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親子の夢

「よっ」


 ダンジョンの中に居る為時間の感覚は分からなかったが、七階の探索を終えるほどには歩き回り、頃合いだと引き上げた俺は六階の入り口まで戻ってきていた。

 そこで待ち受けていたのは、エルゥとシトラ。エルゥの軽い挨拶に、おうと一言返す。


「おいラース、新人の教育がなってないぞ教育がー」


 そんな声をあげたのは俺のパーティーメンバー二人の隣に座っている、Aランク冒険者パーティーのリーダーであるカッツだった。

 そしてその横に馴染みの面子が四人。そういえば行く時に見かけたな、と思いつつ集団の前まで歩く。


「あはは、二人が何かしちゃいましたか?」


「いやぁ、二人で六階に行こうとするもんだから止めたらよ、襲いかかってきたんだよ。俺なんてエルゥに頭蹴られて気絶したんだぜ」


 あはは、と笑う俺の表情が固まる。どんな強敵に遭遇した時よりも表情筋の硬直を感じ、俺はすぐに頭を下げた。


「もっっ……申し訳ない! ほら、二人は謝ったのか!?」


「うーん、邪魔されたのはこっちだし」


「そうですわね。正当防衛というところで」


 反省の欠片も無い二人に、俺は頭を抱える。

 そんな二人に怒りをぶつけるかと思いきや、カッツは意外にも笑う。


「ま、元気があるのはいい証拠だ。二人で六階を歩き回って結局死んでねえんだしな。俺達の目が節穴だったってことよ」


 どうやら襲われたことに関してはそれほど根に持っていないようで、俺はほっと胸を撫で下ろす。


「さ、帰ろ」


 それにしても悪びれが無さすぎるエルゥが腰を上げると、そう言った。

 カッツ達も引き上げるのか、立ち上がるとぞろぞろと帰る準備を始める。

 そんな中、俺に近付いてくる一人の男子。


「なっ、なんでエルゥの無茶な宣言を止めなかったんだよラースさん!」


 見るからにエルゥに惚れている少年魔法使いのジーラである。

 なんで止めなかったの、と言われても今の暴走具合を見てくれたら分かる事である。


「ジーラ、俺にエルゥは止められない。コイツは今まで見てきた中でも一、二を争う我がまま暴走娘だよ」


「失礼すぎ」


 ジャンプをしたエルゥがぺち、と俺の頭にはたく。

 常日頃失礼な態度をとっているエルゥに言われたくないのだが、やはり俺では止められないのである。

 元受付嬢の口の上手さも含めて、難敵だ。


「そ、そうかぁ」


 あからさまにトーンダウンするジーラ。俺は下がっている肩を慰めるようにポンと叩いた。


「任せてなって。必ず一週間以内にこのダンジョンをクリアしてみせるから」


「……でもラースさん、前のパーティーでも苦戦してたんでしょ?」


 痛いところを突かれ、俺は口ごもる。

 ジーラは知らないだろうが、苦戦どころか全滅寸前まで追い込まれたのだ。そう言われると、弱い面があるが、うむぅ。


「バカたれ」


 しかし、怖いもの知らずのエルゥがジーラの発言を鼻で笑う。


「ラースを活かしきれないパーティーと、固い絆で結ばれた私達じゃ格が違う。

 そもそも、前のパーティーを“越えたと証明する”のが目的なの。

 こんな寒いだけのダンジョン、ちょちょいと踏破してみせる」


「おぉ……なんだか凄い自信だ!」


 謎の説得力に騙されかけているジーラに、ふんっ、と鼻息荒く胸を張るエルゥ。

 俺は前のパーティーではわりとベストな活かされ方をしていたし、現パーティーが固い絆で結ばれているかどうかと言われると怪しいところだ。

 そもそも固い絆で結ばれていることとパーティーの強さは関係ないと思うが、どこからか溢れてくる自信が説得力を産んでおり、ジーラは完全に騙されている。


「ところでラースの方は、大丈夫なの? 私達は既に六階に“適応”し始めているけど、探索は順調? 一人で怖くない?」


「まあ、スタートは幸先良かったもののその後は戦闘から離脱することも多々ありましたけどね」


「言わないお約束」


 シトラに突っ込まれ、エルゥはぷりんとした唇を尖らせた。

 格好いいことを言ってはいるが、苦戦したらしい。強がっているところに可愛さを見出すべきなのか、相変わらずの見栄っ張りだと笑うべきなのか。


「それはいいんだが、バリスさんは今回の騒動に関しては何と言ってるんだ?」


 横からカッツに指摘されると、俺は「あっ」と自分でも分かるほど間抜けな声をあげた。

 一切頭になかった。今朝はギルドにバリスさんは……居なかった。

 受付には代わりが見つかったのか他の女の子が立っていたし、そもそも居たらあの場で大暴れをしていたはずだ。

 居たらヴァインもあれほど強く出なかったかもしれない。


