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ミリカの受難

 エルフの国に戻り、四日目。

 シトラフィア王女近衛騎士の私は何故か、壮絶な訓練の中にあった。

 名門バーン家の次女に生まれ、不自由なく過ごしてきた。

 昔から王女とは良い間柄で、彼女の剣に、盾になると誓ってからは騎士の訓練を受け始めた。


 早朝からハードなスケジュールで繰り返される訓練の日々に苦しんでいたが、周りの者より才能がある方だった私はすぐに強くなった。

 が、そこまでで頭打ちだったのだ。結局一線級にはなれず、早熟で終わり。

 それが私の限界か、とひそかに抱きつつ大国〈テルスタン〉が誇る最強の騎士との訓練が始まって三日目。


 ──理解した。私が限界を迎えていたと思い込んでいたのは、“単にぬるま湯で過ごしてきたから”に他ならないということを。


「さ、行こうか」


 〈雷鬼姫〉レナ・ギルフィの爽やかな笑顔で朝はやってくる。

 時刻はまだ五時。なのに何故か既に一走り終えた彼女は、今起床して着替えたばかりの私の肩を叩いた。

 早朝から始まるランニング。果たして意味もあるかわからない走り込みという古典的な訓練だが、彼女のものは一味違う。


 最早ダッシュである。彼女の後を着いていくのが精一杯だが、止まれば雷撃が飛んでくる。

 初めに掲げられた私の問題点は“見るからに馬鹿”というもので、主に戦術面に関する指導が行われるのかと思いきや、まず二時間走る。

 全力で。


 ただ、昨日の疲労は無い。エルゥに勧められてドスケベハーレム男のマッサージを受けたからだ。

 初めはあのハーレム男に身体を触られるぐらいならそのまま朽ちた方がマシだし、公的な場所に行くと拒否したが、疲れもあってうんと頷いてしまった。

 それが思いのほか良く、二日続けてやってもらっている。奴もたまには役立つものだ。


「はっ……ふっ…………ふぅー」


 二時間にもわたるランニングが終わり、息を整える。

 途中で買ったパンをガツガツと頬張り、剣を抜く。

 ここまでは準備運動。街の外の森までやってきた私はいつもの愛剣を、レナさんは訓練用の木剣を手にした。


「よろしくおねがいします!」


 マトモに呼吸が出来る様になったところで、訓練開始。

 距離も私より走っている筈なのに、息一つ乱さず平然としている姿に、それだけで気圧されてしまう。

 何故彼女はここまでに至った? という疑問が頭に浮かぶ。


 計り知れない領域に立つ彼女に尊敬の念を抱くと同時に、嫉妬心もあった。

 私の想いがそこまで温いものだったとは思えない。

 彼女と私の騎士としての差は、才能? それとも、何か他に要因が?


