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それぞれの準備(2)

「ところで、そのブーメランは何なの。筋肉ゴリ押しオークがたまには飛び道具でも使いたくなった?」


 いやらしい店が立ち並ぶ道を歩きつつ、一番気になったラースの新武器の用途を尋ねてみる。

「これはな」とブーメランに視線を落とす表情から察するに、迷走して買ってしまったものだろう。


「あっ、G・Vの文字! この腐れ女垂らし、既にギガビス・ヴェレットの店に行ってるじゃないですか! やっぱり娼館に行くつもりだったんでしょうが変態!」


「いでっ、やめろやめろ」


 ブーメランに刻まれているイニシャルを見て憤慨し、ラースに蹴りを加えるミリカ。


「よく見ろ、これはGA・V。ギガビスの息子であるガビス・ヴェレットの作品だ」


「うむむ……なるほど、道理でお粗末な物だと思いました。よく見ればギガビス氏がこんな珍品を製作するはずもないですね」


「なんだ、コイツ」


 ミリカは目を細めてGA・Vの文字を確認すると、くるりと体を翻して何事も無かったかのように振る舞う。

 思わずラースも呆れ顔。実力はエルフの騎士の中ではそうでもないかもしれないが、変わり身の早さはおそらく全エルフの中で一番早いだろう。


「言っちゃ悪いけど、たしかに珍品って感じ。どうやって使うのそれ」


 話が脱線してしまったので再び私が尋ねてみると、ラースはうーんと首を捻った。


「そこが難しくてな。ただ使うだけなら何かしら方法はあるんだけど、ガビス・ヴェレットにこれで今度の決闘を乗り切ってみせると約束してしまったからこれを主体に戦わなければならない」


「正気ですか、アンタは」


 ミリカが辛辣な言葉を投げかける。これには私達も同意せざるを得ない。

 彼のことだからどうせ話の流れで引けなくなって、勢いで約束してしまっただろう。


 ブーメランは投擲武器であって一対一の決闘でメインとして使う物ではない。

 一回弾かれたりどこかに飛んで行っちゃったりすると終わりなのだ。

 せめて魔法でも使えれば別かもしれないが、彼の戦闘手段は肉体と武器のみ。


 刀身にブレードが付いているのと先端が鋭利なのを加味すれば近接武器として考えることも出来る。

 が、持ち手が無いのだ。例えばブーメランを二つに切り分けて真ん中を柄で繋ぐ。

 そうすれば両先端が槍や鎌のような形状をした武器になり、棒術と同じように使えばいい。


 それかいっそのことブーメラン自体を棒の先端などに取り付け、二股に分かれた槍として考えれば使いやすいかもしれない。

 が、このままではひどく不便なオモチャと言われても仕方が無い出来だ。


「うーむ、武器の発想自体は良かったと思うんだが」


 発想はよかった。それを辞書で引くとこう出てくるだろう。

 体のいい言い訳である、と。

 結局実用に至らなければ意味が無いわけだ。しかも“惜しい”とかギリギリのラインでせめぎ合いをしているわけではなく、“ちょっと掠った”程度の発想である。最低限のフォローにしかなっていない。


