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恐怖(3)

 〈リッチキング〉の雄叫びと共に、部屋に漂う闇が唸りを上げた。


「見たところ魔法は使えないらしい。戦いにおいて魔法の利を知らぬ実力でもあるまい!」


 右手に大鎌、左手は魔法の生成と、〈リッチキング〉の初動は忙しないもの。

 魔法を使えることによって生まれる利点。それは勿論重々承知している。

 特に魔法の精度が高ければ高いほど、相手にするのは至難の技だ。

 シトラのサポートに、エルゥの詰め。あの定番パターンを一人で行うようなものだからな。


 だが。


「磨き上げられた剣術に体術は、それを凌駕する。こんな暗い闇の底で住んでいるお前は知らないだろうがな」


 魔法なんて使えなくとも、俺には剣がある。

 〈リッチキング〉がまだ魔法の構築を完成させていない内に仕掛けるべく、前進する。

 エルゥのように魔法と剣を同時に使う者を魔法剣士タイプと呼ぶ。

 非常に珍しく、才に満ち溢れていると世間一般には言われるがそこにはきっちり弱点もある。


 一つは、両方の練度を深めることが非常に難しいこと。

 魔法剣士が魔法にかかる間に、剣士は時間を剣に費やす。

 その分の差は剣で埋めることはできない。


 もう一つは、どれほど優秀な魔法剣士であろうと魔法を放つまでにタイムラグがあること。

 だから剣と魔法の継ぎ目。そこを狙い続けることでサイクルに綻びを持たすことができる。


 ただ、飽くまで相手が人間であればの常識なんだがな。


「〈ダークネスバレット〉」


 低い声が響き、〈リッチキング〉の左手から闇の魔弾が放たれる。

 螺旋を描くような軌道で三発。

 対応は頭で考えるよりいち早く体が動いている。


 足を止めることなく、魔法剣が魔弾を受ける。

 見た目以上の反動に腕が持っていかれそうになるが、なんとか踏ん張り……斬り払う。

 二つまとめて処理。剣を返し、更に一つを斬り落とす。


「証明してみせよ、力を」


 〈リッチキング〉は浮遊し、ホバーするような前進。

 大鎌は視界の外から滑り、俺の首へ目掛けて一直線。

 受け止めようと対霊剣が出るが、一縷(いちる)の不安が浮かび、すんでのところでしゃがみ込む。


「良き判断だ」


 結果、鎌を避けることはできたが──ガードのために上げていた対霊剣は鎌の斬撃を受けて真っ二つに折れてしまう。

 なんという切れ味。果たして魔法剣でも受け切れるのだろうか?

 俺はしゃがみ込んだまま地に落ちた対霊剣の半身をつまみ、下手で〈リッチキング〉へと投擲。

 しかし、既に目の前に〈リッチキング〉の姿はない。

 ぐるりと旋回し、再びその左手に闇の魔力を宿している。


「〈ブラック・ホール〉」


 〈リッチキング〉の魔法が発動すると、その左手を中心に闇が渦巻く。


「厄介な……」


 その闇に向かってぐぐっ、と身体が引き寄せられてゆく。

 闇魔法というよりは重力魔法という特殊なジャンルに近いだろう。

 俺は折れた対霊剣を地面に突きつけてそれを支えにしようとするが、抵抗虚しく身体が浮き上がる。


 鎌を引き、待ち構える〈リッチキング〉。

 体が自由に動かない。剣で防御することも、叶わないかもしれない。

 骸骨の面は勝利を確信したような笑みを浮かべており、少し頭に来る。

 まだ、まだ終わらせてなるものか。

 俺達の、SSランク冒険者までの道のりを……!!


