愛(2)
「どうした? 二人とも、顔色が悪いな」
「はは、あまり寝付けなくてな」
「同じく」
レナによる襲撃がまだ尾を引いている俺とエルゥ。
俺もエルゥも食欲だけは旺盛なので朝食を食べる手は進むが、どこかモヤっとしたものを残している。
「ま、ゆっくりすればいいさ。しかし、何でまた今頃になって王都に戻ってきたんだ?」
父の答えに俺は手が止まる。
「あぁ、ダンジョンも攻略して手が空いたからな。久しぶりに二人の顔と、レナの顔でも見に帰ってきた」
「ん、ようやく身を固めるのか?」
「そういうわけじゃないよ。今は冒険者としての家業が大切だし」
レナの単語を出すと勘違いをする父だが、決してそんなつもりはない。
そもそも会うことすら嫌だったが、“顔を出せ”と言われた以上会いには行くので、親には通しておこうと思い念のため口に出しただけである。
「レナさん、ですか?」
何も知らないシトラが首を傾げた。
「幼馴染だよ」
「婚約者を騙る変な人……らしい」
エルゥが余計な情報を加えたが、シトラは「なるほど」と言って気にも留めない様子で食事を続ける。
昔に夜這いされたことを両親は知っているが、合意の上だと思っているらしい。
当時は何も口を出さない父にさえ「あまり早い内からそういうことはな」と言われたが、強姦であったことは知らないのだ。
と、いうか常識的に考えて言えるはずもない。彼女の、ギルフィ家とは古くから親交もある。
まあ、あそこはもう両親が他界しているが……………………それでも、レナとの縁は切れていないし、レナは当時から有望な騎士候補生だったので将来父と同じ職場になることを考えると気まずくは出来なかった。
「じゃ、用事さえなければ一緒に行くか?」
朝食を終え、父は俺を誘う。
こうなった以上どの道数日は滞在するつもりだったし、テザリーンに会いに行くのはいつでも可能だ。
エルゥに視線を送ると困った表情で首を振るが、意外にもシトラが手を上げて。
「私もよろしいですか?」
同行を申し出た。
エルゥがぞんざいに扱われる分にはそこまで両親は痛まないが、シトラに悪影響を与えるのはあまりにも申し訳ない。
「うん、大丈夫」
俺は迷いに迷ったが、現在のパーティーメンバーだと紹介しておいた方があらぬ疑いをかけられないだろう。
そう思い、了承する。すると、エルゥも「それなら私も」と便乗して名乗りでた。
昨晩揉め事があった後だ、余計な騒動を起こしてくれては困るが……シトラの同行を許可した以上断るわけにも行くまい。
と、いうわけで準備のち騎士の主な職場である王城へ向かうことに。
シトラはいつもの格好、エルゥはフィルアの服がやや小さいが合うということで着て、俺は私服。
父とレナが居ると訓練に参加させられかねないので出来るだけ動きやすい格好をし、まったくの手ぶらで家を出る。
金銭はエルゥが念のため持ち、もしもの時のために剣を持ってきた方がよかったかと少し後悔しつつも……いざ。
今日、レナに付き纏うのは金輪際止めてほしいと。はっきり俺の口から言うつもりだ。
ヴァインのパーティーをクビになって、もし声もかからず王都に帰ってきて……騎士になって、という世界線があれば俺はレナと結婚していたかもしれない。
なんせ容姿も性格も、アレな所を除けば良いのだから。
だけど、新しくパーティーを組んでSSランクを目指すと決めた今、彼女の存在はエルゥが言うように弊害になり得る。
だからレナに会いに行くのは良い機会だと思って、数年は忙しいので王都に来る度に襲いに来たりパーティーメンバーに手を出すのは止めてくれと言う。
いや、言うべきなのだ。
「そういや今、街のど真ん中にダンジョンが出来てよ。魔物が這い出てくるもんで、人員が割かれてる。もし時間がありゃあ攻略してくれねーか」
