攻略(5)
狙いは変わらず胸部、頭部だろう。
氷の巨人へと歩み寄る私はその二点に狙いを定めていた。
ラースの消耗は大きい。ならば私も前線に出るまで、そう考えた末に行った前進だった。
「!」
が、ラースは制止した。飽くまで火力に徹しろということだろうか?
もどかしかったが、彼の判断に身を委ねることにする。
普段は私が仕切っているが、戦場では彼に全権を渡している。明言はしていないが、私の中ではそうだ。
眺めていると、ラースが再び氷の巨人に接近戦を挑む。
長剣による斬撃は巨人の腕や脚に通っている気もするが、通っていない気もする。
細かな蓄積はあるのだろうか、注視しながらいつでも飛び出せるように用意していると、シトラが私の方へやってくる。
「〈ヒール〉」
何が目的かと思えば治癒魔法。
「ないす、おかげで体が軽くなった」
受けた私は頭突きによって重かった体に生気が戻り、〈プロミネンス〉をぐるりと回す。
ラースは待っていろと目で訴えかけたが、彼が単身戦える時間にも限界がある。
そろそろ攻めに転じる時、そう考えた私はじわりじわりと歩み出す。
〈気配遮断〉。それを使用し、死角へと。
シトラが傷をつけた胸部、そこが本命だろう。
狙いを定め、近距離から隙を伺う。しかし、突如氷の巨人は体を翻すと──目が合う。
準備が整っていた私は出方を伺うが、意外にも氷の巨人は一度距離を取った。
そこにあるたしかな違和感。
一体、コイツは何を基準に私を感知しているのだ? ラースの〈挑発〉には意も介さず、私の〈気配遮断〉を捉えるということは何か優秀な生態レーダーを持っているのだろうか。
“それにしては振り返ってから私の姿を確認するまでラグがあった”。
それは事実なのだ。
「っ、魔法!?」
距離を取った氷の巨人は、ばっと両腕を広げると二つの魔法陣を展開する。
飛ぶは氷の弾丸。
シトラが使う氷の中級魔法〈アイシクルレイン〉にも似ているが、質が違う。
数は減らし、一個辺りを大きく。
岩石、そう呼べるほどの氷が撒き散らされた。
何とか避けるが、好機と見たか今度は氷の巨人が真っ直ぐ向かってくる。
私の側を通り過ぎ、狙うはシトラ。
今度は彼女を守る術は、無い。危機に晒された中、シトラは冷静な眼差しで。
その俊敏性を生かし、素早い回り込むようにステップで氷の巨人のタックルを避ける。
それに反応した氷の巨人は切り返すと、シトラへと腕を振るう。
が、それさえも彼女の俊敏性の前には無意味。
打ち下ろした拳を避け、さっと腕に乗ったシトラはその足で駆け上がってゆく。
〈アイスアロー〉を生成し、頭部へ放ちつつ弓を構える。
受けても支障はないだろうが、習性だろうか。氷の巨人は氷の矢を腕で受け止めるが、シトラにとっては隙に他ならない。
本命は自らが射る、特別魔力濃度の濃い氷の矢。
腕から飛び上がると、一度〈ジャッジメント〉を突き刺した胸部に狙いを定める。
狙いすまされた一撃は──空気を裂き、胸部へ。
「エルゥ!」
矢は先程捉えた胸部のポイントへ、見事着弾。見惚れていると、空中に身を放り出したシトラが私に声をかけた。
おそらく着地を私に任せるということだろう。気がつけば駆け出していた私は、風魔法の〈エア・コントロール〉を構築する。
離れていても魔法は放てるが、精度が落ちる。
万が一座標がズレたことを考え、十分な距離まで駆けた後に魔法を発動──シトラを救った。
シトラの無事を確認すると、すぐに視線を氷の巨人へ。
氷の矢は胸部に刺さり、やがて砕け散る。
だが雨だれ石を穿つとも言う。小さな重なりは、着実に攻略までの階段を上っている。
氷の巨人の胸部に目に見えてヒビが入っているのだ。あのポイントに〈プロミネンス〉を打ち込めば、おそらく。
私は未だ元気に駆動する氷の巨人の次の標的となったようで、攻撃を避けつつ機を伺う。
私やラースの一撃でも、シトラの魔法でも、何でもいい。
もう一撃叩き込めば……。
そんな希望を抱いた矢先だった。
「なっ、なんですの!?」
氷の巨人が一度動きを止めると、おそらく食用では無いであろう口部から蒸気のようなものを発した。
ガァ、と氷の巨人は初めて言葉を発する。
それはつんざくような叫び声。まるで癇癪を起こした子供のように、意味もなく地ならしを踏む。
