仲間と孤独(3)
エルゥに連れ出される日々が続き、あっという間に決闘の前日前夜となった。
訓練という訓練はせず、エルゥとシトラと剣を合わせた程度。
その代わり十分にリフレッシュが出来た。王都を巡ったり、街の外にある花畑に行ったり。
花畑はレナによく連れられていった思い出があるが、まだ残っていた。
あそこは時折魔物に荒らされるのだが、その度に修繕されている。
ボコボコにされても意地で立ち上がってくるラースのようだね、と昔レナに言われてわりとカチンときた思い出がある。
訓練は嫌いだが、やるからには負けたくないと何度も根性で立ち上がり続けたのだ。まあ、周りの大人(主に父)やレナには結構な頻度でボコボコにされたのだが。
「やれることはやった」
決戦前夜、俺の部屋で最後の作戦会議の場を設けた。
やることはないといった表情のエルゥ。やれる事といっても戦闘に関することではなく、遊びに関するやれる事なのだが何故ここまでやり切った表情ができるのか。
「いい療養にはなったかもしれませんわね」
フォローに回るシトラだが、実は不安だったので彼女に治癒魔法をかけてもらったので怪我は完治している。
なので、療養の必要はそもそも無いのだ。
「ま、なるようになるでしょ。おやすみー」
投げやりというか、他人事のエルゥは俺のベッドに寝転んで目を瞑り……すぐに寝息を立てる。
レナの夜襲を受けてから俺に抱きつくことはなくなったが、その代わり俺のベッドを占拠するようになった。
おかげでベッドの端っこに寄って落ちそうになりながら寝る始末だ。
「え、エルゥの言う通りなるようになりますわ! 数日でラースさんの中から悩みが消えていったのを感じますし、数日で精神面での向上はたしかにあります!」
励ましてくれるシトラに思わず涙がほろりと溢れそうになる。この優しさ、世界で唯一の癒しだ。
ただ、言う通りではある。三日ほど考えに考え抜いて俺の中で考えが固まった。
よって安定した精神力で決闘に臨むことができる……と思いきや、一つだけ心残りがある。
「? 寝ませんの?」
「最後に一つだけやることがあるんだ。先に部屋に帰ってくれてていいよ」
やること? と可愛らしく小首を傾げるシトラ。
彼女はいつもフィルアの部屋で寝ているので、戻っていいと指示をして、俺は魔法剣〈ウルト・ゼーノルト〉を手に“やるべきこと”を済ませるために部屋を出た。
広い屋敷を進み、端も端。どこか作為的に屋敷の中央から離されたかのような隅の部屋に辿り着く。
俺はノックを二回し……返事を待つこともなく扉を開く。
「のわあっ!?」
「ななななっ、突然なんだぜ、ラース!」
そこにはベッドの上で、仲睦まじくも服を脱ぎかけていた両親の姿。
おそらくプロレスでもするつもりだったのだろう。彼等のそれは激しいので、屋敷の端っこに寝室を設けているのだ。
そんなことはどうでもよく、俺は父さんに向かって魔法剣〈ウルト・ゼーノルト〉を放り投げる。
「あのなあ、そんな気分じゃないんだが」
剣を受け止めながら乗り気で無いとしかめっ面の父ディリック。
「父さんの望みはなんだ?」
その単語に眉がピクリと動く。
「決闘、やろうぜ」
◇
街の外れに立つ小屋。規模は小さいが、作られてまだ新しい。
この家の主である私、レナ・ギルフィが前に帰ってきたのは約一ヶ月ほど前だろうか。
定期的に掃除をする以外に帰ってくることはなく、城にある女性用の部屋で寝泊まりしていたのでここで寝たことはない。
二年前ぐらいだろうか、元々あったギルフィ家の没落後の家を取り壊し、新しく建てたその時からずっと。
ずっと、彼と住むその日まで放置してきた。
家財道具はベッドを一つ置いたぐらいで、今はまだ、それだけの家。
でも明日、彼との決闘で勝てばようやくこの家が意味を持つ。
ボクと彼の愛の巣となるわけだ。
「……………………」
ベッドの側に腰を下ろす。
天井を見上げつつ、ボクは冒険は楽しいかと尋ねた時のラースの顔を思い出した。
彼は昔から騎士になることは否定的だった。
女遊びはしないようだが、自由人なところは父に似ていると思う。
彼の父は過去の武功のおかげか騎士団で唯一縛られることのない立場で、正直部下としては滅茶苦茶使い辛い。
……似たような父なのに彼の家庭は崩壊せず、私のところはあんな風になった。
理由はなんだろうか。ゼーノルトにあって、ギルフィにないもの。
それは自分という存在だろう。彼らは自由だが、自分の信念が根幹としてある。
道が別れている様に見えても、結局一つに帰結する。ブレブレのように見えて彼等は最終的には自分を貫き通すのだ。
私は、私達は意志が弱い。父も母も私も、弱いから壊れた。
でも、分かっていてもこの感情は止められない。
彼を力で縛りつけるのが間違っていることも知っている。愛を押し付けることが正しいとも、愛だとも思っていない。
明日の決闘も、負けた方が彼のためになるのではないだろうか。
冒険は楽しいと語っていた彼を自由にしてあげた方が。
「…………ラース」
それでもボクは、彼を求めている。
騎士団長という立場になってからはいくつか縁談もあったし、自身……彼が居ない期間に忘れようと思って相手を探したこともある。
誰も自分を埋めてくれるとは到底、思えなかった。
何故、彼にここまで執着するのだろうか。
彼と一緒に居た期間が長いから? 私の秘密を知っているから? それとも、初めてを捧げたから?
おそらく……彼が自分に似ていて、そのくせ自分にないものを持っているからだ。
ラースは心が弱い。訓練は辛いから逃げ出すし、騎士も縛られることが嫌だからやりたくないと言う。
本心ではボクを煙たがってはいても、それまでの年月もあってか、きちんと突き離すことが出来ない。
だけど彼は本当に大事な時に逃げない。
ボクは街の外れにあるお花畑が好きで、彼と一緒に行くことはしばしばあった。
でも、この世界にはダンジョンの外にも魔物が居る。
丁度父が〈マジック・パラダイス〉のせいでおかしくなり始めた時ぐらいだろうか。
精神的に辛くって、魔物の動きが活発な時期だったにもかかわらず彼を連れていった。
訓練を始めてすぐに彼と同じぐらいの強さになったボクだけど、いざ魔物と遭遇すると一歩も動けなかったのだ。
……それより前に一度、実地訓練ということで騎士団の面々と魔物を狩りにいく機会があった。
その時は手応えがあったボクとは対照的にラースは、怖いしやってられるかと逃げ回っていた。
と、いうか少し相手をして逃走した。
なのに思いもしない実戦がやってきて、一人でボロボロになって戦う彼に戦闘後、どうしてそこまでしたのかと尋ねると、「魔物と戦うよりお前が傷付く方が怖かったから」なんて、臭い台詞を吐いていた。
先にも言った通り、ギルフィに無くてゼーノルトにある自分という柱。
何があっても自分が最も大切とする信念に基づいて行動する。
その強さに、私は惹かれているのかもしれない。
「君の歩んできた道と、ボクの作り上げた愛。どちらが上なんだろうね」
──分かっている。
彼が好きという気持ちが本当だとしても、一番の理由は自分のため。
自分の寂しさを埋めるために都合よく彼を愛しているだけ。
愛に、恋しているだけ。愛が、恋しいだけ。
負けた方がいい、負けるべき。
いや、弱い私は彼に負ける…………だろう。
──そんなことはとうに、承知している。
そう、とっくに。




