攻略(2)
長剣を手にしたラースは、迫りくる魔物を一人で迎え打つ。
見ていると彼が〈鉄壁要塞〉と呼ばれる訳がわかる。
余地が無い。私達が戦闘に参加する余地が。
彼の横は何人たりとも抜ける事はできず、かといって本人の鉄壁の戦闘術の前に為す術はない。
〈ワーウルフ〉も〈スピアラビット〉も。この階から見かけるようになった〈アイスロックサウルス〉も、〈ダークスコーピオン〉も。
全て粉砕、両断。圧倒的な速度、力、耐久、技術、判断。
特別なギフトは持たずとも、基礎を突き詰めればこうなるという冒険者の見本とも言えるスタイル。
ただ、私の目には彼が持ちうる物がそれだけだとは到底思えなかった。
「さ、八階だ」
七階で遭遇した魔物は初めの一匹を除き、彼が全て排除した。
途中加勢を申し出たが、この後に大役があるからと断られた。
氷竜との戦闘。その為に私達の体力を温存するつもりらしい。
問題点として挙げている地形を理由した不可避のブレスもラースなら受け止められる、というのがカッツの意見だったが、私も賛同である。
彼一人で何とかなるような気もするのだが、言い過ぎなのだろうか。
八階に踏み入れた私達は、慎重に足を進める。
私とシトラは八階に踏み入れた時点で〈気配遮断〉を使用している。どこまで氷竜のセンサーが広がっているか分からない為だ。
八階の道は意外にも静かで、魔物と出会わない。
「さ、頼むぞ」
少し離れて先行していたラースが、引き返す。
どうやら例の地点らしい。私とシトラは任せろと頷くと、ラースを置いて歩き出した。
曲がり角を曲がれば、小部屋にぶつかる。その小部屋から繋がっている通路、その先に氷竜が居るとのこと。
私は角から顔をひょっこり出すと、先を確認する。
遠く、大きな蒼の図体が見える。あれが氷竜だろうということは一目でわかった。
ラースにはこちらを向いているようであれば待って機を伺えと言われていたが、好都合。尻尾がこちらを向いている。
手で大丈夫だとシトラにジェスチャーし、角を出る。
目指すは小部屋。数m離れた目的地まで忍び足で進むと、氷竜まで続く通路の直線上には立たないよう脇に寄る。
この部屋は左右にも分かれており、どちらも魔物の巣になっているらしい。
ラース達もそれで大量の魔物に囲まれたようで、ぐずぐずしている暇はない。
シトラに目配せをすると、私はまだ氷竜の向きがあちらなのを確認して進み出した。
寝ているかどうかは分からないが、寝そべっている。
完全に休日のパパぐらいゆったりと腰を落ち着けているが、それが運の尽き。
なるべく足音を立てぬよう、慎重に距離を詰めていく。
初めは魔法を使っていくプランもあったが、〈魔力感知〉で気付かれる可能性もあったので却下となった。
それがあればそもそも気付かれるような気もするが、〈気配遮断〉の優秀な点は体内の魔力も極限まで隠蔽してくれること。
全部が全部消えるわけではないが、多少の魔力であれば常に大気中に浮遊している。
気にはならないだろう。
ちなみにどの魔法を使う予定だったかというと私の風魔法〈ブリーズ・スライド〉だ。
アレは浮いている者を押し出すことも可能なこともあるが、乗ることもできる。
上手くバランスを取れば空中を移動することも可能となる。
まぁ、却下になったのはこける可能性も高いという理由もあったのだが。
氷竜に接近し、私は後ろ手に指を一つ立てて見せる。
一は私のトドメを主軸に考えた戦型。攻撃の順番は私→シトラ→私という流れが主だ。
〈ワーウルフ〉と戦った時も結局この流れになったが、あっちは工程二のシトラの攻撃の手番で仕留めるつもりだった。
結局私のトドメになったのは成り行きだ。〈プロミネンス〉を信用していなかったわけではないが、予想以上に耐久が無く速度のある敵だった為に食い違いが起きたという、それだけのこと。
今回は違う。氷竜のいる部屋は多少広くはあるが、満足に戦えるスペースがあるかというとそうでもない。
ちらと見る限り天井は高いので私は風魔法で逃げることも可能だが、何にせよシトラに火力のある魔法を構築させる時間が稼げるとは思えない。
なので、私がトドメを刺すことを前提として戦う。それか、ラースの到着まで時間を稼ぐ。
私は〈プロミネンス〉を構え、親指を立てる。
いざ、戦闘へ。
「ゴー!」
掛け声と共に、駆け出す。
通路を抜け、部屋へ。振り向こうとした氷竜の尻尾へ、〈プロミネンス〉の突出部を突き立てた。
「GUAAAAAAAAAAA!!!!」
それは痛みだったか、先手を打たれたことに対しての怒りか。
身を叩くような氷竜の咆哮が響き渡り、私は〈プロミネンス〉を構えなおす。
渾身の一振りは貫通もせず、肉に弾かれたような感覚。
ただ、見ると刺さったような痕は残っている。ダメージは少なからずあったと思っておこう。
「っ!」
氷竜は顔だけをこちらに向け、私達の姿を確認すると暴れ狂うように尻尾をビタンビタンと叩きつける。
避けて、避けて、その先にもやってきた尻尾は回避不可能だと判断した私は受け止めるべく〈プロミネンス〉を盾にする。
──重い。頭上からのしかかってきた尻尾は押し潰されてしまいそうな程の重力を持っている。
しかし、力比べ。私を押し潰さんと集中する氷竜に、堪える私。
