恐怖(2)
「……………………」
五階へ入った俺が抱いた感想は、気味が悪いということだった。
景色自体は先程までと代わり映えのない、墓地のような雰囲気。
さりとて死者に対する恐怖を特段持たない俺は雰囲気には気圧されないが、五階の異質さはすぐに感じ取れた。
“視られている”。どこからか、というのは判別できないが俺はこの五階で。
死に、顔を覗き込まれている。そんな感覚だった。
魔法剣〈ウルト・ゼーノルト〉を抜き、まずは道なりに進む。
木や墓標、人の死体や……魔物の死体。
様々なものがごった返しになったフロアだが、通れる道は示されている。
それは冒険者達が進むために作られたものか、はたまた魔物達の移動の際に整えられたものか。
なんにせよ五階に関しては情報も少ないし、目的は転移魔法陣ではなく〈リッチキング〉を探すことだ。
ただ、そもそもこのフロアには転移魔法陣が無く〈リッチキング〉がダンジョンボスだという情報が“思い込み”という可能性だってある。
まあ〈リッチキング〉はアンデッド系のSランクダンジョンの定番ボスなので、俺もそうだとは思っているが……違った場合、とても困る。
とても困る意外の言葉が見つからないほどには困る。
「!」
五階をゆく俺の前方に突如魔法陣が展開され、足を止める。
剣を構えるが、魔法陣から攻撃魔法が飛んでくるような様子はない。
なんなら前方とは言っても地面に出ているのだ。
上に乗ったり近くに寄った時に反応するタイプの罠とかだろうか。
ダンジョンには意地悪なことに魔法罠が仕掛けられていたりする。
物理的なものもあり、罠があるダンジョンは総じて最初から最後まで通して罠で埋め尽くされていることが多い。
“罠系”のダンジョンと呼ぶが、高位のダンジョンであれば魔法罠ぐらい魔物が用意するケースもある。
警戒する俺だったが、展開されている魔法陣は魔力の光を帯びたまま……動かない。
やはり近付くと発動するタイプの罠か?
困った俺が迂回しようと動きだしたその時だった。
「……なるほど」
ようやく魔法が発動したようで、魔法陣は役目を終えたとばかりに姿を消す。
その効力は、召喚。剣を持った〈スケルトン〉が三体、弓を持ったものが二体、そして一際大きく斧を持ったものが二匹。
更にその後方に……杖を持ち、ローブを被った骸骨、〈リッチ〉が二匹。
魔法が中々作動しなかったのは、規模のせいだろう。これだけの魔物が召喚されるなんて、罠にしては規格外すぎる。
剣を構えると、俺は迷わず前進した。
対霊剣と魔法剣の二刀流。二つを袈裟斬り交差する斬撃はあっという間に前衛の剣持ち〈スケルトン〉を粉砕する。
続いてもう一匹の剣持ちを睨むが、体勢は整っている。
弓持ちも、大きな二体も、魔法使いも。
俺を迎えうたんとばかりに広がり、囲うような陣形を組む。
──関係ない。
俺はまず剣持ちをねじ伏せると、射られた弓を素早く回避。
次の弓を用意するまでに仕留める、と前に出ようとした俺の前に、大きな二体の〈スケルトン〉が立ち塞がった。
弱点の頭部までは高い。腕を振って縦に斬り下ろすか……いや、隙が大きい。
一歩身を引きつつ、大きな〈スケルトン〉二匹の下段を払うように斬り飛ばす。
片方は浅かったが、もう片方は右脚が飛び、バランスを崩した。
俺はひとまず遠距離攻撃の軍団を倒さなければと動き出す。
踏み出した矢先のこと、遠くから飛来する一筋の闇。
距離を取って詠唱をしていた〈リッチ〉による闇の槍魔法だ。
行手を塞ぐように放たれる魔法に足は釘付け。
その隙に矢が装填──放たれるが、剣で斬り払う。
間髪入れず負傷していない方の大きな〈スケルトン〉が詰めてきて、斧を振り上げた。
「クソッ!」
強度に自信のある魔法剣で斧を受けるが、動きを止めた俺に〈リッチ〉の片割れが杖を向けてくる。
地面を這い、俺の手前で出づる闇。
俺は強引に斧を押し返し、迫りくる闇の“手”三本を斬って弾き飛ばす。
対応は出来ているが、後手後手。
弓を構えられているのを見て溜息を吐き出したくなる気持ちを抑え、駆けた。
足を失いこけたまま中々動けない大きな〈スケルトン〉。その頭部を走り抜けながら蹴り飛ばす。
