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攻略(6)

 得物を持たぬラースが、第一に目に付けたのは側に居た私だった。

 正気を失った眼に睨まれた私は、足が竦む。

 死。

 氷の巨人の強烈な頭突きを受ける際にも感じなかった圧倒的な死の予兆に、走馬灯が蘇る。


 この年まで淡々と過ごしてきた日常も、最近の濃い日常も。

 全て、ただの過去になる。

 私は──終わる、そう悟った刹那。


 強烈な蹴りに、気がつけば体は浮いていた。

 胃の内容物が全て吐き出されんばかりの衝撃。

 凶暴化ラースの蹴りを脇腹に受けた私は、広い部屋の端まで運ばれる。


 ただ、私の意識を保たせたのは“無意識”のおかげだった。

 死を本能が予感したその時、私は〈エア・コントロール〉を発動させ蹴りから身を防いだ。

 氷の巨人との戦闘で私を救った“本能”が、再び命を紡いだのだ。


 ラースの標的は切り替わり、氷の巨人へ。

 私は血を吐きながらもなんとか起き上がり、戦いの行方を見守る。

 いくら〈バーサーク〉を使ったとはいえ、武器も持たぬ彼が氷の巨人に勝つ道理は。

 可能性としては低い、そう見た私だったが良い形で裏切られることになる。


 四つの魔法陣。内三つが地から起動し、氷石の嵐がラースを襲う。

 氷石はむしろラースを避け、周りを固めるように飛び出しており、“逃げ場を無くす”目的で発動した魔法のように見える。

 おそらく本命に残してあるであろう、最後の魔法陣がラースの遥か上から──起動。


 出たのは食らえばひとたまりもないであろう、氷の大斧。

 左右を塞がれ、前後に移動する他ない。

 しかし振り下ろされる大斧の勢いは凄まじく、地上で棒立ちのラースへと秒も経たない内に到達してしまう。


「…………オモチャか?」


 窮地、そう思った私だったがラースは軽々と氷の大斧を素手で、それも片手で受け止めている。

 な、なんともないのだろうか。驚いて眺めていると、ラースは氷の大斧を下ろし……なんと柄を両手で掴み、自らの武器にしてしまう。


 そう思われた次の瞬間、大斧が宙を舞った。

 ぐるぐると回旋し、狙いは氷の巨人の頭部へ。

 速度、照準共に充分。そのはずだったが、間一髪なところで氷の巨人は避ける。

 代償として肩は少し抉れたが、痛覚を持たないゴーレムにとってさほど影響はないだろう。


「オモチャはオモチャだな」


 攻撃を回避されても特に気に留めない様子のラースは前傾に。

 そしてまるで瞬間移動したかのごとき速度で、氷の巨人の足元へ潜り込んだ。


 ゴッッ、という鈍い音。


 ラースの蹴りが氷の巨人の足を捉える。

 いくら身体能力の上がった今だとはいえ、そんな無茶な。

 私は逆にラースの脚の方を心配したが、意外や意外。

 今までどんな攻撃でもびくともしなかった巨体が、揺れた。


「続けて行くぞ」


 二発目、再び氷の巨人を揺るがす蹴りが、バゴォッという破砕音と共に部屋に響く。

 巨体の重心が傾き、足を引いたラースが捻りを加え──三度、蹴りを加える。

 ビシィ、と氷の巨人の足に亀裂が走る。たった三発、それも生身の攻撃であの頑強なボディに傷を付けるとは。


 次は完全破壊だろう、歩けるほどには回復した私はやや楽観していたが、ラースの体に異変が訪れる。

 四発目の蹴りモーションに入った瞬間、ガクンと力が抜けたように体勢が崩れたのだ。

 今の体は頑強だろうが、それ以前にダメージを貰ってしまっている。

 おそらく、その体で力を引き出すのは予想をはるかに超え、彼の体力を奪ったのだろう。


 不思議そうに自分の手足を見つめるラース。

 体がおもうように動かないのだろうか、地に膝と手をつき、そのまま立ち上がることができない。

 好機と見たか、氷の巨人はやや斜めに崩れたまま拳を振り上げる。

 アレをくらえば、今のラースでは。


 そう思った私は、気がつけば重さの残る体を引きずって前へ進んでいた。

 行って何が出来るだろう。そんな考えが浮かぶが、そんなことは関係なかった。

