狂気が与えたもの
「はぁ……っ、はぁ…………ッッ!!」
「ふっ、まだまだであるな」
王城の一室。広く面積を取ったこの空間は兵達の訓練のためにある。
そこでスペースを取り、久々に剣を振るう。
体の感覚はまだまだ現役の頃には戻っていない。
目の前で膝をつくリフィールを見下ろしつつ、ワシは休憩にするかと剣を鞘に収めた。
今のエルフ国最強の剣士がこれとは、実に嘆かわしい。
懐古しても老害と罵られるかもしれないが、戦争が世界中であった当時は更に屈強な戦士が居たものだ。
平和なエルフの国では冒険者も兵もレベルが下がっている。
それは良い証拠なのかもしれないが、再び乱世が起こった時のことを考えると……頭が痛くなる。
壁際まで歩き、腰を下ろして他の兵達の訓練の様子を眺める。
王である自分の前だからか張り切っているが、空回り感は否めない。
このような時に自分の剣技ができない者が、実戦で出来るのだろうか?
不安は増すばかりである。
「…………!」
突如城の中に走った“殺気”のような何かにその場に居た全員が手を止めた。
鈍っていた体が飛び起きる。咄嗟に剣を抜いて身構えるが、大きな波動が此方に向かってくる気配はない。
万人が振り向き、万人が臆するような、それは負の感情とは少し違う、もっと純粋な──威圧感。
それが発せられたのは僅か数秒の事で、静まり返っていた訓練場内もやがてざわつき出す。
禁忌の魔術? それとも古代の悪魔?
何にせよ、危険な力を持った何者かがこのエルフの国に侵入している。
兵を出し、調査に向かわさねば。そう思った矢先、訓練場に一人の兵士が飛び込んできた。
そいつはワシが娘が連れてきた結婚相手を見張るように仕向けた、今の軍では精鋭に数えられる男、シュガー・ブリンソンだった。
「ッッ………………!」
シュガーはワシの前まで走ってくると、息も整わないまま何かを伝えようと口をパクパクさせる。
「よい、落ち着いてから話せ」
彼の必死の形相はただ駆けてきたから、にも思えない。
シュガーは膝に手をつき、ゆっくりと息を整えた後……先程大きな気配が感じられた方向を指した。
「国王……! 例の、例のシトラフィア様の婚約者…………! 奴は化け物です……!!!」
「何かあったのか?」
シュガーはこくりと頷いて、事の顛末を話す。
まず、メイガス・イーベルスが彼の……ラース・ゼーノルトの前に立ちはだかったと。
数秒のやり取りの後、何故かゼーノルトが怒る様子を見せ、威圧感のみでメイガスから戦意を奪った。
メイガスも立派なSランク冒険者。レベルが低くなったとはいえ、紛い物には“S”の称号は与えられない。
ただ、シトラフィアが連れてきた結婚相手だ。それぐらいやってもらわねば困る。
一番驚いたのは、その程度があまりにも突き抜けていること。
先の悪魔的威圧感を放ったのが本当に彼だとしたら、おそらくその実力はリフィールは勿論、ワシよりも格段に…………。
「……………………」
そこで考えるのを辞めた。
「リフィール、先の気配はどうやらお主の決闘相手らしい。やれるか?」
ワシは未来の息子候補だったリフィールの肩をぽんと叩く。
「勿論、勝ってみせます」
その頷きはどこかぎこちなく、いつもの自信に満ちた瞳は輝きを失っていた。
踵を返すと、訓練場を後にすべく部屋の出口へと向かう。
強ければ王族に相応しいわけではない。純血のエルフとして知性、武力を兼ね備えており、国民が認めるカリスマ性がなければ統べる者となり得ない。
──今までの常識は、そうだった。
「……シトラフィア、お前の勝ちだ」
まさしくエルフの国の歴史をぶち壊しうる人物。
知性やカリスマはまだ未知の領域だが、強さだけでも国を征する凄まじさが、ラース・ゼーノルトにはある。
最早リフィールの瞳は敗北を物語っており、決闘をするまでもなく勝負は決した。
ただ、ワシが敗北を認めるのは“結婚相手”を選ぶ眼力だけ。
ワシ等の決闘の勝敗だけは譲れない。
決闘に賭けられるものはシトラフィアの自由。ワシが負ければ金輪際彼女の生に口を出さないという取り決めだが、勝てばまだ……恥を捨ててでもゴネる機はある。
「む……」
視線の先に使用人と話すシトラフィアの姿があり、反射的に身を隠す。
ここ数日、城の中で何かを探っているような様子が見受けられるが、無駄だ。
弱みか何かを探しているのだろうが、そう簡単に見つけられるようなものならワシの王位はすぐに失落している。
エルフの国の歴史、そう易々と壊させはせん──!!
◇
結局俺とエルゥは日中図書館で過ごし、帰路につく。
エルゥは上級の魔法を覚えたいと言って本を漁り、俺は何か拷問に役立つ本がないかと物色していた。
あってもほとんどが決闘の場で使えるような物ではなかったので、エルフが貰うギフトの傾向という本を眺めていたら数時間経っていた。
一切決闘に向けて有益な時間が取れていないが、時間はまだまだある。
それに、Sランク冒険者らしい男を退かせてから陰から見る気配は大分減った。
帰りにはほんの数個しか感じず、視線で牽制を入れると退散していく。
気味は良いが、やり過ぎたかもしれない。
俺の力を危険だと判断すれば監視に留まらず闇討ちなんて手段に出てくる可能性もある。
油断してくれる程度の適度な強さを見せるのが狙いだったが、いきなり爆発してしまったものは仕方がない。
「おっ、レナ。精が出てるみたいだな」
「精が出てるっていうか、生が抜けかけてるけど」
宿に帰ると、道端でレナと……仰向けに倒れているミリカが居た。
全身が汚れており、至る所にアザのようなものを作っている。
一ミリも動かず、ぽかんと口を開けた姿。たしかにこれは今にも魂を吐き出しそうな半死人の様子である。
「近くのダンジョンで魔物を倒して回ってるけど、どうにも要領が悪くてね。地頭は悪くないけど、実戦の経験が不足し過ぎてる。期日までに仕上がるかは約束できないかも」
まったくダメダメ、と呆れ顔のレナ。
べつに急がずとも今後連れ回して経験を積ませればいいと思うのだが、最低限にすら達しないと判断されているのだろう。
倒れているミリカを見てエルゥは「最低限動けるようにならないと連れていかない」と口にした。
本人も駆け出し冒険者なのにそこまで言うことは無いと思うが、ミリカのウザさも加味すると言う通り、最低限は使えるようになって欲しいものだ。
「ん、シトラ」
エルゥが丁度帰ってくるシトラに気がつき、遠くを見渡すような仕草をする。
その足取りは重く、考え込むような表情。
ただ、俺達に気がつくと柔らかな笑みを見せた。
「あら、待たせましたか?」
「や、俺達は今帰ってきたところだよ。何か進歩はあったか?」
「芳しくありませんね。中に入って話しましょうか」
シトラがそう言うと、「腹ペコ」と言ったエルゥが真っ先に宿に入っていく。
続いてシトラにレナ。俺が入ろうとするが、何者かに足首を掴まれる。
「わ、忘れないで…………」
ボロボロの状態のミリカである。俺は溜息を吐き出して、彼女を抱え上げた。
お姫様抱っこで持ち上げたので何か言われるかと思ったが、覚悟していた怒号は飛んでこない。
ただ、悟りを開いた僧の如く虚空を見つめるだけ。
俺には彼女が期日までに仕上がるか、ということより期日までに生き延びられるかが心配である。




