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俺の結論

 俺はモーニングルーティーンというものを持ち合わせていないが、妙に落ち着かず日が上がる前から街を走り回っていた。

 レナとの対戦を前に体を動かしておかないと落ち着かない。そんな心境で、ガムシャラに走る。

 やることはやった。あとは来る時を待ち、レナの相手をするだけ。

 そう思ってはいたが、足は王城へと向かっていた。


 エルゥとシトラはまだ爆睡しているだろうし、レナもまだ来ていないだろう。

 と、理解しつつもはやる気持ちを抑えきれない。

 門番に通してもらい、王城の廊下を抜け──訓練場へ。

 入ってみると、薄暗い部屋の中、一つの気配。

 ジャージ上下に魔法剣という不審な姿の俺は〈ウルト・ゼーノルト〉を抜いて部屋を照らしてみるとそこには正座をして目を瞑り──精神統一に耽るレナが居た。


「……おはよう」


 ゆっくりと目を開き、いつものように妖艶な半目で俺を見つめるレナ。

 彼女の精神状態は極めて良好なのだろう、落ち着いた声色で俺に挨拶をする。

 俺は同じように「おはよう」と返し、準備に取り掛かる。

 訓練場には鎧や鉄兜がある。だが、余計な装備はつけたくない。

 軽い鎧に、軽い膝当て程度。

 決闘なので使用するのは真剣だが、いつだって機動力を重視してやってきた。それは今も変わらない。


「さて」


 まだ約束の時間までには一時間半ほどある。

 訓練場には俺とレナ以外の誰もおらず、静寂の空間の中で明かりとして床に置いていた〈ウルト・ゼーノルト〉を手にした俺は宿敵と向き合った。


「やるかい」


 俺の問いかけに、レナは口角を上げた。

 ゆらりと、その姿が朧に揺れるのを皮切りに──俺たちの決闘は始まった。

 俺とレナは思考が似ているのか知らないが、妙に息が合う。彼女も待ちきれなかったのか、装備はバッチリ。

 あちらは軽装の俺に比べて上下の鎧をフル装備。頭部は何も着けていないが、露出のろの字もない、重装だ。


 その筈なのに、速い。一気に詰めてくると、容赦なく剣を振り下ろしてくる。

 ギィン、という金属音。俺の魔法剣〈ウルト・ゼーノルト〉に拮抗するは、見覚えのある材質。

 ベザンさんが彼女に作ったという、フレスト鉱石が使われた剣だ。


「見慣れない剣だね。どこで手に入れたの?」


「父から拝借したのさ。良いだろう?」


「そんなことはないよ」


 レナがニヤリと笑うと、押し込んでくる剣の圧が増す。

 そして、彼女の髪がふわりと浮き上がった。


「!!」


「〈雷神剣フレストリア〉。それがこの剣の銘」


 迸るような電光。魔法剣〈ウルト・ゼーノルト〉は電気と明かりを放つ彼女の剣に呼応するように自らの光を増す。

 俺は〈雷光剣フレストリア〉から散る火花を身で受けつつも、押し切られないように踏ん張る。


「雷鳥の魔核が組み込まれていて、私の雷の魔力に反応して放電するの。どう、私の愛は熱いほど伝わってる?」


「生憎、アツイのは苦手なもんでね……!」


 剣を受け流すと、俺は一度距離を取る。

 刹那、レナの手のひらから放たれる雷撃。初級魔法の〈ライトニング〉がジグザグに蛇行して俺に向かってくる。

 読みづらい軌道だが、横の移動しかない。

 ならば縦の動きで避ける、と俺は限界まで腰を屈めて電撃を避けた。


 やはり、疾い。


 膝のバネで起き上がる最中、既にレナに接近されているのを見て──背筋に冷たいものが伝う。

 振り下ろされる剣。殺意に近い一撃が俺の脳天を狙うが、なんとか転がってその場を離脱。

 だが、レナの猛ラッシュは止まらない。手早く剣を戻し、まだ低い体勢の俺を目掛けて蹴りを放つ。

 ボールを蹴り飛ばすような軌道。マトモに食らってはマズいと思いつつも、体勢が崩れている俺は反応が間に合わない。


 鉄のブーツの先が俺の腹部に食い込む。

 鈍い痛みだが、急所(みぞおち)はなんとか避け、俺はレナの足を、鉄ブーツの細い部分をなんとかキャッチする。

 バランスを崩させ、形勢逆転。そう思いきやレナの手の平が再度、俺を向いた。

 危機を感じた俺はすぐに手を離し、軌道上から逃れる。

 直後、俺の居た場所を雷撃が襲った。


「クッ、ちょこまかと……!」


 間一髪ではあるが、難を逃れ続ける俺に焦燥を浮かべるレナ。

 なんとか体勢を立て直した俺に、苛々とした表情で踏み込んでくる。


 ──釣りだ。


 焦って単調な攻撃。それで簡単に受けることができると思い込ませる作戦。

 それは幼き頃に一度やられた戦術で、珍しく模擬戦で押し気味だった俺が単調な攻撃を余裕だと受けようとすると、急停止したレナに足払いをかけられすっ転んだという思い出がある。

