恐怖(5)
ラースが家に帰らず、結局日が回ろうとしていた。
「あぁ、そうか。分かった、ありがとう」
伝達石という魔法石によって通話していたゼーノルトさんが、通信を終えると神妙な面持ちで私達の方を向く。
「あのバカ、どうやら一人でSランクダンジョンに行ったみたいだな。剣を二本腰に差した、私服の……戦いに出るとは到底思えない格好の男が通過したという報告が上がっている」
私はシトラと顔を見合わせ、笑う。
逃げ出したわけではないようで何より。装備も気にせず行くというのが彼らしいところだ。
「加勢しに行きますか?」
「ん、大丈夫じゃない。朝までには帰ってくるでしょ」
シトラの提案に、私は首を振って目の前のデザートをフォークで突く。
こうしてゼーノルト家の食堂で、出てくる美味しいデザートをゆっくり食したいというのが本音だが、特段心配していないのも事実。
アンデッド系の魔物が得意でないという本音もあるが、それはともかく。
「美少女二人に信頼されて幸せ者だな。親としては若干心配なところはあるがな……まだ昔のラースのイメージで止まっているし、図抜けて強いという印象が頭にない」
隣のカルアさんも腕を組んで「心配だぜっ」と同調する。
親という生き物は心配性である。ウチのパパも王都に行くというだけでああだったし、冒険者になると決めて話した時も、ぶん殴ってもママが出てくるまで言う事を聞かなかったものである。
「大丈夫。短い付き合いだけど、ラースのことはよく分かってる。パーティーを組む前は無敵の人だと思ってたけど、ラースは案外気に病むところもあるし、人間臭い。
でも、何もかも抱えない強さなんてお飾り。自分ときちんと向き合って進む彼は強い」
私はハーブティーを口に含み、一拍置いて。
「ラースは弱さを知っているからこそ、強くなる。
弱いからこそ、強い」
◇
「ちと遅いんじゃないか?」
「…………」
九死に一生、〈バーサーク〉を発動させてトドメの一撃を免れた俺は、距離を取りつつダメージの程を確認する。
骨が何本かイッている。アドレナリンのおかげか痛みはないが、動きに支障が出るかもしれない。
だが、それでも勝たなければならない。
「さっさとケリを付けてやる……!」
突撃してくる偽ラース。俺は咄嗟に拾っていた剣を一度しまい──集中する。
“自分の狂気を、抑えるべく”。
「がっ……!」
突っ込んできた偽ラースの大振りに合わせるように、俺は最短のパンチを繰り出す。
モロにカウンターで顔面に入った拳は相手をよろめかせ、大きな隙を生む。
──焦るな、慎重にいけ。
体に言い聞かせるように念じ、偽ラースのボディへ向けてコンパクトに拳を振り抜く。
〈バーサーク〉の身体上昇によるものもあるだろうか、偽ラースの体をくの字に折り曲げさせる程度の力は乗っている。
だが、さっき俺がやられたように吹き飛ぶ程の威力はない。
「チマチマと……!」
すぐに反撃に移ろうとする偽ラースだが、冷静に距離を取る。
そして出足を狩るように、低い打点の蹴り。相手は飽くまで俺だ、落ち着いて観察すれば行動が読める。
足を止め、今度は下から顎をすくい上げるように殴りつける。
大振りにならぬよう、出来るだけコンパクトに、かつシャープに。
それでも人体の弱点をつけば脆いもので、偽ラースは後ろにゆっくりと倒れ──仰向けにダウンした。
「何故だ?」
「……………………」
「何故、お前は〈バーサーク〉の狂気に支配されない?」
立ち上がる偽ラースの膝が笑っており、相当なダメージが見受けられる。
「精一杯だよ。弱い俺は精一杯やってきた。幼い頃は訓練だって嫌で逃げ出してたけど、反骨心からこそこそと街の外に出て魔物と戦ってた。
冒険に出てパーティーの足手纏いにはなるまいと頑張ってきたし、今でも先輩冒険者の示しは付けないと、と思って気力振り絞って前に進んでる。
その精一杯が、俺を踏み止まらせている。弱いだけの偽者とは違うんだ」
立ってるだけが精一杯、そんな偽ラースは唇を噛んで俺を恨めしそうに見上げる。
お話は終わりだ、と魔法剣〈ウルト・ゼーノルト〉を抜きつつ、〈パワーストライク〉を放つため体内の気を集める。
「うるせえっ! 俺はお前にとって、最たる恐怖なんだ!」
吠える偽ラース。最後の足掻きか、ラッシュに出てくるがもう速度も力もない。
後退しながら最小限の動きで避けつつ、気の集中を切らさない。
──溜まった。
「恐怖だろうがなんだろうが、所詮お前は俺の裏側だ」
大振りのストレートを潜り込んで躱し、剣の柄で偽ラースの腹部を突き上げる。
ふわっ、と宙に浮いた偽ラースの顔が絶望に染まった。
「表も裏も引っくるめて強さに変える本物に、勝てるわけがないだろう」
──〈パワーストライク〉。
一太刀以上、必要もない。
自分の姿をした相手が真っ二つに崩れ、少し複雑な思いを抱えつつも……終焉。
景色が歪み始め、ダンジョンの風景が剥がれてゆく。
目の前からSランクダンジョンが消え去った時には、夜の宵闇が映る。
ダンジョンに居た冒険者達が弾き出され、不思議な顔をして辺りを見渡している。
まさかボロボロで装備も充実していない俺が攻略したとは思わないだろう。誰が攻略したのか、と騒ぎになっているのを尻目に、
「無茶、したな……」
魔法剣〈ウルト・ゼーノルト〉を鞘にしまうと、そこで力尽きる。
全身から力が抜けてしまい、体が傾く。少し疲れた、このまま寝てしまおう。
そう思って倒れ込んだ瞬間、顔が誰かの胸に収まる。
柔らかい感覚。少なくともエルゥや母さんではない、豊満なものを持っておられる方だ。
ダンジョンをクリアして痴漢で捕まっては情け無い。すぐに顔を起こすと、そこには決闘までに一番顔を合わせたくない相手がそこに居た。
「…………キミが一人でSランクダンジョンに入ったって聞いていたけど、本当だとは思わなかったよ」
怪訝に眉をひそめる幼馴染み。
レナは脱力しきった俺を背負うと、どこか複雑そうな表情で、消え入りそうな声で。
「強くなったね、キミは」
俺を連れ、歩き出す。
昔はあれだけ叩きのめされたレナに認められた嬉しさも、Sランクダンジョンを攻略した達成感も。
全て引っ込み、一体どこへ連れて行かれるのか。そんな不安に苛まれつつも、消耗しきった俺に逃げる術はなく眠りへと落ちていった。