「大丈夫? 負けそうな気がしてきた」


 今まで窮地を乗り越えてきたラースだが、今度こそ終わったかもしれないと私は心配になる。

 当の本人は「ん?」と間の抜けた返事をする。すこしイラッとして私も蹴ってやろうかと思ったが、効かないことは知っているので止めた。


「大丈夫だよ。最悪の場合素手で戦えばいいし、元のプランでもこんな感じの“小道具”を持ち込む予定だったんだ」


 簡単に言ってみせるが、一応シトラの未来がかかった大事な決闘である。

 それに、決闘は基本的には命のやり取りをするのだ。自分が死ぬかもしれないという大舞台で遊び出すその根性は見上げた物かもしれない。


「簡単に降参してくれるとは思えないし、こういった“拷問器具”みたいな武器があれば戦いが楽になる」


 声色も変えず、さも当然かのごとく発言するラースに私達は数秒フリーズしてしまう。

 拷問、器具? おおよそ決闘では聞き得ない単語が出てきたが、聞き間違いだろうか。

 レナ、ミリカも同じ感想を抱いたのか、頭の上にハテナマークを浮かべている。


「拷問って、何?」


 ようやくフリーズから解き放たれた私が尋ねてみると、やはり彼にとっては大事ではないのか「あぁ、痛めつけるんだ」と返してくる。

 ま、マゾには見えないがまさかサディスックな気があったとは。しかも男に対する嗜虐趣味だなんて。

 これからは少し距離をおこう、とやや引いていると、ラースは変な意味じゃないぞと身振り手振り否定する。


「無駄な殺生はしないと言ったはずだ。その為には降伏させることが条件となるが、一番簡単な方法は死なない程度に痛めつけることだ。違うか?」


「いや……そうだけど」


 やはり平然と口にするラース。どうやら彼の性的嗜好で行うわけではなかったようだが、それにしてもサイコである。

 人を痛めつけることは容易なことではない。ましてやこんな鋭利なブーメランを使おうものなら流血沙汰は免れない。


 温厚なイメージがあるラースだが、私のイメージに過ぎないのかもしれない。

 彼の冒険者としてのキャリアは長いし、冒険者同士の争いもゼロでは無かったろう。

 その過程で、彼は自分達を守るための暴力に抵抗を無くしてしまったのかもしれない。


「もし、それでも降参しなかった場合は……殺すの?」


「俺が殺さないことで不幸になる奴が居るんだ。当たり前だろ」


 その解答に、私は少しモヤモヤした。

 決闘で命を奪うことは罪にはならないが、相手の命より仲間を取る。

 それが人間として当たり前なのかもしれないが、どこか引っかかる。


 それはおそらく、私がパーティーの中で一番“覚悟”が足りないからだ。

 今まで一番温い環境で育ち、冒険に出たのだって磐石の体制を整えてから。

 チャレンジした経験が少ないから、何かを犠牲に何かを得ることに躊躇いがある。


「エルゥは俺が人を殺すのは嫌か?」


「…………ん」


 シトラみたいな心を読んだ問いに、私はどちらとも言えない曖昧な返答をした。

 嫌だ、けどシトラがアイツに取られることは更に嫌。

 だけど、この感情を優先することが必ずしも正解だとは限らない筈なのだ。


「安心してくれ、嫌だと思うのが普通だ。決闘は誇りと命を賭けた戦いだなんて上っ面では言っているが、その実やっていることは己の欲望を押し通すための、醜くて(おぞ)ましい、我儘な命の取り合いだからな」


 そう分かっていても彼が臨むのは、シトラのため。

 シトラにとっては王女というレールに乗って結婚することが生きることより辛いかもしれない。

 断れば良いという簡単な話でもない。数千数万にも渡るエルフの国の歴史が、彼女のエゴを許さない。


 ……命とは何と不平等なものなのだろう。人によって命の重さに対する考え方も違えば、それぞれの命に付ける値段も違う。

 私達はシトラの未来、そして世界最強へと駆け上がるパーティーの未来という命の為に戦う。

 相手は名誉、権力、富、そしてエルフの国、歴史という命の為に戦う。


 どちらが正解なのか。いち個人に判断できるほど安い問題じゃない。


「そんな顔をするな。そうならないように俺は時間をくれと言ったんだ。特にミリカとレナの二人には、たっぷり聞きたいことがある」


 彼がこの準備期間で得たいのは、おそらく敵を倒す術ではない。

 倒さずに、倒す術なのだろう。それを分かっているからミリカも茶化すことはない。


「ほら、軍の訓練を受けているなら拷問の仕方とかも知っているだろ? あれほど息巻いてたんだ、生半可な痛め付け方では苦にもしないだろう。

 えげつないのを頼むぞ」


 ぐっ、と親指を立てるラース。

 何だかんだ言ったが、やっぱり彼の感覚は相当ズレているというか、おかしいのではないか。

 そう思う私であった。

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