 曰く、劣勢だったのは試すための演出だったと。


 それがフラッシュバックした俺は、レナの動きを注視する。

 すると俺の警戒を察したのか、剣を止め──引いて行った。


「やり辛いなあ」


 完全に互いの間合いからは離れた状態。距離を取ると魔法がある分、彼女の方が有利に映る。

 なのに鬱陶しそうに首を傾げる姿は、先程詰め切れなかった思い出から魔法を絡めた戦術に躊躇いを持っているのか。

 それとも、演技? なんにせよレナの表情はアテにならない。


「まさか、早々と使うことになるとは思わなかった」


 笑うレナだが、ふっと表情から笑みが消える。


「今のボクの通り名は知ってる?」


「…………」


「そ、知らないか」


 知らない俺は答えず、それを見てレナが残念そうに俯き──


「〈雷鬼姫(ライキヒメ)〉。失礼しちゃうよね、鬼だなんて」


 顔を上げると同時に、圧倒的なプレッシャーを訓練場に広げた。

 ばちっ、と飛来してきた雷が俺の腕を軽く痺れさせる。

 〈雷神剣フレストリア〉の雷光より、〈ウルト・ゼーノルト〉の閃光より、遙かに眩い。

 “自ら”が雷を纏った姿で、レナは俺を見据えた。


「ボクは鬼と呼ばれるのは嫌いだから、この状態を〈雷姫(ライヒメ)〉って呼んでいる。

 ──さ、行くよ」


 予告を貰っておいて未だに対策の一つも思い浮かばない俺の頭にマズイ、という焦燥のみが過ぎる。

 息もつかせぬ瞬迅。先程までの速度とは段違いのレナが瞬く間に目の前に下手で剣を構えた状態で現れた。

 対して俺は、接近してきたレナが纏う雷に当てられ、硬直する。

 迫りくる死の予兆。

 決闘とは真剣を用い、死に至るやり取りをするからこそ決闘なのだ。レナが容赦しなければ、俺の身体は切断されるだろう。

 そんな危機に、俺の闘争心は萎えるどころか……嬉々としていた。


「へえ、それがラースの奥の手」


 斬り上げられた雷神剣を間一髪回避。

 強者との戦闘という至高の悦楽に、俺の狂気が硬直した体を強引に動かした。

 図らずしも〈バーサーク〉が発動した俺は、破壊衝動の中一歩身を引いた。

 脳を支配する戦闘欲。強者を求め、死線を欲し、破壊を命令する。

 そんな中で、今にも飛び出しそうな体にブレーキをかける自我。


 両立している。俺の中で狂気と、良心が。

 幼馴染みを完全には破壊しまいと、踏み止まる心が〈バーサーク〉の制御に一役買っていたのだ。


「聞いたよ、ヴァイン達に斬りかかったんだって? やれやれ、ダメな子だねラースは」


 必死に破壊衝動を抑えつける俺に、レナは舌戦を仕掛けてくる。

 俺のことなら本当に、なんでも知っているらしい。

 だが、乗らない。俺は飽くまで自分を抑制し、出方を伺う。

 レナの〈雷姫〉もおそらく、己の身体能力を上げる技だろう。

 俺の見立てでは長くは持たない。それは互いに同じだが、向こうの方が負担が大きいように見える。


「チッ!」


 痺れを切らしたレナが先に動く。

 速度に振り切った剣の連撃。重さもあり、目で追うのがやっと。

 それでも捌き続ける。目で、経験で、狂気で。