攻撃を避け続け、ちまちまと一撃を重ね続ける私達への怒りだろうか。
はたまた、その動きは“ギアを上げるためのルーチン”なのか。
なんにせよ、氷の巨人の攻撃パターンが変わる。それを予感させる動きだった。
暴走を終えた氷の巨人は、まるでそびえる氷山の如く佇む。
動からの静。そのギャップに緊張は高まる。
──来る。
動き出しは緩やかに、狙いはやはり脅威だと感じているのかシトラ。
軌道上にはラースが守るようにして立っているが、なんせ物量が違う。
ラースが守るようにして立っているのはリソースを割かせる手段に過ぎない。
身構えるラースに、その後方で回避行動に集中するシトラ。この完璧な布陣に、ただ突っ込んでもまた隙を晒すだけだ。
と思いきや氷の巨人は意外にも、その手前でブレーキを踏む。
行ったのは魔法陣の同時展開。
それも、四つだった。
「Aランクダンジョンってのは、誰がつけたんだ?」
嘆くようにラースが言う。まったくもってその通りで、このボスだけでもSランクの中位に当たるだろう。
天井近くに展開される二つの魔法陣に、地表近くの二つ。
落下してくる大量の氷石に、先程も見た散布する氷石。
ひとつさっきと違うのは、低い二つの魔法陣から発せられる魔法の標的が“私”だということ。
落下してくる氷石の軌道を読みつつ、〈プロミネンス〉を構える。
向かってきた一つを弾き返すように得物で叩き、対処。
さあ次は、そんな私に氷の巨人は素早い動きで接近してくる。
ある程度難しい攻撃であろうと〈ブリーズ・スライド〉で逃げることも可能だ。
見極めてやると、私は一度足を止めて氷の巨人の攻撃を待つ。
そんな時だった。
「!!」
氷の巨人の側から飛来してくる氷石。
新しい魔法? それとも、こういった攻め方を計算尽くで先の四つの魔法を組んだのか?
突然の出来事に私の思考は一瞬止まるが、回避を選ぶ。
氷石が当たる寸前、なんとか横への移動が間に合う。
しかし、隙を晒してしまった私に向けて氷の巨人は拳を振りかざした。
──しまった、避けれない。
「この………………!!」
「ラース!」
私の危機を救ったのは、ラースだった。
氷の巨人の拳を長剣で受け止めるラースは、気合の入った声を上げる。
だが──限界が来てしまう。
この戦闘で散々酷使した体。それはラースではなく、彼の長剣である。
ビキと音を立て、ヒビが入り……刀身の崩壊を迎える。
結果、氷の巨人の殴打をその身に受けることになり、拳の下敷きになってしまう。
手応えを感じたのか、氷の巨人は拳を退けると倒れたラースに再度目を向けることはなかった。
次に標的として選んだのは、シトラだった。
迅速な判断で治癒魔法を構築し、こちらに向かって走り出していたが……氷の巨人はその隙を逃さない。
「ぐうっ……!」
氷の巨人の手の平が、ついにシトラの華奢な体を捉える。
払われるように吹き飛ばされたシトラはゴロゴロと転がり、動かなくなる。
……この事態は私の落ち度だ。それを重々理解していた私は悔しさに唇を噛み締める。
潮時だろうか。
ごとりと、地に転がる〈プロミネンス〉。
シトラは倒れ、ラースも私を守るために直撃を受けた。
この選択は、選びたくなかった。
「……」
私が未だ起きれないラースにアイコンタクトを向けると、彼は渋るような表情を見せる。
だがすぐに、覚悟を決めように目を瞑り──自分に、私に頷きを返した。
〈バーサーク〉発動、それを辞さない状況だと彼も判断したのだ。
逃げ場がないこの状況、氷の巨人を倒したとしてダンジョンが消えるまでには少しラグもある。
そもそも、私達に襲いかかってこないとも限らない。
それでもこの状況では縋る他なかった。
……前日にラースと話し合い、窮地の時に私の合図で解放すると決めていた。
禁忌の暴走術、ラースはそのギフトを口にする。
「──〈バーサーク〉」
闘気が、殺気が、狂気が、部屋を支配する。
〈挑発〉には見向きもしなかった氷の巨人がラースへと釘付けにされる。
私の危険レーダーが警鐘を鳴らす。
コイツは、今まで見たこともない程の怪物だと。
「第二ラウンド」
絶望の中、渦巻く狂気。
強者を前に戦いの悦びに目覚めた狂戦士が、笑みでぐにゃりと顔を歪め──氷の巨人の前に降り立った。