「さらばだ、剣士よ」


 〈リッチキング〉の大鎌に闇の魔力が集まる。

 意味がないとは思えない。おそらくシトラが使う付与魔法に似たような効力だろう。

 対して俺は脱力……そして集中。気力を振り絞り、力を上体に集める。

 それは俺が唯一使える(スキル)。魔法のような派手なものではないが、立派な俺の武器だ。


「喰らえ、我が〈デスサイズ〉を!」


 〈ブラック・ホール〉に引き寄せられる俺に向けて振るわれる大鎌。


「──〈パワーストライク〉!!」


 窮地に俺は溜めていた力を解放し、スキルを放った。

 一瞬のうちに魔法剣を両手に持ち替え、大鎌に合わせるようにして剣撃を繰り出す。

 剣は〈ブラック・ホール〉を切り裂き、大鎌へと向かった。


「ぬうっ!」


 光と闇が衝突し、拮抗──ガリガリと削れるような音を立てて、魔力の火花を散らす。

 だが、それも束の間。至高の一本が〈リッチキング〉の〈デスサイズ〉を粉砕。


「逃がさん……!」


 〈ブラック・ホール〉が破壊されたことによって体の自由が利き、着地。

 得物を失った〈リッチキング〉が体制を整えるべく、すーっと横にスライドしていくが、ここで逃すと面倒なことになると思いすぐさま追撃。

 〈リッチキング〉の思考は逃げることに行っていたのか、詰め寄る俺に驚いたような表情を見せる。


「ハァッッ!」


 疲労によってやや重い体に喝を入れるように、気合の入った声と共に剣を振るう。

 〈リッチキング〉が咄嗟に左手を俺に向けて何かしようとするが、既に遅い。

 一閃は向けられた左手ごと骨の胴体を粉砕。

 だが、俺の攻撃は止まらない。


 体が真っ二つになってずるり、と崩れる〈リッチキング〉の胸部ローブを剥がす。

 〈リッチ〉がローブを被るのは〈魔核〉を露にしないため。

 とはいえ、場所は大方他の魔物と同じ、心臓に当たる位置にあることが多い。

 頭部などにもあるケースも見受けられるらしいが……コイツの場合は胸部にきっちりと、〈魔核〉がある。


 先にも言った通り、高位の不死の魔物は〈魔核〉を壊さない限り再生する。

 俺は剣を引き、〈魔核〉に向けて一直線に突き刺す。


「手癖が悪い」


 ──と、見せかけてあからさまに闇の魔力が集まっていた〈リッチキング〉の左手を突き刺す。

 痛覚が無いのか、手に穴が開こうが呻き声もあげない。

 邪魔をする手立てをひとまず潰した俺は、地面に落ちた〈リッチキング〉の上体を見下ろす。


「人の最大の恐怖とは、死だ」


 力無く仰向けに倒れる〈リッチキング〉は語り出す。

 相変わらずお喋りが好きなことだが、俺は答えることもなく剣を振り上げる。


「この階層にやってきた戦士達も、死を前にすると酷く怯えたものだ。どれほど勇猛を装っても、最期の瞬間は取り繕えないらしい」


 興味のある話ではなかったが、俺は剣を振り下ろすのを一度止める。

 対比ではないが、消滅の危機にある〈リッチキング〉には一切の恐怖がない。

 何か罠が無いかと辺りの気配を探るが、特にそのようなものはない。


「しかし……タガが外れた人間も居るらしい。貴様は死に怯えていないようだ」


 図星ではある。ただ、その点だけを見れば一見強く自分を保つことのできる人間だとも取れるが、普通の人間としての感情が欠損しているとも言える。


「そんな貴様でも、この先の世界で真の恐怖を知るだろう。さあ、行くがいい。冥府の世にて貴様が絶望に染まった顔でやってくることを──」


 〈魔核〉に剣を突き刺して砕くと、〈リッチキング〉の減らず口はようやく止まる。

 動きを止めた〈リッチキング〉の骨の体は足の先から粉となり、やがて消滅。

 魔法剣を鞘にしまうと、真の恐怖が待ち受けるという転移魔法陣(さき)を見やる。


「フン」


 何かと思って聞いてみれば、やはりくだらない話だった。

 死への恐怖は度重なる戦いの中で薄れていった。

 だが、俺にとっても怖いものはある。それは怒った時の母さんだったり、追い回してくるレナだったり。

 案外臆病なもので、死以上の恐怖はたくさん抱えている。


 でも、戦場で怖いことは唯一……俺の敗北によって今の居場所を失うことぐらいだ。

 それを与えてくれるというのだろうか。強者との戦いは望むところである。


「面白い」


 何が待ち受けているのか、期待が膨らむ俺は転移魔法陣へと足を乗せた。

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