「ぎゃっ…………!」


 実戦的な訓練が始まって牽制を交わす私達だったが、雷撃を受けて跳ねる。


「“余計な”邪念だね」


 この戦いでは互いに魔法の使用を許可されているが、ハンデとして彼女は基本的に使用することはない。

 だけどぼうっとしていると、こうして雷魔法が飛んでくる。気の緩みは彼女には隠し通せない。

 体の痺れから立て直すと、再び向き合う。


 邪念ではなく余計な、と指摘するのは彼女自身邪念を肯定しているから。

 邪だろうが何だろうが、前向きに走れるものならいいと言っている。戦場で動きを鈍らせないものなら良い、というものだ。


 かといって余計な感情を持たずに突っ走っても怒られるので、難しい。

 昨日、ダンジョンにて特攻した私は魔物の前で雷撃を喰らわされた。苦い思い出だ。


「はっ!」


 ちまちま牽制するのも性に合わず、勢いよく踏み込むとそのまま長剣を突き出す。

 ──と見せかけてやっぱ止める。

 途中までは本気で打ち出した一打、少しは釣れるかと思いきやレナさんは微動だにしない。


 安易に一撃を放って避けられ、木剣で叩かれるパターンは昨日嫌というほど経験した。

 その経験が私の攻撃を止めたのだ。

 バカだのアホだの、ワームと同じ程度の知能だのと散々罵られてきた私だが、使う脳みそはある。

 教養はあるのだ。実戦になると慌てて少しパーになるが、冷静でいればかしこちゃんなのである。


「〈フレイム・ネイル〉!」


 一歩引くと、体を半回転。剣を握っていない左手を溜め──引っ掻くように繰り出すは火の中級魔法。

 五つの炎の線が、爪に引っ掛かれるような軌道で繰り出される。

 ちなみにエルフの森の草木は聖なる魔力に守られており、燃えない。耐久力もある。

 森に囲まれた国が攻め落とされないのは、それもあってのこと。


「くっ!」


 炎の線がレナさんに降りかかる前に左に回り込まれる。

 左手は振り下ろしたところ。防御も何も出来ないような状況だが……私は火魔法、特に接近戦のものに関しては多芸だ。


「〈フレイム・ソード〉!」


 火の初級魔法による、炎剣を手にする。

 直接触れると熱いので間を空け、しかし剣を握るようなポーズで斬り返すように振るう。

 奇襲気味に放ったはずの一太刀。それさえもレナさんは見切り、冷静に距離を取る。

 状況は振り出しに戻ったように見えるが、結果的には私が消費した魔力の分だけ損をしている。


 さらに、息もつかせぬ追撃。木剣なのに一撃一撃が死に直結するようなイメージを見せる。

 実際、彼女の腕力と剣術があれば木剣だろうと並の生命体の頭蓋骨を粉砕できるし、肉を断ち切ることが出来る。

 だからこそ私は真剣になって避ける。時に受け流し、反撃の機を伺う。


 が、反撃の機はやってこない。私の身体能力や反射速度では彼女の攻撃についていくのが精一杯なのだ。


「相変わらず、避けるのは上手いね」


「隙ありっ!」


 無駄口を叩くレナさんに、好機とばかりに細剣を突き出す。

 仮にジャストミートしようが彼女の体は雷の魔力で帯びていて剣が通らない。これは昨日説明され、試し突きするとその通りだった。

 それどころか私が痺れる。正直、無茶苦茶だ。この人はどうやって倒すのか。


「あぁ、そうだね。隙ってのはこうやって作り出すものだ」


 死なないのだから当たってもいいだろうというぐらい渾身の一撃だったのにもかかわらず、ひらりと避けられる。

 昨日色々と話をし、こんなことを聞いた。

 数日前にあの人間マッサージ機とレナさんが決闘した際、舌戦で心理的な揺さぶりを狙ったらしい。

 効力はなかったと笑いながら語っていたが──私はまんまと彼女の“お喋り”に釣られたわけだ。


「あだあああああああああっっっ!!!」


 エルフの国の森に私の悲痛な叫びが響く。

 すこーんと、一閃。頭部を木剣が打ち抜き、脳が揺れた。

 ぐるんぐるんと視界は一転。体が後方に倒れてゆき……空から差し込む木漏れ日が目に入る。


 仰向けに大の字で倒れた私だが、数秒目を瞑ると、叩き起こされる前に立ち上がる。

 ぼさっとしていると喝が入る。こういった再起だけは早くなった。


「そういやミリカは何で細剣を使っているの?」


 私のダメージの具合を見て気遣ってくれたのか、単に疑問に思ったのか。

 一度手を止めたレナさんが尋ねてくる。


「これは…………」


 愛剣を眺め、頭の中で思い出を振り返る。

 これを使う理由は私個人の思い入れであって、実践的なものではない。言うと使うのを辞めさせられるだろうか、と思うと口に出せない自分がいた。


「や、否定してるわけじゃないよ。軽いってのは利便性として十分だし、今はまだ反射神経やミリカ自身の速度が足りないけどギフトのレベルが上がればもっと使いこなせる。

 でも、普通は剣を持たされるんじゃないかと思ってね」


「初めはそうでした。でも、比較的力が無い方なので、そんな私を見て貴女には重い剣より軽い物が似合う、と言ってシトラフィア様がくださったんです」


 言うとレナさんは「ふっ」と笑う。

 ……やはり最上級の騎士である彼女から見れば思い入れで武器を持つのは笑い事なのだろうか。


「良い理由だね」


「へ?」


 意外や意外。レナさんは木にかけていた自分の剣を取ると、私の前に持ってくる。


「ボクだってラースとお揃いにする為に自分の剣を作ったのさ。同じ材料を自分で探して、同じ職人に依頼した。このエピソードを話すと引かれちゃうんだけどね」


「そ……そんなことありません! やっぱり、大切な人の思い入れがある武器っていうのは、凄く素敵だと思います」


「そ、そうかい?」


 照れるレナさんの姿が珍しく、不覚にもキュンとする。

 まぁ、あの男の何がそこまで彼女を惹きつけるのかは分からないが。


 …………と、言いたいが本音はなんとなく理解している自分がいる。


 基本的には大らかだし、私のマッサージだって嫌な顔せずしていた。平然と毒を食べる姿は若干シュールだったが、あのタフさは頼りになる。

 何より、シトラフィア様のために命を投げ出してくれている。


 私との決闘もそうだし、リフィール・ゼロヘブンとの決闘もそう。

 〈バーサーク〉というらしいあの恐ろしいオーラを見れば勝てる決闘だというのは一目瞭然だが、それでも命のやり取りをする場に立つわけだ。

 他人のために。


「何にせよ、誰かの為に剣の道を進んでゆくってのは良いことさ」


 鞘に入った剣を再び木に立てかけると、レナさんは木剣を握り直した。

 その通りだ。私は彼女との訓練を乗り越え、シトラフィア様を守る剣に、盾になる。

 どれだけ辛かろうと……!


 そう決意して数分、再び私は木剣に打ちのめされ意識を飛ばすのであった。

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