攻略
二階を踏破した私達は三階へ。
未だにシトラに鉄拳を落とされた頭の痛みに悩まされながら進む。
どうもシトラには勝てない。私の弁論は基本的に勢いと積み上げてきた会話の中で生まれた強さであり、真にブレない人間には勝てないのだ。
エルフだが。
「こうも魔物と戦う機会がないと、逆に不安ですわね」
三階、四階とがらりとした道を進む中シトラがそんな心中を吐露した。
体内時計を信用すれば経過したのは一時間ほどだろうか。その間本当に魔物に出会うことなく進み続けた私達。
徐々に体を慣らしながら進んでゆくというのが通例というか、普通だ。
なので魔物が居ない中進んでゆくというのはむしろ違和感を感じるし、精神的にも弛みが生まれる。
そんな理由でやられるのはありがちだが、凡である。
……と言ったものの、私も似たような不安を抱えていた。
もし、突然魔物に襲われたときに体が動くだろうか。
「そう心配するな、二人はもう立派な冒険者だ」
そう言ったラースは「それに」と自分を指し、
「俺も居る」
不覚にも格好いいじゃん、と思った私がそこには居た。
久方ぶりに共闘するとなると頼りになる背中である。やはり選んで間違いではなかった。
選ぶ方法は間違っていたかもしれないけど。
そんな調子で四階を超え、五階。
冒険者の数は図で表せばひし形になっており、中堅辺りの冒険者が一番多く、次に初心者、その次が上位の冒険者となる。
この街も例外に漏れず、中堅が多い。何を言いたいかと言うと、中堅冒険者が最も来るこの辺りの階層の魔物は特に徹底的に狩られている。
そういった理由もあって五階も難なく乗り越えた私達は、意気よく六階に乗り込んだ。
「早いな」
そこではカッツ達が待ち受けていた。私達の到達速度に驚いているようで、もう来たのかという表情である。
進路を塞ぐように立っているが、今度は私達を止めるためではない。
「夜なべしてこの階の魔物は狩っておいたぜ」
相変わらず恩着せがましい奴だ。
私はカッツの図々しさに眉を潜めつつ、感謝の気持ちも僅かにあったため「ありがとう」と口にする。
「礼ならジーラに言ってやってくれ。六階は俺達が狩るんだって五月蝿かったし」
「よ、余計なこと言うなよっ!」
照れつつも前に出てくるジーラ。
礼を言って欲しいのだろうか、やはり図々しいパーティーである。
早く進みたい私は殴ってでも目の前の少年を退けようかと思ったが、やはり感謝の気持ちが僅かにあったため、
「本当は七階の魔物を狩って欲しかったけど、よくやったんじゃない」
「こ、こらっ! そんなこと言うんじゃない!」
ありがとうと述べるつもりが、反骨精神が邪魔をして中途半端なものになってしまう。
その結果ラースが「ありがとうな!」と礼を述べた後気まずそうに私を引きずって彼等の横を通り抜けていく。
実際問題七階の魔物を数を減らすために狩るのはランクのパーティーでも苦戦する。
下手に行ってむくろを増やされるのも私達にしてみれば士気が落ちるのでここらで狩ってもらうのが一番だったかもしれない。
そんなわけで六階もロクに戦闘をすることもなくクリア。
七階へ到達すると、今までとは違った空気に体がヒリ付く。
ここまでの冷気は“生温かった”と思わせるほど、緊張と死に包まれた空間。
私は暑くもないのに汗を流しながら、平然と進むラースの後をついてゆく。
こんな場所を彼は数日の間一人で探索していたのか。改めてその実力に驚かされる。
「七階の魔物も狩れるだけは狩っているから、困るほどは居ないはずだ」
先頭を歩くラースは私の緊張を感じたのか、わざわざ振り返ってそう言った。
まさか初戦闘が氷竜なんて事態にはならないだろうが、ここまでの道のりがあまりにもイージー過ぎる。改めて周りの環境の良さには感謝である。
「とはいえ、そろそろ慣らしておかないとな」
ラースもいきなり大物とぶつかるのは不味いと感じているのか、肩をぐるぐると回してやる気を演出する。
「丁度良いのが居るじゃないか」
先導されるがままに進んでゆくと、私の危機レーダーが感じたことのあるプレッシャーを拾う。
シトラも同じようで、近付いてくる気配に既視感と恐怖を抱いているらしい。
遠く、通路の先で鋭い眼光が光る。強靭な肉体を唸らせ、私達を発見したと同時に低い体勢を取る。
〈ワーウルフ〉。元々はこの階層辺りから一階までシフトしてきていたのかと思いながらも、私は〈プロミネンス〉を構えた。