硬い。だが、それでも俺の蹴りは頸椎を叩き折り、頭部を粉砕した。
次いで俺はその勢いのまま二体の〈リッチ〉へ向けて走り出す。
慌てて闇の槍魔法を放ってくるが、見える。
少し互いの距離をとって並ぶ〈リッチ〉。しかし、両手を広げて剣を滑らせ──両断。
〈リッチ〉は〈魔核〉を心臓として動く魔物だ。高位のものは頭部を潰されても魔力によって再生したりするが、なんにせよ〈魔核〉さえ潰せば消える。
的確に、人間でいう心臓辺りにある〈魔核〉を斬った俺は振り返り、残る三匹に目をやる。
恐れを知らぬ不死の軍団が、戸惑っている。
戸惑った挙句取る行動は、単調な攻撃。
飛来する弓を避けつつ、距離を詰め──弓〈スケルトン〉を破砕。
残った大きな〈スケルトン〉も、単体ではただのデクの坊。
足を対霊剣で斬り落とし、高度が下がったところを魔法剣で斬り伏せた。
「…………ふう」
戦闘を終えて一息ついた俺は、周りを見回す。
〈スケルトン〉と〈リッチ〉達の絶え間のない連携は熟練の冒険者や騎士のようだった。
司令塔にあたる魔物が居ないか、と思い見渡しだのだが姿はない。
釈然としないまま、俺は再び歩みを再開する。
依然、“視られて”いるような感覚がある。
どうもこの視線の主が〈スケルトン〉達に指示を下していたような気がしてならない。
そしてその主は、〈リッチキング〉。そのような気も……。
「!」
歩き出した俺に降りかかる闇の手。
頭上から襲いくる手は、先程の〈リッチ〉の闇魔法による手より大きく、数も多い十本。
不規則な軌道でうねりながら俺を囲う手。
不意のことに動じず、精神を落ち着かせ……素早く対霊剣を鞘にしまい、魔法剣を両手で振るう。
複数の魔物を相手にしてきた俺は、複数の魔法の対処にも慣れている。
攻略方法は、全部まとめて吹き飛ばす。究極の脳筋戦法だが、シンプルで一番効率の良い方法だ。
なんとか闇の手を処理した俺は、再びぐるりと辺りを見渡した。
「どうやら貴様は並の冒険者とは違うらしい」
突如響く声。
その主は闇の奥から徐々に姿を現す。
漆黒のローブを身にまとい、三メートルはあろうかという巨体は宙を征く。
そしてローブから覗かせる顔や身体は骨となっており、彼がアンデッド系の魔物であることを示している。
「〈リッチキング〉か」
そいつは頷くこともなく、ただ浮遊して俺に近付いてくる。
高位の魔物は人の言語を理解し、使用する。
俺は〈リッチキング〉を迎えうつべく対霊剣を抜き二刀流の構えを取った。
大本命、ようやくここまで来たかと安堵にふける俺の前で〈リッチキング〉は足を止めた。
「一人とは、さぞ勇猛なことだ」
〈リッチキング〉はけたけたと笑う。
喋るたびにかたかたと骨が打ち合っている。肉が無いのに声帯は一体どうなっているのか……まあ気にしないとして。
「そちらはどうも臆病らしい」
「ほう? このように貴様の前に姿を表しているにも拘らずか?」
「騙し打ちのような形で魔法を飛ばしてくる奴が堂々と姿を表すこと自体おかしいだろう。大方その姿は分身とやらではないのか」
「クックック、やはり只者ではないな」
どうやら図星らしい。こういった本物か本物でないかというのは〈気配察知〉ではなく〈魔力感知〉などで感じ取れるらしいが、俺は使えないので判別できない。
確証が無かった上でカマをかけただけだが、ご大層な評価である。
「御明察の通り、私の体は闇の魔力で作った分身だ。だがそれでもそこらの〈リッチ〉よりも強力な力を持っているぞ」
「…………」
ごちゃごちゃと話す〈リッチキング〉だが、俺は会話をしに来たわけではない。
魔法剣を握りなおすと、不意打ち気味にその身体を斬りつけた。
「残念、視えて…………」
俺の攻撃を退いて回避した〈リッチキング〉に、剣を返して──裂く。
骨を斬ったという感触はなく、何かスライムのようなものに剣が入ったような感覚。
それが魔法剣の切れ味によるものなのか、〈リッチキング〉の分身がハリボテだったのか。
霧散し、闇へと消えゆくそれを眺めつつ、俺は再び歩みを再開した。
俺を監視するような視線は、依然途絶えない。
