愛(3)
王城をひたすら進み、訓練場へ。
いつ来てもここの広さには慣れない。七、八分かけて一階の奥まで歩き、ようやく目的地に辿り着く。
先に父が入り、俺達はひとまず待機。大々的に紹介されても対応に困るし、頃合いを見ていくのがいいだろう。
「それでは、朝礼を始める」
訓練場は広大な部屋に土の床。父はずらっと規則正しく並ぶ騎士達の最後尾に立つ。
それを頃合いだと踏んだのか朝礼が開始され、廊下から覗き込んでいると、なんと騎士を束ねているのはレナ・ギルフィだった。
レナは俺と同じ歳なので、この若さで騎士長となれば……前代未聞なのではないだろうか。
騎士達は廊下側に背を向ける形だが、その対面に居るレナには覗き込む俺達の姿が映る。
視線が一瞬こちらに向くが、愛と職務は割り切っているのかアクションを起こしてくることはない。
“騎士六箇条”と呼ばれる掟を大きな声で口にしている。
内容は騎士道に則ってだとか特に内容があって無いようなものだ。
誰のこととは言わないが、騎士道に則れば普通不倫なんかしないだろう。ましてや国の英雄が。
いや、誰の事とは言わないが。
“騎士六箇条”が終わると国、街の情勢や特段気を付けるべき物事の通達が騎士長より行われる。
それが終わると、勤務がある者は訓練場を後にし、無い者は訓練となる。
出ていく騎士達を横目に、訓練場へと入る。
俺を知っている中堅以上の騎士達は声をかけてくれ、挨拶を返しながらレナのもとへ。
……王都へ帰ってきてから即時に俺だと特定されることが多いが、それほど当時から老けていただろうか。
当時から達観していたので落ち着いているとは言われたが、ややショックである。
「おはよう、ダーリン。早速私に会いに来てくれだんだね」
開口一番注目を集める発言に辟易しつつも、おはようと返す。
俺を知らないであろう騎士達も俺に視線を集め、口々に言う。
“あれが例のダーリンか”と。
「そちらの方は?」
レナが尋ねたのはシトラ。彼女の監視具合からいってパーティーメンバーであることは知っているだろうが、初対面は初対面。
しかし、エルゥに向けるものとは少し趣が違った目付き。
何かシトラにライバル性を感じるものがあったのだろうか。
俺とシトラは特にどういった仲でもないが、エルゥみたいな子供とは違って正統派の美少女兼美女だ。牽制をかけているのかもしれない。
「あぁ、申し遅れましたわ」
シトラはそんな前置きをし、礼儀正しく手を胸にお辞儀をしつつ、
「私はシトラ・アルコット。“今の”ラースさんの“ハニー”でございます」
特大の爆弾を落とした。
「ちょ、ちょっとシトラ! 何言ってんだよ!」
思わず声を荒げるが、シトラはにこやかな表情でとぼけるように首を傾げる。
「へえ」
レナの怒りがすぐに爆発することはなかったが、確実に噴火寸前といった表情である。
一体どういったつもりなのか、とシトラを窺うが分からない。
彼女の考えていることが、分からない……!
「ラースさん。はっきり言ってあげては如何ですか、彼女面をするなと。王都までの道中、“会いたくない”と口にしていた人物は彼女でしょう? 分かっていますよ、私は」
シトラの発言で一層怒りに引き攣るレナ。
それを聞いてなるほど、と理解する。自ら彼女役を買って出ることで婚約者の間柄を名乗るレナを突き放そうというわけか。
と、勝手かつ都合の良い解釈した俺だが違う、違うんだよシトラと言いたい気持ちで一杯になる。
ぶっ飛んだ思考のレナにはそういう口舌は意味が無い。無いのだ。
そう思いつつも口を挟めない俺の弱さ。展開の行末を見守る他なく。
「そっ、そうだ! ラースに付き纏うな、このやろー!」
若干母さんの口調が移っているエルゥが勇気を振り絞って大量の燃料を投下する。
それを受けてレナは爆発寸前の怒りを引かせるように目を瞑り──虚ろな目で剣の柄に手をかけた。
「ボク達の恋路に勝手な口を出さないでくれるか。どうせキミもラースと恋仲じゃ無いんだろ」
「いえ、本当に“ハニー”でございますよ。今この場で接吻してみせましょうか?」
凄まじい演技。俺の肩に寄り添い、レナを煽るシトラ。
真顔になったレナは「してみろ」と強く言い放つ。
するとシトラは本当に俺に顔を近付け、艶やかな唇を迫らせてくる。
──寸前、ガチャという音を聞いて俺はレナに詰め寄る。
鞘の中から剣が動く音。何度も聞いたその音で、俺の“トラウマ”は消し去りレナの腕を掴む。
「ダーリン、何のつもり? その女を斬るから止めないで」
「俺の仲間だ」
腕を掴む力を増し、抵抗するレナの動きを止める。
仲間を守るという本能が呪縛を解き、体の硬直を無くしたのだ。内心ビクビクしてはいるが。
「“ハニー”じゃなくて?」
「まあ、それもあるかもしれないし無いかもしれない」
日和った俺は曖昧な回答をするが、レナは納得したのか脱力する。
「ねえラース、冒険者なんて辞めて騎士にならない? べつに、専業主夫でもいいよ。私のところに来て」
やや上目遣いで懇願するようなレナに、俺の心は揺れる。
レナは幼い頃から両親を亡くし、“その経緯”もあって愛に飢えていた。だから、彼女が愛を求める理由と……過ごしてきた思い出を考えれば受けたいという念に押し負けそうになる。
だけど、今パーティーは昇り調子なのだ。SSランクも夢じゃない、そんな期待の中で俺だけ裏切るわけには。
そんな思いはあったが、あまりの修羅場に心が負けそうになる。
王都に来たのは父に伝えるべきことを伝える目的だったが、よくよく考えれば手紙でよかった。
若干後悔をしつつも俺は心を強く正し、レナの目と向き合う。
「決闘すればいい」
はっきり言ってやる、そんな覚悟を決めた矢先自家製燃料投入機エルゥが不穏なワードを持ち出した。
「ラースと自称婚約者が決闘して、勝った方の言い分を通せばいい。自称婚約者に負けるラースなんてそもそも、ウチのパーティーに必要ない」
厳しい言葉。だが、それはある意味真理だったのかもしれない。
今ここで壁を乗り越えていけないようでは俺はSSランクを目指すパーティーの一員として失格。
そんな叱咤激励の意味を込めての発言だったのだとやはり勝手な解釈をしつつ、レナの反応を伺う。
「ボクは構わないよ。猶予を持って一週間後にこの時間、この場所で決闘を行う、それでいいかい?」
俺は頷き、すぐに踵を返す。対策を練らねばならない。
思えば、レナの快諾や余裕綽々といった表情は昔の訓練の記憶から俺に対して圧倒的な優位という感情があったのかもしれない。
事実、俺も対人のプロである彼女に敵う自信は今のところなかった。
が、やらねばなるまい。越えるべき壁を、越えて行こう。




