攻略(3)
やってきたラースは手始めに〈挑発〉を放った。
それは私のものとは比べ物にならないほど強いもので、氷竜は勿論のこと対象でない私やシトラも彼に視線を向けざるを得ない程。
その立ち姿は幾多となく敵のターゲットを集めてきた戦士の貫禄と言えるだろう。
「危ない……!」
氷竜の前脚が動き、私はラースに呼びかけるが意にも介さない。
高速の横薙ぎ。そう距離が開いているわけでもなく、避けるのは至難かと思われた氷竜の足払いは──ラースの長剣に受けられる。
それも、支えるのは片腕のみ。余裕綽々の表情でラースは氷竜の胸元に視線を移す。
魔物とはいえ心臓を潰されれば死ぬし、出血多量でも死ぬ。
彼の狙いは一点、おそらく心臓だろう。
攻撃を止められた氷竜はスタンプするように足を振り下ろすが。
「〈パワーストライク〉」
潜り込んで攻撃を避けるラースは、長剣を引く。
〈パワーストライク〉は体勢や姿勢の問題ではない。己の中の闘気のようなものを高め、一撃の威力を引き出す技だ。
一撃目を防御した時点で彼は〈パワーストライク〉の溜めに入っていた。
氷竜はそれも知らず、迂闊に隙を晒してしまったわけで。
「──ッ!!」
断末魔を上げる暇もないほど、強烈迅速の一撃が氷竜の胸を斬り裂いた。
私の〈プロミネンス〉でも貫くことができなかった氷竜の皮膚を深くまで抉り、鮮血が噴き出す。
〈魔核〉とは、魔物の心臓とは別のものだ。魔物の体に魔力を流すための供給源。
ただ、概ね心臓の近くにあることが多い。なので冒険者にとっては心臓を狙うということは〈魔核〉を傷つけ兼ねない行為だ。
とはいえ〈魔核〉というのはとかく硬い。魔力のおおもとだけあってか魔力でコーティングされているらしく、そっとやちょっとでは傷付かない。
それは高位の魔物であればあるほど、顕著になるはずだ。
……が、ラースの一撃は明らかに〈魔核〉をも破壊している。少し勿体無い気もしたが、威力の高さに驚かされるばかりだ。
「ふぅー」
ラースは顔に付着した氷竜の血を拭いつつ、倒れてくる氷竜から距離を離すと天を仰いだ。
〈パワーストライク〉は見た目以上に気力体力を削がれる感覚にある。
修行初日に六階に行った時にすぐにバテて後半逃げ回ることになったのはそのせいもあった。
スキルというよりは、奥の手の必殺技。そう言っても過言ではないかもしれない。
ラースも一瞬の仕事だったとはいえ、疲労に襲われたのだろう。
再度深い息を吐き出すと、「よし!」と部屋の先を見据えた。
「先を急ごう」
氷竜から何も剥ぎ取らなくていいのか、とは思ったがすぐに原因は分かる。
後ろの通路から魔物が向かっているのが見える。巣があると言っていたし、相手にするのはキリが無いだろう。
私とシトラは頷くと、ラースの先導のもとついて行く。
「随分とあっさりと倒したけど、一度目はどうやって倒したの?
〈バーサーク〉を使ったみたいだけど、睨みを利かされちゃそもそも通路を通れないでしょ」
少し余裕が出来ただろうか、と思ったタイミングで私は聞いてみる。
「あぁ、小部屋の傍から這い出てくる魔物を殲滅した後、ブレスを溜めきる前に距離を詰めたんだよ。走って」
真実はゴリ押しだった。氷竜のブレスの溜めは時間にして五秒程度だった気もするが、その間に通路を駆け抜けたというのか。
身軽な方の私が走ってもおそらく十五秒程度はかかる長さの通路だったので、〈バーサーク〉による身体能力向上の凄まじさが分かる。
駆け抜けることが難しいということを考えて音を立てず、ゆっくりと歩いて距離を詰めたりしていたというのに、そんな攻略法で突破されては私達のさっきまでの慎重さがバカらしく思えてくる。
そんな会話ののち、数度の戦闘を繰り返した私達は八階の最終地点に到達する。
ラースもこの先は未踏であり、もしかすると次の階がボス部屋という可能性もある。
なので体調の最終確認。と、小休憩。
ボス部屋といっても二種類ある。
上がったら部屋があるパターン、普通のダンジョンのようなら形をしていて道中や奥に居るパターン。
上がってすぐに扉があるケースは見て分かりやすく、〈イレギュラー・シフト〉するケースも少ない。
少ない、というのは稀に扉をぶち破るらしいのだ。
何にせよここで休憩していても油断はできないが、私は完全に腰を下ろし壁にもたれ掛かる。
「大丈夫、みたいだな」
体力残量、精神状態共に良好。八階での戦いもほぼラースが片付けてくれたので怪我もなくここまで来た。
私達の体調を確認したラースは、立ち上がる。
計算ではダンジョンに入ってここまで六時間程度。ペースも順調だったので、そんなものだろう。
時間には余裕はあるが……なんせ長居したい環境ではない。
私達は八階に繋がる魔法陣へと踏み込んだ。
「これは……」
私は上がってすぐ、眼前にそびえる巨大な扉を見上げる。
荘厳な扉の真ん中には魔法陣が刻まれており、挑戦者を歓迎するように発光する。
ギィ、と扉は開く。
重く、堅く。ゆっくりと開いてゆくその間に覚悟を済ませる。
扉が開き切った先には広大な部屋。十分な戦闘スペースの中、中央で眠る巨人の姿。
「ゴーレムか」
ラースは分析しつつ、並ぶ私に、後方のシトラに視線を流す。準備は出来ており、親指を立てる。
戦闘のラースが部屋に踏み込むと、ゴーレムと呼ばれる巨人は目を紅く、妖しく光らせた。
巨大で厳しいボディは氷の特徴を持っているだろうか、水色の光沢を持っている。
私達の侵入に呼応して眠りから覚めるように、稼働を始める。
冷たく、静かな空間で音もなく巨体は持ち上がると、私たちを見据えた。
見上げるほどだった氷竜より、更にワンランク上のサイズを誇る氷の巨人──一体どのようにして攻略すればいいのか。
と、弱気になってしまいそうな佇まいを持っているが実のところ、対策はある程度話し合っていた。
ボスのタイプは大抵が大きなモンスター。今回の場合であれば氷竜の上位種か、八階までに居た魔物のデカイサイズバージョンだと考えられていた。
なので姿を見ることすらなかったゴーレムだというのは予想外だったが、コイツの場合は逆に攻略法は単純明快。
〈魔核〉を、打ち砕く。これといった弱点とないゴーレムタイプを倒すには、これしかない。
「行くぞ!」
ラースの掛け声で、私は駆け出す。
氷の巨人は迎え打つとばかりに、大地を踏み鳴らす。
いかに強大であろうと、巨大であろうと。私は、私達は乗り越えていく。
ゴーレムなんかより遥か高い天辺へ向かうため。




