女神テザリーン
「どうすんだ……」
城を後にした俺達は王都の道端で立ち尽くしていた。
エルゥ、シトラの両名が露天で買ったソーセージを頬張っており、呑気なもんである。
話の流れを汲めば、勝たなければパーティーを脱退することになる。
そうなるとレナと共に過ごすことになるので……それはそれでありかもしれないが、束縛され続けられる生活で俺の心が壊れない保証もない。
いや、多分壊れる。
会ってから時間が経てば容姿と性格は良いし、なんて腑抜けた思考を持ってしまうが、会った直後だとやっぱ駄目だわアイツは、と頭が冷静な判断を下してくれる。
かといって勝つ自信も無い俺は頭を抱えている。そういった現状である。
「ま、勝てばいいんじゃない」
「勝てば問題は解決されますわ。頑張ってくださいまし」
レナを煽り倒して騒動を引き起こした原因二人が俺の悩みに投げやりな言葉を飛ばす。
決闘になったこと自体は仕方ないのかもしれない。どの道レナには付きまとわないでくれと言うつもりだったし、争いは避けられなかった可能性は高い。
だが、勝つ自信が無い点で困っているわけで。
それに対して勝てばいいんじゃ無いかと言われても困るわけで。
「とりあえず、王都に来た本来の目的を果たしてみては?」
シトラの提言に本来の目的? と思わず首を傾げそうになるが、俺は思い出す。
テザリーンに会いに来た、それが今回の本来の目的である。
「そうか、そうだな」
個人的には父にヴァインの恨みを買ってしまったと伝えるのが一番の目的だったが、二人には名目として“ギフトレベルを測りにいく”と言ったことをすっかり忘れていた。
勿論、目的の一つとしてはあったので俺達はテザリーンが居る大聖堂へと歩き出した。
自分の力量を知ることが勝ちへ向かう道の第一歩にもなる。
十数分歩いて着いた聖堂は、王都で一番高い建物だ。
経てたのはテザリーン自身。各地に自らの存在を誇示するため、天高く伸びた建物を置いている。
聖堂の中に入ると十人ほど並んでおり、数分待つと順番が回ってくる。
各地に置かれているテザリーンは本体の写し身なので基本的に機械的な反応しか返さない。
一つ二つ質問に答えてくれはするが、終わるとすぐに追い出される。
ちなみに紙という媒体にしてそこにギフト・スキル一覧を記してくれたりするのでそうすると手間も無くなるし、冒険者として仲間を集める時や職に就く時に証明書として提出を求められるケースがある。
たまに自分のギフトを偽装する者が居るので、その対策である。
「ようこそ人の子よ、私はテザリーン。汝のギフトを──」
荘厳な扉を開き、中に入ると豪奢な椅子に腰掛けたテザリーンが俺を出迎えた。
扉は勝手に閉まり、一人以上も入れないようになっている。個人情報を保護する名目らしい。
整った顔立ちに、吸い込むような魔性の瞳。
神々しさすら感じさせる美麗のビジュアルを持つテザリーンは定型文を口にし……突如、途中で通信が切れたかの如く言葉を止める。
「久しぶりだな、ラース。君が来ないから私は寂しく泣いていたよ」
定型文ではない、生の音声。テザリーンの“本体”が入った証拠だ。
彼女は何故か俺に期待を抱いているようで、ギフトを確認しにくる度に子の成長を喜ぶような親の反応を見せる。
まあ人類の起源は神によって創造されたという説もあるので本当であれば神は俺達の親みたいなものなのだろうが。
「嘘をつくな嘘を」
「むう、神に向かって嘘付きとは相変わらず罰当たりだなラースは。ほら、“いつもの”をするから来たまえ」
普段凛としたテザリーンは可愛らしく頬を膨らませ、俺を手招きする。
呆れて溜め息を吐き出した俺は、とぼとぼと歩き出す。
テザリーンのもとに辿り着いた俺は跪き、彼女の太腿に頬を乗せる。
長く足首辺りまで隠れたローブ越しに感じる柔らかな感触。
美女に膝枕。誰もが羨むシチュエーションだろうが、このケースは少し訳が違う。
「よーしよし、順調に成長しているな。いずれ神を踏み越えて行くのだ、もっともっと高みへ行ってもらわねばな」
レナの狂気にも似た愛を受けた後は、神の重い寵愛。
彼女が俺に懸ける期待は、“神を超える”こと。
あまりにも重い期待をこの身体が、心が受け止めきれない。