相手は普通の個体じゃない。一階にやってきていたあの、異常な個体と似たような闘気を持っている。
初っ端から大物を相手にするかもしれないという不安は的中したけど、頼りになるラースも居る。
そんな安心感があったが、それを裏切るようにラースは腕を組み、
「二人がどれだけ強くなったか試してみるか」
強大なプレッシャーをものともしない様子で標的に背を向け、場にそぐわない試行を語る。
若くして高みへ登りつめた冒険者の感覚は狂っている、と父が口にしていたのを何度も聞いたことがある。
これだから若い者は、という老害発言の一種かと思って流していたがようやく私も理解することができた。
彼は幾多の戦闘で感覚がぶっ壊れたイカレポンチである。
「ん、止めておくか?」
私達の自信の無い表情を見て早計だったと考え直したのか、首を傾げるラース。
だが、それが火をつけた。決して煽っているつもりはなかったのだろうが、私達はそう捉えたのである。
「行く……!」
「行きますわ!」
「おぉ、元気いっぱいだな」
私とシトラは彼の両脇を駆け抜け、既に向かってきている〈ワーウルフ〉を迎え撃つ。
駆ける最中、私は〈プロミネンス〉を抱えつつ後ろ手に指を三本立てる。
数日の訓練で私達は初動に限って連携のパターンを決めた。
一つは、私が先行してシトラが援護するパターン。
二つは、シトラの援護の後私が突撃するパターン。
三つは、私の突撃のちシトラの火力で仕留めるパターン。
指の本数はそれらに従って私が出し、戦いに臨む。
今回の戦場はこのダンジョン恒例の通路。戦うには特に苦もないが、有利になるわけではない。
「まずは力試し……!」
先手必勝、〈プロミネンス〉を走るモーションそのままに打ち込む。
狙いは腕。反応や硬度を確認する意味合いだ。
もししくじってもシトラがカバーしてくれる。そんな信頼あってこその、大胆な攻撃。
「!!」
私の一撃は〈ワーウルフ〉の腕に受けられる。
しかし直撃というわけではなく、止めたのは柄の部分。なので標的の硬度の真は分からないが、ひどく反応がいい。
私の一撃を見切り、なおかつ踏み込んで止めたのだ。戦闘勘は優れている。
支援を待つか? それとも体勢を整えるか?
「〈ブリーズ・スライド〉」
それは風の初級魔法。高速で用意し、起動。
攻撃にはほど遠いそよ風。だが、私の体ぐらいは運んでくれる。
横へ、更に敵の後ろ側へ。
〈ワーウルフ〉からしてみれば突然私が目の前から消えたように感じたろう。
それでも気配で私を捉えたのか、振り向き様に腕を振るいつつといった攻撃。
「甘い」
屈んで攻撃を避けると、私は再び〈ブリーズ・スライド〉を準備しようと考える。
が、〈ワーウルフ〉の体越しに魔法陣が視界に映り考えを取り消す。
〈ライトニング・ハンマー〉。光の中級魔法による鉄槌が、〈ワーウルフ〉の後頭部に振り下ろされる。
さしもの優秀な反応力を持ってしてもそれには反応が至らないようで、直撃を受けた〈ワーウルフ〉はぐわんと頭部を揺らし、グラつく。
──隙。
私は体勢を整えると、前のめりになった〈ワーウルフ〉の顎を〈プロミネンス〉でかち上げる。
尖っている方ではなく、平たい面。
顎を狙うならそれで十分。私の打撃は強固体〈ワーウルフ〉の巨体をひっくり返させる。
「なんだ」
続いてトドメ。流れるような足運びでダウンした〈ワーウルフ〉の頭部側に回り、躊躇なく得物を振り上げた。
「同じか。私達が、淘汰してきたものと」
今度は〈マグナース鉱石〉によって作られている突出部を敵に向け、振り下ろす。
張りのある、それでいてぶにゅっとした感覚。
確実に心臓を捉えた私は、事を終えると〈プロミネンス〉に付着した血を拭うように一度振った。
「いい手前だ」
戦闘を見ていたラースが拍手で私達を称えながら歩いてくる。
……楽に勝てたようには見えたが、彼のように真っ向からの完全勝利というわけではない。
一撃貰えば、該当箇所は破壊されていたかもしれない。それを考えると薄氷の勝利とも言える。
だが、これが今の精一杯。相手の攻撃を連携によって全ていなし、火力を叩き込む。
それが私とシトラの精一杯だ。
「さて」
後輩の活躍に笑みを浮かべたラースは、鞄を一度下ろすと手持ちを背中の長剣に切り替える。
「俺もそろそろ体を動かすとするか」