 なんとタイミングの悪い人なんだ、と一方的に恨めしい気持ちを抱くが、恨んでいるのはむしろあっちの方だろう。

 本人から説得を、とエルゥに視線を向けるが……我関せず。


「なんとかして」


 全て俺任せである。シトラも右に同じといった表情で、バリスさんの叱責を俺に集めるつもりらしい。

 ──仕方あるまい。

 俺は深い溜息を吐き出すと、腹を括った。

 全力で、謝ろう。







「すみませんでしたああああああああァァッッッッ!!!!」


 今夜の難敵はギルド〈EL〉の前、腕を組み仁王立ちで待ち構えていた。

 鬼の形相に、羅刹の如く気迫。夜の、人通りのあるストリートであろうと人目気にすることなく、俺は土下座をした。

 誠心誠意を込め、レンガの床に額を叩きつけ、擦り付ける。


 正直俺に落ち度はそれほど無いような気もするのだが、この際気にしたら負けである。

 なんとか怒りを買わぬよう、謝罪をするだけ。それが今の俺に与えられた任務だ。


「うむ」


 バリスさんの口から出たのは一言。

 そこから感情を読み取ることは出来ない。むしろ一言というのが恐怖を増し、顔を上げることを拒む。

 びゅうと吹く夜風の中、土下座を継続すること……どれだけ経ったろうか。

 永遠にも感じ取れた時間の中、バリスさんは再び口を開く。


「顔を上げろ、ラース」


 許可が下り、俺は頭を起こす。

 覗き込むようにバリスさんの顔を見上げると、いつも通り険しい表情。

 そもそもこの顔以外ほとんど見たことがないので、怒っているかどうかの判断は難しい。


「話は聞いた、今回の出来事はエルゥが突っ走ったことだそうだな」


「ん」


 今回の件は流石に自分にも責があると思っているのか、一応味方になってくれるつもりはあるようで頷くエルゥ。


「……コイツの見栄っ張りとお調子乗りは俺の遺伝だ。まぁ、責任ぐらいは自分で取るべきだろう」


 渋々といった感じではあるが、納得はしているらしい。

 責任を本人が取るべきとは言っても、俺達にも降りかかっている火の粉なのでダンジョンの攻略自体は全力で努めるつもりだ。

 そうでなければ一人でAランク認定のダンジョンの奥底まで踏み込まない。


「が」


 その言葉で俺の心臓は跳ね上がる。


「その暴走を止められなかったお前は先輩冒険者としてダメだし、親としては娘の裸踊りの危機を看過したお前をぶん殴りたい気持ちはメチャクチャある」


 やはり怒ってらっしゃるようで、俺は正座のまま「はい」と答える他なかった。

 ここで「が」というどんでん返しの言葉が欲しい。

 頼む、許してくれ。と願うが、一向にその言葉はやってこない。

 ダンジョンを攻略できなければ俺だって裸踊りをしなければならない身だというのに、まるで全ての元凶とばかりの言われである。


「というかまず、一発殴っていいか?」


 バリスさんはにこっ、と微笑む。

 表情とは裏腹に拳は握られており、ぷるぷると……おそらく、怒りに震えている。

 俺はやはり「はい」と言う他ない。だが、頷けば鉄拳が飛んでくる。頷かなくても殴られるかもしれないが。


「待て、バカパパ」


 頷くか頷かまいか、究極の選択の狭間に居る俺を救ったのはエルゥだった。

 間に割り込み、通さないぞと両手を広げる。


「ていっ」


『!!??』


 なんなら、逆に父の顔に鉄拳をくらわせる始末である。

 周りはどよめき、バリスさんは驚いたような表情で固まっている。

 そりゃそうだろう。自分の愛娘にいきなり殴らるなんて、そんな経験はあるはずもない。

 ……エルゥなら過去にやっていてもおかしくはないが。


「話を聞いたなら私の発言を最後まで把握しなさい」


 あの衝撃宣言の時に心あらずで居た俺ははて、と思い返す。


「凡は座して待て、と」


 元Sランク冒険者にとてつもない暴言。再び周りはざわつくが、当の本人は口角を上げ……仰反る程の大笑いをした。


「そうか、そうだな」


 一通り笑った後、バリスさんはエルゥの肩をばんばんと叩いた。


「俺の夢はお前に託す。軽く越えてこい、この程度の壁は」


 父から娘へ。未だ見えないSSという高い頂へ向け、継がれる冒険者の夢。

 先程まで殴られそうになっていたことも忘れ、ほろりと涙腺が緩む。


「言われるまでもない、昔から言っているでしょ。

 私はあなたの夢を超える、と。何度も、何度も」


 視線を逸らし、どこか照れ臭そうに言うエルゥ。

 やはりエルゥのSSの執着は、彼女なりの父の到達できなかった夢を報いるとか、そういったものなのかもしれない。

 そう思った俺は、温かさに笑みが漏れた。


「でも、一発殴らせろよラース」


「えっ」


 結局殴られた。

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