父に唐突に言われ、二人の顔を見る。
エルゥが言っていた推定Sランクのダンジョンだろうか。寄っていくという話も上がっていたので問題は無いだろう。
基本的に全権を握るエルゥが頷いたのを見て俺は「いいよ」と答える。
「どんなダンジョンなんだ?」
「墓場みてえなダンジョンだ。ボスは割れていて〈リッチキング〉と言われているが、倒してもダンジョンが攻略されないらしい。一説によれば分身を作り出していて、最下層のどこかに本体があるとは聞いた」
うわ、と呟いたのはエルゥだった。
墓場ということはアンデット系の魔物が多い筈だ。虫や死体は誰だって相手するのは嫌だろうが、彼女の表情を見る限り相当な嫌悪があるのだろう。
ただ、それを抜きにしても非常に面倒なダンジョンだ。
高位のアンデットになると特殊な武器や魔法でないと倒せなかったりするので俺の力押しが効かない可能性がある。
となると鍵を握るのはシトラだが、魔力も有限だ。節約をしつつ、最下層で〈リッチキング〉の本体を探すというのは骨が折れるだろう。
「ま、とりあえず潜ってみるよ。今日はギルドで情報でも収集して、べザンさんの所にも顔を出して、テザリーン……様にも会いに行きたいし、明日以降かな」
「頼んだぜ。俺が行ってもいいんだが、こう見えても忙しいし……他人と組んでダンジョンってのは性に合わない。お前となら一回行ってみたいけどな」
「それは少し楽しそうだな」
俺と父さんが一緒に戦場に立っている姿を想像し、アリかもしれないと思ってしまう。
訓練に付き合わされるのは面倒だが、戦いに行く分には構わない。
父さんの光の刃があればアンデット系の魔物の処理も楽だろうし……と、想像してはみたが現実に起こることはないだろう。
俺が肯定した瞬間、エルゥが少し不機嫌になった。普段からむすっとしているので微妙な差異だが、微かな変化があった。
私達と行くんでしょ! という独占欲なら少し可愛いかもしれないが、真意は如何に。
ちなみにテザリーンに様と敬称を付けたのは街に熱心な信者が居た時のことを考えてのことだ。
世界で一番ポピュラーな神様だし、案外信者も付いている。
下手なことを言えばすぐに詰め寄ってくる勢いで、公の場では気を使うのが得策である。
個人的には尊敬できない奴なので、様を付けたくないところはある。
これは本当に個人的な話で、俺とアイツの問題ではあるのだが。
そうこうしている間に王城に着き、父は顔パス。
俺達は念の為に持ち物だけ検査された後、王城へと踏み入れた。
王城は勿論、国王の住居だ。加えて騎士と宮廷魔道士が城の守護にあたっており、役人達の勤め先でもある。
王とは言うが基本的には国のシンボルというかマスコット程度にしか過ぎない。
昔は政治に深く関わっていたが、今は専門の者達が指揮を取ることがほとんどだ。
外交や重要な物事にゴーサインを出すぐらいだろうか、王の仕事は。
「訓練場に向かうが、構わないか?」
王城に入ると、父が確認を取ってくる。
確認を取ったのは俺が訓練嫌いだというのを重々承知しているからだろう。
それでも連れて行こうとしているのはおそらく、朝の号令があるからだ。
夜通しや早朝から城の外で働く騎士は例外だが、朝に訓練場に集合する習慣があるのだ。
と、いうことを今思い出した。晩も一度集まる機会があった筈だ。
レナも訓練の虫なので行けば巻き込まれる可能性がある、そう考えて発言したのだろうが、仕方あるまい。
騎士の間では俺は“ダーリン”として広がっているし、なんであれば皆の前で否定しておけば俺にとってはいいかもしれない。
埋まった外堀を掘り返す感じだ。
父の問いかけに頷き、訓練場へと向かうことになる。
緊張が高まる。果たして俺は、レナを言い伏せることが出来るだろうか。