 レナの動きを感じ取り続け、剣を受け続ける。彼女から放たれる雷撃も、剣から放たれる火花も〈バーサーク〉で強化……いや、狂化された俺にはダメージを与えることはできない。


 数秒で数百もの剣撃。全てを捌き、やがてレナの動きの合間に僅かな隙が見える。

 その隙に俺は得意の前蹴りを合わせた。


「オッッ……!!」


 女の子には似つかわしくない、野太い声と共にレナが胃液を吐き出す。

 レナの体はくの字に折れ曲がり、剣も手放してしまう。

 好機──そう思った瞬間、俺の良心による抑制が解かれてしまう。


 ゴッッ、という鈍い音とレナが吹き飛んだのはほぼ同時だった。

 魔法剣〈ウルト・ゼーノルト〉なんてものでは破壊欲を満たせないとばかりに、自らの生身で、拳でレナの頬を殴打する。

 〈雷姫〉も解け、地に伏すレナ。あっさりと決着はつくが、俺の身体は止まらない。

 仰向けに倒れるレナに馬乗りになった俺は、拳を振り上げる。


「………………」


 だが、幼馴染みの虚な目に俺の拳は止まった。

 酒に溺れたレナの母が、彼女に暴力を振るうのは日常だった。

 そんな日常を、俺も何度か目にしたことがある。

 幼き頃のレナは卑屈で、「運が悪かった」「こういった運命の下に生まれた」なんてことを口にすることが多かった。

 彼女は不幸を運命だと受け入れることで、自分を保とうとしていたのかもしれない。


 母に暴力を振るわれている時も、今のように虚な目で、運命だと受け入れていた。

 それを思い出した俺の体から狂気がするりと抜け落ち、脱力する。

 結局、運命に抗おうとした結果も義父と母をてにかけるという悲しい結末を迎えてしまった。


「なんでキミは、どうしようもないボクを切り捨てないの?」


 問われ、答えの出ない俺は何故だろうと自身に問いかける。

 同情だろうか。それとも幼き頃から過ごした月日が? はたまた、恋心でも抱いているのだろうか。

 そこに確かな答えを出すことはまだ、今の俺にはできなかったが……この一週間。

 長くも短いこの期間で俺が出した結論は、彼女を救うこと。そこに相違はない。


「ズルい」


 優しく抱きしめると、耳元で嗚咽が聞こえる。


「ズルいよ、ラース」


 うっ、うっ、と声を漏らすレナの頭を、俺は撫でる。


「レナ、今まで悪かった。お前の気持ちに答えも出さず、ずっと逃げ続けてきた」


 俺が彼女を突き放しきれない気持ちの詳細は分からないが、逃げ続けた理由は生来のヘタレ気質だろう。

 だけどダンジョンで〈リッチキング〉に幻惑魔法をかけられ、それが幸いにも自分の弱さと向き合う良い機会になった。

 俺はもう自身の狂気からも、レナからも逃げ出さない。


「でも、恋や愛については俺自身……よく分からないってのが本音だ。だからそれに対して答えを出すには知識が不足していて、至らない。

 だけど、これ以上待たせるのは互いにとって良くない」


 考え、出した結論。


「だからレナ、騎士を辞めて俺に着いてこい。それが嫌ならきっぱり俺のことは忘れてくれ」


 それは彼女をパーティーに入れる、ということだった。

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