そもそも訓練するのも嫌だし職に就いて縛られるのも嫌だし、と冒険者になった俺がプレッシャーに強いはずもない。
なので査定は毎回ドキドキハラハラものだ。
「私のためにずっと頑張って、良い子でちゅねー」
俺の頭をよしよしと撫でつつ、赤ちゃん言葉で褒めてくるテザリーン。
普段キリッとし、威厳のある女神だ。といっても喋ってみると優しく、フランクではあるのでそれが皆の心を掴むのだが、俺にとってはこんな扱いをされては堪ったものではない。
テザリーンにとっては、やはり人は自分の子という感覚なのかもしれないが……クールな容姿から飛び出す赤ちゃん言葉はあまりにも似つかわしくない。
そこが俺として尊敬できないポイントなのだが、彼女は心の中が読めるので気付いてはいるだろう。
決してテザリーンの為に頑張っているわけでもないが、何故かこの点だけは都合の良い改変をされている。
「しかし壁にぶち当たっているようだな。私が何か助言をしてやろうか?」
「要らないよ、そんなの」
「ククッ、君ならそう言うだろうな」
テザリーンにくすくすと笑われ、それがまた神経を逆撫する。
レナという強敵を前にし助けてくれ、という気持ちはあるが、いざ「助けてやろうか?」と言われると断る。
そういった面倒な気質だということは重々承知しているが、性分なのだ。
「ただ、お節介ながら一つ言わせてもらうと君のその壁を乗り越えるのは精神的なものだ。決闘まで一週間の猶予があるのなら、その間に街に出現しているダンジョンを攻略するといい。アンデット系のダンジョンは精神を鍛えてくれるだろう」
「……分かった」
結局助言をくれたテザリーンに俺は頷いて返すと、彼女は口角を上げる。
「分かった、だって! 可愛いなあ君はぁ!」
よしよしよし、とハゲるのではないかと心配になるほどに撫で回すテザリーン。
堪らず俺はテザリーンの太腿から離脱。
子供の頃ならまだしも、この歳になってこんな扱いを受けていられるか! という怒りに満ちるが、彼女は俺の扱いを分かっている。
目を瞑り、したり顔でぽんぽんと自分の脚を叩く。
戻らないとギフトを教えない、そういった意地悪である。過去に何度もやられているので、俺は行かねばならない。
「…………」
俺はむくれながらも定位置に戻り、再びよしよしを受ける。
不本意ながら太腿に頬を乗せて待機する俺は、肩を叩かれ顔を上げる。
一枚の紙切れ。ギフトが記されたものだと察知し、受け取ると目を通す。
『ラース・ゼーノルト
〈剛力LV8〉〈剣術LV10〉〈体術LV7〉』
出始めに基本的なギフトが載っているが、特に気にするほどでもないと流す。
下の方へいくと、やはり目に入る〈バーサーク〉の文字。
『〈バーサークLV2〉』
レベル? 〈バーサーク〉にレベルなんて付いていたか?
俺は首を傾げながら読んでいると、更に目立つ文字が。
「〈マッドネス・リリース〉?」
見たことも聞いたこともないギフト。俺は尋ねるようにテザリーンを見上げた。
「あぁ、君の“狂気”を全て放出するギフトだ。勿論〈バーサーク〉の時にしか使えないし、使うと〈バーサーク〉が終わってしまうが狂気が更に力として上増しされる。使い道は、聡明な君であれば分かるだろう?」
テザリーンの説明に俺は頷く。
なんという便利なスキル。これは能動的に〈バーサーク〉を終わらせることができるし、最後のラッシュとしてブーストをかける役割を担うことができる。
だが、引っかかる点もある。
「狂気を全て放出した後はどうなる?」
「人間の男が自慰をした後に“賢者モード”だなんて比喩したりするが、似たようなものだ。体力も気力も全て使い果たし、しばらくは戦闘に参加できないほどの役立たずになるだろう」
神が自慰とか賢者モードとか、相変わらず神らしくない発言をするテザリーンの“本体”に辟易しつつ、俺は納得したと再び頷きで返す。
〈マッドネス・リリース〉。俺の中の狂気という燃料を使い切る諸刃の剣ではあるが、敵を倒しさえすれば味方に無駄な負荷をかける必要は無くなるのかもしれない。
また一つ、〈バーサーク〉の使い道が広がった。そんな土産を手に、俺はテザリーンのもとを後にした。
「次は一ヶ月以内には来てくれ」
次も一年ぐらい空けよう、そう決意して。
書いていて思いましたが、二章の濃いキャラの渋滞が自分でも食傷気味です…w