 私は、私達は………………………………。


 こんなところで止まるわけには。


 私の思いとは裏腹に、無情にも氷の巨人の拳は振り下ろされてしまった。


「〈バインド〉!!!!!」


 瞬間、シトラの大声が響き渡る。

 氷の巨人の腕へ絡みつく、光の束。体勢を崩しながら放つ拳は、本来のものより威力も低いだろう。

 氷の巨人は完全に動きが停止してしまう。


 持てる力を振り絞ったのだろうか、シトラは息を切らし仰向けに転がって寝ている。


「はあ……はあ……っ!」


 満身創痍のラースが、再度立ち上がった。

 身を震わせる“圧”はまだ彼の中に残っている。〈バーサーク〉は解かれていないのだろう。

 血走ったまなこでラースは、既に壊れかけの氷の巨人の脚へ近づく。


 まだ暴走状態は解かれていない、そのはずだった。

 ラースは私の方をちらと見て、口を開く。


 “トドメは、やる”。


 音は聞こえなかったが、その唇はたしかに私にそう伝えていた。

 ゆっくりと進んでいた私の足は、既に加速へと踏み込んでいる。

 最後の力を振り絞り、四度目の蹴りを繰り出すラース。


 それによってだるま落としの如く完全に足を破壊された氷の巨人は、横に倒れゆく。

 足が壊れようと、コイツには魔法がある。完全に破壊しなければ勝ちはない。

 氷の巨人のダウンと同時に懐に潜り込んだ私は、ヒビの入った胸部へと道中拾い上げた〈プロミネンス〉の突起部を打ち込む。


 バリィン! と砕け散る胸部。

 中からはおそらく〈魔核〉であろう、氷の巨人が持つ水色とは違う……禍々しい赤を持った物が剥き出しになる。

 あとはこれを破壊するだけ。私は〈プロミネンス〉を引き、ぐぐと前腕に力を込める。


 体中の魔力を、力を。

 ボロボロになりながらも好機を作ってくれた二人の想いを。

 全身全霊(ぜんしんぜんれい)乾坤一擲(けんこんいってき)のこの一撃を。


「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!」


 〈パワーストライク〉×〈マジック・エンハンス〉。

 私の全てを乗せた、この一撃を。


 ──ぶち込む……!


「これでっ、完全勝利だあああああああああ!!」


 〈プロミネンス〉を〈魔核〉へと打ち込む。

 硬い手応え、重い手応え、全てを乗せた反動が返ってきた私が手にしたものは。


 勝利の、手応え。


「粉 砕ッッッ!!!!!!」


 勝利の確信を得たわたしは雄叫びを上げ、大きく拳を突き上げた。

 コアを壊された氷の巨人はその身を保つことができず、がらがらと崩れ……粒子となって消えゆく。

 余韻も残さず、目の前の景色が霞みだす。ダンジョンが攻略され、崩壊が始まった証らしい。


「やりましたわね」


 〈プロミネンス〉をだらりと垂らし、立ち尽くす私にシトラが声をかけてくる。

 拳と拳を突き合わせ、勝利を分かち合うと……私達は伏しているラースのもとに近づいた。


「生きてますか?」


 ラースの側でしゃがみ込み、つんつんと体をつつくシトラ。

 声を出す気力はないのか、腕をぱたぱたと振って生存報告をしてくる。


「生きているようですが治癒魔法をかけないと帰れませんわね。もう魔力もすっからかん……うん?」


 動けないラースに対して治癒魔法を発動しようとしたシトラを「ちょっと待って」と制止した。

 不思議そうに首を傾げるシトラだが、一つ解決していない問題がある。

 解消していない、私のフラストレーションが。


「ちょ、ちょっと何を……」


「さっき蹴られたお返し」 


 同じく側にしゃがみ込んだ私は、ラースの後頭部に拳を振り下ろした。

 苦笑いのシトラに、「あがっ!」と痛みに悶える声を上げるラース。

 〈バーサーク〉によって暴走したとはいえ、直撃すれば致死に至る蹴りを繰り出された怒りは……消えた。

 これにて一件落着である。


「さ、帰ろう。今日は宴だ」

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