攻略(4)
私は右に、ラースは左に。
シトラは頑丈なラースの後方で待機する布陣で、攻め入る。
「速い……!」
動き出しは緩やか、ウドの大木かと思えた氷の巨人は急速にギアを上げる。
高速の鉄槌が私目掛けて振り下ろされるが、避けるのが精一杯。
続けてもう一発、そんなタイミングでラースが〈挑発〉を発動した。
激昂していた氷竜のヘイトをも向かせた、ラースの〈挑発〉。
勿論氷の巨人の注目も集める……かと思いきや、効果は無い。
私達は驚いた表情で固まる。何故、効かない?
そんな疑問は置き、危険が差し迫る。
二の拳がフック気味に、私を貫く。
──寸前、風の初級魔法〈ブリーズ・スライド〉。
一瞬硬直はしたが、思考は動いていた。
一撃目を避け、体勢を立て直す途中だった私を急速に押し出す風。
フックの軌道を、逆に潜り込んで避ける。
体の大きな氷の巨人の弱点だろう、稼働域も広くない。私は脇腹をすり抜けるようにして何とか回避してみせた。
背中側に潜り込んだ私は、氷の巨人の足の腱となる部分へ〈プロミネンス〉を打ち込む。
が、硬い。弾かれるような感触で、巨体が揺らぐ様子も無い。
スキルでなければダメージらしいダメージは通らないのかもしれない。私は一度距離を取ると、味方と敵の動きを見る。
〈挑発〉が効かなかったのは、ゴーレムという異質の魔物ゆえだろう。
ゴーレムは心ではなく、決まった思考ルーチンによって動く魔導機械の様なものだ。だからラースの強力な〈挑発〉に見向きもしなかったのかもしれない。
だが、逆に言えば単純。行動パターンが決まっていることが多いし、読み切れば攻略は容易いだろう。
少しの間見に回り、行動の癖と隙を見抜くべく距離を取っていると、ラースと氷の巨人の肉弾戦が始まっている。
さしものラースでもこの巨体に力勝ちすることはできないらしく、攻撃を長剣で受ける度に弾き飛ばされる。
しかし立て直しが早い。氷の巨人にターゲットを変える暇を与えさせず、攻め続けている。
その間に私とシトラは魔法の構築を進める。一般に氷に強いとされる私の火魔法は残念なことに中級までしか使えない。
火力としては物足りないが、足止めになれば。そう思って私は火魔法を構築するが、ふと止める。
“いらない”。戦いの最中、私と目を合わせたラースはそんな様相で首を振った。
中途半端に魔法は使わず、魔力を温存しておけと。
そういう意図だと受け取り、私は白い息を吐き出した。
激しい戦闘の中、一人やることなく立ち尽くす私は戦況を見守る。
ラースが氷の巨人の相手をする中、シトラの魔法が完成する。
曰く『神よ、天の法と理に則り地への判決を。悪を穿つ、制裁の槍』
光の上級魔法〈ジャッジメント〉。魔法陣より出ずる閃光が、戦場を駆け抜け氷の巨人の胸へ。
〈魔核〉はゴーレムといえど、大体が胸部に備えられているらしい。
場所を見極めなければ勝利はないが、露出しているものでもないので狙いを定めるのは妥当な判断だろう。
「よし……!」
光の槍が氷の巨人の胸へと突き刺さる。シトラは小さく拳を握り、手応えに頷く。
威力は十分、そう思えたが。
バキィッ! と、刺さった槍は氷の巨人が圧をかけることによって破裂する。
魔法自体、上級という十分な階位に完璧な展開タイミングではあったが、強靭なボディを貫くにはそれでも不十分だったらしい。
「っ、来るぞ!」
ラースが警告を叫ぶ。
無機質な氷の巨人、それでも行動パターンに変化が起こるのは目に見えて明らかだった。
腕を振り上げ、地に向けて叩きつける。
シンプルな動作の連続。ただ、それを高速で打ち出す行為はなんと対処が厄介なことか。
