それぞれの準備(4)
早速と店に移動し、中を拝見。
戸締りをしていないのは実に不用心だ。見る人間によっては宝物庫だろうに。
「ほう、息子の店とは…………」
ラースは言いかけて、止める。もうそこまで言ったら止めようが止めまいが同じようなものだが、良心が食い止めたのだろう。
ギガビスはそれを咎めることもなく、「いいんだ」と微かに笑った。
「アイツはまだまだ半人前だが、それは経験が足りてねえからだ。鍛冶屋ってのは努力と根性の結晶だ、続けてるウチに上達すんだろ」
「自信を無くして店を畳もうと思っているって言ってましたけど」
「えぇっ!?」
絵に描いたような驚き方をみせるギガビス。
努力と根性、と語っているが息子には努力が備わっていなかったらしい。
ただ、息子の気持ちは分かる。ラースとか彼が言うような研鑽は常人の計り知る域でないはずだ。
私は冒険者になって思い知った。今まで研鑽を積んできた者達とぬくぬく育ってきた自分のバイタリティの差を。
シトラも温室育ちに見えて勤勉に生きてきた。
そんな人間達は積み上げた努力の上で軽々しく言うのだ、怠らなければ高みへ行き着くと。
私のような一握りの天才であればかけた時間の差を覆せるが、凡人では折れてしまうだろう。
まあ幼き頃から死に物狂いの努力をしなかったのが悪いだけ、といえばそうなのだが時間というのは帰ってこない。
ひとえに努力といっても、正しい方向性の努力に気付けなければならないのだ。それが分からずに栄光を手にできなかった者はごまんといる。
言うのは酷だろう。
「一応、励ますつもりでこれを使って決闘に勝つって言ったんですよ。偉大な父親を持って苦労する気持ちってのは分かりますから」
「偉大だなんてそんな……照れるじゃねえか!」
何故か照れているギガビスに父に似た暑苦しさを感じつつ、ようやくブーメランを買った経緯に合点がいく。
ラースの父もただのエロ坊主に見えるが、アレでも高名な騎士らしい。シトラパパも知っていたぐらいだし、相当なものだろう。
訓練好きの父に苦しめられたというようなことをちらっと言っていたし、高い壁を感じてきたはずだ。
だから、珍品と言われるブーメランを作ったガビス・ヴェレットにシンパシーのようなものを感じたのかもしれない。
「よーし、分かった。息子のために体を張ってくれるお前さんに何かプレゼントしようじゃねえか! ま、死んじまったら仕方ねえし、決闘から生還した時に何かやるよ! 考えておきな!」
初めの無骨なイメージとは真逆の、気のいいおじさんっぷりを見せるギガビス。
ミリカを除く面子が顔を見合わせる。なにか欲しい装備があったろうか? という相談をしたい顔だ。
「一応ではあるが俺は装備が整っている」
「ボクもこの身体と剣があれば構わない」
「私も、服は可愛いのが着たいし武器はある。ということは」
あえて貰うとすれば、シトラの装備。
そう言おうとしたところで「はいはいはーい!」と手をあげる者が一名。
馬鹿だ。
「お前はパーティーメンバーじゃねえだろ。まさかこれからの旅についてくるつもりか?」
「あったりまえでしょう! シトラフィア様がまた冒険に出るとなれば、従者である私もついていくのが筋! 必然の理です!!」
うわぁ、と珍しくあからさまに嫌悪の表情を見せるラース。
ただ、人事の最終決定権は此方にあると判断したのか視線で私に指示を仰いでくる。
うーむ、エルフの国の騎士か。
「いらな……」
心の底から出た、正直な感想だった。王都からここへくる途中の盗賊戦でも足を引っ張ったし、この先連れて行ってもロクな戦果を残すどころかお荷物になりそうだ。
彼女の役割はあえていうなら賑やかし役。
だけど、べつにパーティーの空気が暗いわけでもない。
彼女の喧しさが癪に触る時もあるだろうし、総合的に考えた時に圧倒的に要らないという結論に辿り着く。
「ひっ、酷すぎませんか!? 何故っ、何故ですか!」
「だってアホだし弱いし、無能だし馬鹿でしょ。人数が増えたら今まで以上にそれぞれの連携が大事になってくるのに、作戦行動が出来なさそうな奴を追加してどうすんの。そんなの私のオツムを疑われる」
無言でうんうんと頷くラースと、たしかに言えていると爆笑するギガビス。
知り合いにもそういった印象を持たれているということは、やはり彼女は誰から見ても無能そうに見えるのだろう。
「レナは使えると思う? 指揮には長けているでしょ」
騎士団を率いていたレナにも聞くと、困り顔で「うーん」と唸り、沈黙する。
この間が答えである。
「回復魔法や補助魔法は使えるのかい?」
「つっ、使えます! 回復魔法、使えます! 是非使ってください!」
縋るようにレナに抱きつくミリカ。初めは人間なんてと言っていた彼女だが、最早意地もへったくれもない。
だが、その必死さが通じたのかレナは観念したように息を吐き出して。
「エルゥ、ボクに時間をくれないか? 決闘までの短期間だが、ある程度使えるまで仕込むことは可能かもしれない」
「お願いします! この通りです!」
ミリカの態度は堕ちるとこまで堕ち、土下座まで行き着く。
たしかに、今のパーティーの治癒役はシトラだけだ。彼女も専門職では無いし、二人居れば困ることはない。
馬鹿さえ治れば騒がしいことに目を瞑れば使える。馬鹿は死ぬまで治らないということわざもあるが、試してみる価値はあるだろう。
「……!」
おっけー、そう言おうとしたところでラースが苦い顔をしていることに気がつく。
彼は事あるごとに敵視されているし、決闘まで申し込まれている。いくら使えてもパーティーの核であるラースと険悪な仲なら採用したくはない。
「どうしてもいや?」
「ん……そうじゃない。ひとまず矯正できるかどうか、試してみてもいいんじゃないか」
「?」
彼の真意はわからなかったが、構わないということで私はレナの提案にゴーサインを出す。
「やったあ! ……あれ?」
はしゃぐミリカだが、レナに首根っこを掴まれ連行される。
「じゃ、早速試してくるよ。時間は無いし、荒療治でね」
強引にミリカを店から引きずり出す様に、一同冷や汗を流す。
完全に目が据わっていた。ラースに夜這いをかけた時の、闇堕ちしたレナの目だ。
トラウマが蘇り、体がしばらく硬直する。荒療治とは一体、何が行われるのか?
「…………レナは無類の訓練好きだ。それも、病的なくらいにな。近年は知らないが、当時俺を鍛えようとする姿は鬼軍曹そのものだった。
ミリカの奴にはせめて死なないよう祈っておいてやろう」
店の出口に向かって合掌するラース。なるほど、彼が苦い顔をしていたのはレナとの訓練の思い出が想起したからなのだろう。
……思い返すと船の中でも訓練とか言ってずっと甲板に立っていた。
高速船の揺れに屈しない素晴らしい体幹を持っているものだとあの時は感心したが、たしかに付き合いたくないとは思ったものだ。
「私も祈っておこう」
念のためミリカの生還を祈っておくと、視線を店内に戻す。
さ、武器でも見よう。




