彼女なりの大団円
激闘を終え、くたくたの体でギルドに帰還した俺たちを迎えたのは大量のご馳走だった。
「おうっ、シェフに腕によりをかけて作って貰って待っていたぜ!」
ギルドの中央、お決まりの仁王立ちで待っていたバリスさんが声を上げた。
祝福のクラッカー。Aランクのダンジョンを制覇した俺達を拍手と大合唱が受け入れた。
「ふんっ、当たり前」
エルゥは口では言うが、そっぽ向いて照れ臭そうにしている。
いつもの照れ隠しだ。
「たまには良いかもしれませんわね、こういうのも」
シトラは素直に祝福を受け入れ、にこやかに微笑んでいる。
歓喜の輪の中で、俺は久しぶりの充足感に満ちいていた。
〈バーサーク〉の完全制御には失敗したが、最後は……正気の中、行動することができた。
つまり、芽は見えた。
遥かな高みへの道はでき、目の前の問題も解決。
今日ぐらいは諸手を上げて酔いしれても罰は当たらないのかもしれない。
「さあ、パーティだ!」
バリスさんの号令で歓声が上がる。
このまま宴の始まり、そう思われた瞬間のこと。
「ちょっと待って!!!」
聞いたこともないようなエルゥの大声が、ギルドの喧騒を切り裂く。
なんだなんだ、水を差すのかといった空気が流れるが、エルゥはばっと勢いよく人差し指をギルドの端へ向ける。
「脇役! 来い!」
ヴァインである。正確にはヴァイン一行であろうか。
脇の方で腕を組み、唯一祝福のムードから外れていたヴァイン。彼を筆頭に、他の面子も後をついてくる。
いかにも不機嫌そうな顔で俺達の前に立つと、戦士のアレックスに視線を向けた。
「おらよ、心配すんな……まだ使ってねえぜ。
なんやかんや言われてもあんたは前衛職の憧れだからな。恐れ多くて使えねえや」
「っ……! 感謝する」
アレックスは俺に〈剛剣フレストリア〉を手渡すと、そんなことを言った。
あぁ、俺の愛剣よ返ってきたか。刀身に頬擦りしたくなるところを抑え、礼を言って一歩下がる。
俺やアレックスは主役脇役ですらない。
今日の主役はエルゥ、脇役呼ばわりが不機嫌面のヴァインだ。
「約束は果たした、ではな」
「待って、まだあるでしょ」
ヴァインは「はあ?」と首を傾げるが額から流れる汗などを見るに、覚えてはいるらしい。
俺達が失敗した場合裸踊り。その代わり攻略できた場合は、彼が土下座をするという約束が交わされている。
つい先日道端で軽々しく土下座をした俺が言う台詞でもないが、屈辱だろう。特にプライドの高い彼であれば、尚更。
土下座なんてしてしまえばもう冒険者界隈で大きな顔は出来ない
しかし、言質を取られている以上約束を違えば白い目で見られることは明白。
「くっ……」
ヴァインの顔は苦痛と怒りに歪む。
エルゥを睨みながらゆっくりと両膝を折り、接地する。
せめて気概は屈しない、そんな強い意志を感じさせる表情だ。
「覚えておけよ、貴様等…………!!!」
土下座に至る前工程。最早後は手を付いて頭を下げるだけという状態で、ヴァインは恨み節を吐いた。
貴様…………等?