標的は──シトラ。〈ジャッジメント〉は貫通には至らなかったが、氷の巨人の表面にヒビを入れている様にも見える。
魔法の精度、威力を加味してターゲットを変えたのだろうか。
氷の巨人は高速の連打でラースを追い払い、シトラにタックルを敢行する。
右か左か、はたまたポッカリと空いた股下へ潜り込むか。
ギリギリまで判断をあぐねているシトラ。切迫した表情で、氷の巨人を強く睨み返す。
何にせよ、シトラにとっては危機。そんな瞬間、間に入る一つの影。
ラースだ。身を挺し、氷の巨人がシトラに向けて打ち出す拳を食い止めている。
冷静な彼が張り裂ける様な叫び声。力を振り絞る様なカバーは、シトラを氷の巨人の斜線上から逃すことに成功している。
──隙。
しばらく傍観に徹していた私は、氷の巨人へと向かって跳躍すると共に例の風魔法を発動させる。
〈ブリーズ・スライド〉。その出力を上げれば、ブリーズな風ではなくなる。
私を叩き上げる、風のハンマー。
氷の巨人へ向けて旋回しつつ、〈プロミネンス〉を構える。
例え疲労がかさ張ろうとも、出し惜しみはしない。
〈気配遮断〉で隠密に。氷の巨人の後頭部へと、渾身の一撃を。
「なっ…………!」
何が敵を悟らせたのか、突如半身になった氷の巨人はその怪しく光る目で私を捉える。
──マズい。
攻撃体勢を取っている今、防御手段に切り替える選択肢がない。
風魔法で逃げる時間も。
「!」
堅固な頭部による突き。視認、そして思考がそう判断するも、私は不可避の一撃に頭が真っ白になる。
ゴッッッッ!! という鈍い音。ラグのち体に衝撃がやってくる。
氷の巨人の頭突きをマトモに受けた私の意識は一瞬飛んでいた。
正気を取り戻したのは地面に激突する寸前のこと。
高所からこの勢いで叩きつけられてはタダではすまないだろう。
それを本能的に理解していたのか、私は“意識を取り戻した瞬間には”魔法を構築していた。
一体、これは?
見覚えのない出来事に、戸惑いつつも魔法を発動させる。
〈エア・コントロール〉。これも風の初級魔法で、主に気流で力のベクトルをずらす目的に使われる。
風に流され、守られ。地面へと激突寸前といった中で吹き飛ぶ勢いを緩和した私はそのまま地に足をつける。
が、ぐらりと揺らめく。華奢できゃわいい私なので頭突き一発のダメージは相当なもの。
片膝をつき、それでも〈プロミネンス〉は手放さない。
「野郎」
氷の巨人を睨むが、逆に睥睨するような見下ろされ方をした私は笑みを浮かべていた。
絶対にぶっ潰す、私の強靭な意志から生まれた言葉だった。
「はぁ……はぁ……っ!」
一度止まった戦況の中、疲弊を隠せないのは意外にもラースだった。
それもそう、単身で氷の巨人と肉弾戦を繰り広げ、シトラを庇うため強烈な一撃を流すことも出来ず受けた。
長剣でガードしたとはいえ、ダメージの蓄積は多い。
高いフィジカルに目が行きがちだが、彼の戦闘術の真価はそれに加えた立ち回りの巧さだろう。
上手く力点をずらし、直撃を避ける。そして切り返しに無駄のない一撃。
経験によって培われた刹那の見切りが彼のタフネスを無尽蔵に見せていた。
だが、圧倒的なパワーを誇る氷の巨人の一撃。体躯も人の域に過ぎない彼の身には重かったろう。
私もラースも消耗し、シトラの火力も通じない。
絶望の中、私達は意に介さず笑みを浮かべていた。
威力、強度、速度、判断力。全てを兼ね備えた、あまりにも恐ろしい氷の巨人。
Aランクのパーティーではまず攻略できない。そう思わせるほど高い壁を前に、恐怖を感じざるを得ない。
だけど私達の本能は、それが待ちに待った格好の獲物だと告げている。
──これぐらい張り合いがないと。
私は〈プロミネンス〉を握りしめ、再び立ち上がった。