その間隙を縫ってシトラが回り込む。生半可な攻撃は通用しないと考えたのか、弓を構えて氷竜の正面に滑り込んだ。
魔法弓。それは彼女が得意とする氷の矢魔法〈アイスアロー〉とは同じだが、射出方法が異なる。
通常であれば魔法陣から飛び出すように射出される氷矢だが、今回の場合は氷矢を彼女が構えている。
彼女が持つ〈弓適性〉によって精度、そして速度が上がり、加えて光の初級魔法の〈オーラ・ブースト〉という光の加護を付与することによって物質の強度を上げる魔法を矢にかける。
光魔法が優秀だと言われるのは、補助魔法に優れているからだ。
光魔法自体にも治癒の効果がある魔法であったりと、バラエティに富んでいる。
「これで!」
光と氷と二つの性質を持った弓が狙い澄まされ、放たれる。
狙いは氷竜の眼球へ。体表が鱗に覆われていようと、眼だけは空気にさらされている。
縦割れの瞳孔を持つ眼球はカッと開かれ、即座に尻尾での攻撃から弓への対応に切り替える。
私でさえはっきりと捉えることは出来なかった矢を、氷竜は間一髪か余裕を持ってか、頭部の稼働のみで避けてみせた。
頬を掠めた弓は薄く皮を削ぎ、血を噴かせる。
ほんの擦り傷だが、痛みを感じたのだろうか。
激昂し、二度目の咆哮を響かせた氷竜はシトラにヘイトを向けた。
不味い、そう思った私は〈挑発〉のスキルを発動させる。
が、効かない。氷竜はちらと私を視界の端に映したはものの、すぐにシトラに焦点を戻す。
氷竜の口に渦巻く強烈な“死の気配”。
ブレスが、来る。範囲はどれほどのものなのか? 私は避けることができるが、シトラはどうだろうか。
範囲のほどは分からないが、威力が私達を致命傷に追いやるであろうことはたしかだ。
突然のことに思考がぐちゃぐちゃになる中、シトラは険しい顔で氷竜を見つめている。
ラース曰く、氷竜のブレスには二種類のものがあるらしい。
一点集中型に、範囲型。
発動前にそれを区別するのは難しいらしく、これといった対処法は……決まっていなかった。
だが、一つ確かなことをラースは言った。
「〈ブリーズ・スライド〉」
“撃たせなければいい”。シンプルだが、一番の対処法。
駆け出していた私は、氷竜の尻尾に乗り上げ背中を経由して宙へ。
更に風による押し出しで氷竜の頭部へと距離を詰め、空中で旋回のち。
「〈マジックエンハンス〉」
〈パワーストライク〉を溜める時間はない。
多少魔力の消費は気になったが、しのごの言っている場合ではないと判断し。
ズゴオオオオオオオオンンッッ。
竜のあぎとへ打ち込む。
強烈なインパクト音。ブレスを溜めていたのもあって私への警戒は薄れていたろうか。
氷竜の体は仰け反り、ひとまず窮地を脱した。
──かに見えた。
「ッッ!!」
“強烈な死の気配”はまだ残っている。
勢いのままに氷竜の側を通り過ぎてゆき、着地した私はすぐさま振り返る。
仰け反っている氷竜は、ブレスの溜めを解いていない。
……私は回避行動を間に合わせることができるが、シトラは?
見ると、再び弓を構えていた。
ブレスをかわすだけであれば、氷竜の背中側に回ればいい。
首の可動域は広いが、私がやったように背中に乗るなどすれば当たることはないだろう。
だが、私達が数日で確立したスタイルはそうではないだろう。
ここで私は再び〈挑発〉のスキルを氷竜に向けた。
仰け反り、一時的に視界を失った氷竜。なら、アテにするは気配を感知する能力だろう。
そこにシトラが〈気配遮断〉を発動し、私が〈挑発〉を放てばターゲットが向くのがどちらか。
自明の理。ブレスが来るだろうと予感した私は回避行動に入る。
低く地を蹴り、氷竜との距離を詰めていく。
その際〈気配遮断〉のスキルを発動させ、だ。
「GYAAAAAAA!」
大気を震わせる叫び声と共に、遂に危惧したいたブレスが放たれる。
その対象は、私。いや、私が“居た場所”である。
氷竜が驚愕に目をかっ開く姿が目に映り、思わず口角が上がる。
これが〈挑発〉と〈気配遮断〉を併せ持つ利点だ。敵の視界が遮られている時に、撹乱させることができる。
相手が気配によって敵の位置を知ることができる者であれば、尚更効果は高い。
「頂いた好機、逃しませんわ」
私は氷竜の側に回り込んでいるために氷竜の視界には入っていない。
次の標的はシトラ。ブレスの軌道は曲がり始めるが、ほんの少し時間を稼げただけでも充分。
シトラの氷光矢が、正確に。
氷竜の片眼を射抜いた。
フロア内につんざくのではないかという大絶叫が、耳を打つ。
ブレスを放つことも忘れ、氷竜はのたうち回る。
──絶え間なく攻め続け、作り出した好機を逃さず射止める。
それが私とシトラが確立した戦闘のスタイル。
保守派の冒険者達に捧ぐ、攻めの姿勢だ。
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!」
やがて氷竜の鳴り止まぬ激昂は、痛みを乗り越えて再び私達に向く。
勝負は振り出しに戻るが、たしかなダメージの蓄積はある。
それに。
「よく持ち堪えたな、二人とも」
メイン火力が長剣を構え、威風堂々と、悠々と通路の奥から歩いてくる。
時間切れ。パーティー三人さえ揃えば、最早敵はない。
「さあ、狩りと行こうか」




