのか「帰りませんっ!」と力強く返してくる。

 個人的には毒より彼女の唾がぽちゃん、と入ったスープを飲む方が嫌なのだが、残すのもアレなので割り切って口に運ぶ。


「わ、私は何者にも屈しません!」


「その意気なら明日からの訓練も頑張れるね。さあて、ハードなスケジュールを考えないと」


「訓練は屈するのでもう少し緩くしてください!」


 威勢のいい意気込みも束の間、弱々しいミリカに戻る。

 いくらまだ仲間ではないとはいえ、彼女を人質に取られた場合は俺も迷うだろう。

 なので今の布陣で唯一突ける穴であり、ウィークポイントとなる。


 決闘までの残り時間、彼女をどのようにして守るかというのは案外重要になってくるしれない。

 つまるところ逆キーパーソンというか、お荷物というわけである。


「ただ、私生活では任せてください! シトラフィア様の身辺を常に見張ってきた私の眼力、刺客や毒の気配などすぐに察知しますよ!」


 目をかっと見開いてアピールするミリカに不安を覚える。

 眼力を物理的にアピールしている時点でどこか抜けているだろうに。

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