ちょっと待ってくれ、何故俺達まで恨まれなければならないのか。
土下座はエルゥとヴァインが決めた互いの勝手な誓約である。
裸踊りまではまだしも、彼等同士の怨恨に俺まで巻き込まれる筋合いはない。
渋々、渋々といった様子で手を付き頭を下げるヴァインを見つつ、焦燥を感じていた。
ヴァインの父は国の重役でもある。そして俺の父は、その国の傘下にある軍部、騎士団に所属する。
俺がヴァインに土下座をさせたなんて話が国に届けば、父の首が飛ぶ可能性だってある。
俺がいざこざの巻き添えになるのはまだしも、家族にまで被害がいくのは避けたい。
「ふんっ、これでいいか!?」
このまますんなり終わってくれれば、俺はそう願うが。
「誰が頭を上げていいと言ったの」
そうは問屋が卸さない。
「“天才冒険者エルゥ・グランダーソン様の才能に恐れを成しました。これから毎日専属の靴磨きをさせてもらいます”という台詞が、まだだけど」
「ふざけるなよっ!!」
怒気に満ちたヴァインの雄叫びがギルド内に響く。
しかし、周りの反応は冷たい。彼等の約束は広がっている上、書面にも載っている。
ギルドの依頼である。ヴァインがダンジョンの攻略を俺達に依頼し、報酬に土下座プラス屈辱的なセリフを。
失敗を契約不履行とし、ペナルティという形で裸踊りをという契約をしたのだ。
つまり、いくら誤魔化そうと物的証拠がある以上逃げることはできないのである。
ヴァインは「ぐぐぐ」と悔しがり方の見本のようなリアクションで、歯を食いしばる。
「ぐう……!」
顔を上げていたヴァインは再び頭を下げる。
が、先が続かない。彼にとっては行為そのものよりも台詞の方が屈辱だということだろう。
「聞こえないけど」
「っ……!」
「ええ!?」
言葉に詰まるヴァインに、耳に手を当てて煽り散らかすエルゥ。
これ以上、これ以上は。エルゥの肩を叩いて自重を促したい気持ちも、いかんせんこの空気では。
「て……天才冒険者エルゥ・グランダーソン様の才能に恐れを成しました。これから毎日専属の靴磨きをさせてもらいます」
震えた声で、約束の台詞。
彼のこんな姿を見たかったような、見たくなかったような。
複雑な気持ちで現場を眺める俺。対して台詞を要求したエルゥはヴァインの側で腰を下ろす。
「おめぇに磨かせたら余計汚くなるだろ! いらねーよ、バーーーーカ!!」
シンプルではあったが、今のヴァインにとっては最大級の罵倒となったろう。
顔を上げ、ぽかんとするヴァイン。ギルド内は盛り上がるわけでもなく、静まり返るわけでもなく。
異様な雰囲気の中、エルゥだけが満足げな表情と、やりきったよと俺に親指を立ててアピールしてくる。
子供か。いや、子供だが。
「お、覚えていろよ貴様等ッッ……!!」
屈辱に塗れた表情で、その場を後にするヴァイン。
彼が率いるパーティーの内心は分からなかったが、ギルドを出て行ったリーダーを追っていった。
「さっ、パーティーパーティー!」
エルゥは手を二回叩き、平然と仕切り直そうとする。
ギルド内は静寂のあと……「ま、いいや」と割り切ることができたのか、どかんと騒ぎ出す。
鳴り響く喧騒の中、未だ複雑な心境に晒されている俺は立ち止まっていると、今回の騒ぎの大元であるエルゥが寄ってくる。
「散々仕打ちを受けたり悪い噂を広められたりしたでしょ。少しは気が晴れた?」
エルゥは俺の肩を叩き、にっこりと笑う。
「はっ」
その無邪気な笑みに、釣られて笑いを溢してしまう。
彼女なりに俺の為を思って、こういった結末へと導いたのだろう。
──ま、いいか。
悪い噂の半分はお前だろというツッコミは心の奥に捨て、親のこともひとまず忘れる。
今は、この歓喜に酔いしれよう。
そう思い食事の置かれた卓に歩き出そうとした……その時だった。
「貸し、一ね」
満面の笑み。満面の笑みで人差し指を一本立て、俺より先に食事の元へ駆け出していくエルゥ。
「退け退けぃ!」と周りをかき分け、肉に食らい付く姿。
俺はそれを見て、一瞬現実に戻されたのであった。
どこまでも、どこまでも自分のペースでかき乱していく奴である。
これにて一章終了です!
二章は構成自体は考えてるので変わらず頑張って更新していきまふ!