◇
俺が五階に踏み入れ、数時間が経過した。
辺り一帯のアンデッドを狩り、一度腰を落ち着ける。
空腹で腹の根が鳴る時間はとうに通り越し、おそらく深夜帯に差し掛かっただろうと予測を立てつつ、警戒を怠らない。
そんな時、パーティーメンバーの顔が頭に浮かぶ。
エルゥ、シトラ。
〈魔力感知〉持ちの二人を連れてこれば〈リッチキング〉の本体を楽に探すこともできたろうか。
若干の後悔を抱えつつ、俺は再び立ち上がった。
五階は大方ぐるりと回った。その間一回〈リッチキング〉の分身がちょっかいをかけてきたが、本体は相変わらずどこかにこもっている。
転移魔法陣らしきものもないし、このフロアが最終だろうとは思うが……手掛かりはない。
とはいえ無闇に歩き回っていたわけではない。
可能性として考えたのは頭上に〈リッチキング〉が浮遊していること。
しかし、至る所に目印として明かりが灯されていることもあって、天井もある程度照らされている。
〈リッチキング〉の知能があれば明かりを叩き壊せばいいとは思うのだが、分身に要する魔力が結構馬鹿にならないのかもしれない。
そう考えれば納得はいく。冒険者との明かりを立てる、壊すの根比べになって無闇に魔力を消費することを嫌うのは当然だろう。
そんな時に見つかってやられることほど情けないことはない。慎重なヤツの性格を考えれば妥当だ。
なんにせよ頭上という線は極力考えずにフロアを歩いてきた俺だが……ようやく、ようやく終着点に辿り着くことができた。
歩く中で〈気配察知〉がアンデッドに対応したのか、|奴等(死)の気配を感じ取ることができた。
〈リッチキング〉は分身ですら一際大きな存在感を放ち、分かりやすく目立つ。
だが、本体は〈気配察知〉のレーダーには引っかからない。
一体これはどういう仕組みがあってのことなのか?
考えても考えても答えには辿り着かない。
そんな時、俺は見つけたのだ。
“一切死の気配を感じさせない地点”を。
「……」
違和感にまみれた壁をこんこんと叩くと、俺は魔法剣を鞘にしまう。
アンデッドで溢れかえるこの階層は壁であれ床であれ、死の気配のようなものが付着している。
それはアンデッドの戦った痕跡であったり、あるいは体の一部分が散乱しているのかもしれない。
だが、ここからは“不自然”なほどに何も感じないのだ。
「せーのっ……!」
剣も持たず、大きく振りかぶった拳を──その壁へと叩きつけた。
ボゴォン! という破壊音。
壁は石などではなく、土などが堆積したような自然の造り。
容易に破壊することができ、壊れた穴に連鎖するように周りも崩壊。
人が通り抜けることができるほどの道が開かれ、抜けると……濃い“死の気配”を感じ取る。
「ふむ、やはり只者ではないようだ」
玉座に佇む巨漢。
分身とは比べものにならない程の存在感が、俺を圧倒する。
〈リッチキング〉。ザ・Sランクといった風体で、重い腰をゆっくりと上げた。
だが、俺の意識は〈リッチキング〉には無かった。
「よほど気になるようだな、剣士よ」
「そりゃあ気になるだろう」
視線は玉座の横に、あたかも当然の如く座するそれに釘付けになる。
何故、ここにそれが。
「お前がダンジョンの主じゃあないのか?」
“転移魔法陣”。この階層が終わりでないことを示すものが、そこにはあった。
〈リッチキング〉は嘲笑うように「クックック」と声を漏らす。
「そうだ。我を倒そうがダンジョンの攻略にはならない」
〈リッチキング〉の更に上があるという事実に、顔をしかめる。
つまりコイツを倒す必要はないが、易々通してくれそうにもない。
無視して進んでボスとコイツとの挟み撃ちだなんて、そんな事態になっては到底勝てないだろうし、ここで討伐するしかないだろう。
「だが、このダンジョンで一番強い魔物は我と考えて間違いない。我を倒せばこの先、それ以上の魔物は出てこないさ」
お話好きの〈リッチキング〉は妙な言葉を唱えつつ、闇の魔力を凝縮させ──その手に大鎌を持つ。
俺は魔法剣と対霊剣を抜き、出方を伺う。
「ま、真実はその目で確かめればいい。我を超えて行けるのであればの話だがな!」




